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12話 私を助けてくれた人

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「どうして……ここに?」

 もう二度と会いたくないからと、クレオパス領を離れ、ここ、セントラル領に来たのに。

「ふん、わざわざお前を迎えに来てやったんだ。光栄に思え」

 迎え。その単語を聞いただけで、心臓が鷲掴みにされたような、強い衝撃を受けた。
 迎え……? 私を? どうして? 私を家から追い出したのは、そもそも、ジェイド様だったのに。どうして今更――

「わざわざお迎えにあがらなくも結構です。私は、ここで幸せに暮らしています」

「はぁ? 全く、お前は相変わらず頭が悪いな」

 ジェイド様は私を馬鹿にしたように笑うと、許可も取らず、ズカズカと家の庭に入り込んだ。

「こんなド田舎のボロ屋で暮らすことのどこが幸せだ? どうせ住む場所に困って、こんな所にしか住めなかったんだろうがな」

 ボロ屋って……クレオパス子爵邸の別邸も似たり寄ったりのボロ屋だったと思いますけど。

「私は自分から望んでここに来ました」

「こんな何もないようなド田舎にか?」

「ここは自然溢れる素敵な場所です。薬師として、ここほど最適な場所はありません」

「薬師? ああ、お前がしていた、くだらない薬師の真似事か」

 くだらない真似事だなんて……酷い。

「私は、きちんと勉強して、薬師の資格を持っています」

「どうせただのくだらない資格だろう。現に、お前はあの女を救えなかったじゃないか」

「……それは……」

 私だって、救えるものなら救いたかった! でも、私の力じゃ、どうすることも出来なかったの!
 貴方に分かる? 患者を救えない自分の無力さを痛感する悲しみを。ただ弱っていく大好きな人を看取っていく悲しみを。私のために、苦しくても笑ってくれるその姿を見ても、何も出来ない気持ちを!

「何の役にも立たない薬師の真似事は今すぐ止めろ。そして、そんな役立たずなお前に、生きている価値を与えてやろうと、またお前を僕達の家政婦として雇ってやると言っているんだ。ありがたく思え」

 この人は、何を言っているんだろう。
 生きている価値を、私が貴方達からもらうの? 私の価値は、貴方達の家政婦としてでしか無いと言っているの?
 冗談じゃない。お義母様のいない、あんな地獄になんか、絶対に戻らない!

「お断りします、私はもう、貴方達のもとには戻りません」

「しつこい女だな! いつものように黙って僕に従っていればいいものを!  いいのか? 折角この僕が直接、お前なんかを迎えに来てやったんだぞ? もっと感謝するべきだろう!」

「誰も迎えに来てだなんて頼んでいません! 私はもう、自由になったんです! 貴方達から離れて、幸せになるんです!」

 お義母様や両親が望んだように、私は幸せになるの! 邪魔しないで!

「生意気な口を利くな!」

「痛っ!」

 手が伸びて来て、髪を掴まれ、乱暴に引っ張られた。

「こんな田舎のボロ屋で意味の無い土遊びに時間を費やすくらいなら、少しでもその価値の無い人生、僕達の役に立って生きろ!」

 乱暴に踏み荒らされた私の薬草畑。
 折角芽生えた芽達も、ぐちゃぐちゃになって、さっき採り終えたばかりの薬草も、踏みつけられた。

 ああ……折角、幸せだったのにな。
 いつか、立派な薬師になって、魔力病に苦しむ人達を治して、天国にいる両親やお義母様に、褒めて欲しかったのに。
 私はまた、あの地獄に連れ戻されてしまう。

 そんなことになるくらいなら、私はもう死んだ方がマシ。天国にいる皆に……会いに行きたい。


「《その手を離せ》」


 光の閃光が目の前を走ったかと思ったら、髪を掴まれていた手が離れ、頭の痛みが消えた。

「大丈夫か、センカ?」

 庭先、光の魔法を唱え、私を、ジェイド様から解放してくれたのは――――もう二度と会うことが無いと思っていた、フォルク様だった。

「どうして……ここに……」

 フォルク様がいるの?
 放たれた光の閃光は、柱となり、ジェイド様とその侍従達を身動きが取れないように囲った。

 ジェイド様達に向けられていた険しい表情から一転して、私を見るその瞳は、私を心配しているような、優しい目をしていて――傍に来てくれた途端に、涙が溢れた。

「っう、うう、ヒック」

 怖かった。
 このまま、あの地獄に無理矢理連れ戻されると思った。もう、夢を追えないと思った。幸せになれないと思った。だけど、フォルク様の顔を見たら、何故だか、安心した。フォルク様なら……私を助けてくれると思った。

「おい、なんだお前は!? この僕にこんな真似をしていいと思っているのか!? 僕はクレオパス子爵だぞ! お前等みたいな平民とは違う、皇帝陛下から爵位を授かった立派な貴族なんだぞ!」

 ジェイド様……まさか、フォルク様がセントラル侯爵だと気付いていないの?

「……私は、ソウカの友人です」

「!」

 フォルク様は……こんな私を、友人だと言ってくれるんですね。

「友人だと!? たかが友人ごときが、しゃしゃり出てくるな!」

「そういう貴方は、ソウカの何なんですか? まぁ、どんな関係であれ、女性に暴力を振るっていいわけがありませんが」

「僕はこの女の所有者だ。この女は、僕に尽くすしか価値が無い女だから、僕が拾ってやるんだ」

「ソウカに価値がない?」

「ああ。こんな田舎のボロ屋で意味の無い土遊びしか出来ないような、役立たずだ。一丁前に薬師の真似事なんてしているつもりだろうが、患者の一人も救えない出来損ないだ」
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