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5話 幸せになってみせます

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「気でも触れたのか? 僕と離婚して、お前が助かるわけないだろう」

「すみません、正直、ジェイド様と離婚しても、私は全く困らないんです」

「何だと!?」

「貴方と離婚すれば、急に無理難題を言われることもなくなりますし、理不尽に殴られることもなくなりますし、自由に暮らせますし、良いこと尽くめです。離婚して頂いてありがとうございました」

「なっ! 嘘をつくな!」

「いえ、本心です」

 神殿に提出する書類を偽装するのは重罪ですから、離婚届書に署名して頂いて良かった。裁判だなんて、面倒ですものね。

「このっ! ソウカの分際で!」

「お兄様、もういいじゃないですか」

 また私を殴ろうとしたジェイド様を、ミレイ様が満面の笑みで止めた。

「女心を分かってあげて下さいお兄様。ソウカさんは今、愛しいお兄様に捨てられて、精一杯強がっているんですよ。だから、ここは笑顔で見送ってあげるべきなんです。ムキになったら、相手の思うつぼですよ」

 ん? どういう解釈ですか? 愛しい? まさかミレイ様は、私がジェイド様を好きだとでも思っているんですか?

「そうか! すまないミレイ、あんな女が生意気な口を利くから、つい頭に血が上って、冷静な判断が出来なかった」

 ジェイド様も勘違いされているんですか? 嘘でしょう? あんな扱いされておいて、好きになる女性がいますか? 嫌い一直線ですけど。

「平民に落ちるなんて、無様ですねぇソウカさん。これから、貧乏生活頑張って下さいね」

 ……平民でも、商人で大成功している方々も沢山いますし、貴族でも、領地運営や経営が上手く行かず、貧乏な方々がいると思うのですが……ミレイ様やジェイド様にとっては、貴族でいることが大切みたいですね。

 貴族に産まれた女性は、結婚して家に入るのが一般的だ。未婚の間は、結婚相手や教養を身に着けるために、上の爵位や皇宮で侍女として働くことはあるが、結婚したあとは働かず、家を任されるのが一般的。
 だけど、平民の女性には、そう言った無言の圧力は無い。結婚後も働いている女性はいるし、家庭に入る女性もいるし、自由でとても楽しそう。
 貴族は確かに煌びやかな世界だけど、その分、不自由も責任も多い。
 煌びやかな世界が好きな人もいれば、自由に生きるのが好きな人もいる。
 私は、貴族でいることに執着は無い。貴族社会に未練なんてない。平民に落ちて無様に生きるなんて思わない。私は私の、好きなように生きる。

「いいか!? 後で助けて欲しいと縋って来ても、絶対に助けない! 二度とこの家の敷居を跨ぐことは許さん!」

「私達とソウカさんでは、住む世界が違うんですよ。ごめんなさいねぇ」

「はい、絶対に戻ってきません」

 こんな地獄になんか。

 一つだけ持たせてくれた――いえ、要らなかったからと取り上げられなかった、お義母様の写真一枚だけを手に、私はクレオパス子爵邸を出た。

「ソウカ様」

「モーリスさん」

 クレオパス子爵邸を出、街を出る手前の道で私を待ってくれていたモーリスさんと合流すると、モーリスさんは私に向かって、深く頭を下げた。

「奥様を最後まで看取って下さって、ありがとうございました」

「いいえ。私が最後まで、お義母様と一緒にいたかっただけです。お義母様は……とてもよく、頑張って下さいました」

 本当は辛くてしんどい時もあっただろうに、いつも笑顔で、私を一人にさせないよう、ずっと頑張って下さった。

「クレオパス領は出られますよね? お送りします」

「ありがとうございます」

 六年前、ここに初めて来た頃が懐かしい。
 嫌な思い出ばかりだけど、お義母様と出会えて、過ごせた時間は、一生の宝物になった。

「どちらに行かれますか?」

「そうですね……とりあえず、セントラル領に行ってみようと思います」

 用意してくれた荷馬車に乗り込むと、モーリスさんは手綱を引き、出発した。

「セントラル領ですか、あそこは、薬学に精通した領土で、薬草や綺麗な湧水、薬作りにはもってこいな場所ですな」

「はい」

 確かに、私はジェイド様が言うように、取り柄のない人間かもしれない。でも一つだけ、私には、薬学と病の知識がある。
 取るに足らない、お義母様を救えなかった程度しかない知識だけど、お母様やお父様、お義母様を救いたくて、ずっと、努力してきた結晶。

「私、薬師になります」

 お義母様達のために得た知識が誰かの役に立てるのなら、こんなに嬉しいことはない。

「奥様もお喜びになると思います。では、そちらにある袋を持っていって下さい」

「袋? これ?」

 荷台に積んであった白い袋の中身を確認すると、そこには、一人で暮らすための生活資金になるだけのお金があった。

「奥様からソウカ様にです」

「どうして……」

「生きている間にソウカ様に渡してしまったら、ソウカ様は私のために使ってしまうから、私が死んでから渡して欲しいと、奥様に頼まれました」

「……ありがとうございます、お義母様」

 最後の最後まで、私のことを思ってくれていたお義母様の気持ちを思うと、自然と涙が溢れた。

「俺の目から見たお二人は、まるで本当の母娘のようでした。ソウカ様、どうか、幸せになって下さいね。それが奥様の最後の願いですから」

「……はい、はい、私……幸せになります!」

 家族を失ってまた一人になってしまったけど、お義母様もお父様も、死の間際まで、私の幸せを祈ってくれた。
 だから私は、これからいっぱい、幸せになる。幸せになってみせる。

 そんな私の姿を、どうか、天国から見守っていて下さいね。
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