夫に用無しと捨てられたので薬師になって幸せになります。

光子

文字の大きさ
上 下
4 / 35

4話 離婚して、赤の他人になれて嬉しいのは私の方です

しおりを挟む
 

 お義母様のお葬式は、先代クレオパス子爵夫人の葬式とは思えないほど、ごく小さな、ほんの小さな、形だけのお葬式が執り行われた。
 領民にも声をかけず、最初から最後まで参加していたのは、私だけだった。

「お義母様……!」

 唯一救いだと思えるのは、お墓だけは、先代クレオパス子爵様と一緒のお墓に埋葬されることだけ。

 お義母様はお義父様が好きだったから、一緒にいれることになって良かった。私はお義父様にお会いしたことはないけど、お義母様自慢のお義父様に、一度会ってみたかったな。

 お義母様が大好きだった。家族を亡くした私に寄り添い、早くに母親を亡くした私にとって、第二の母と思えるくらい、温かい愛情を与えてくれた人だった。

「ふん、やっと死んだか、あの女」

 お葬式が終わり、埋葬が終わった頃、ジェイドとミレイは喪服姿でのんびりと現れた。

「長かったですねぇ。魔力病患者って、もっと早く死ぬと思っていました。無駄に長生きしましたね」

 義理の母親とは言え、育ててもらった相手に、どうしてそんな酷いことを言えるのだろう。
 お義母様は言っていた。子供達に認めてもらえるよう、精一杯愛情を注いだし、自分の子供は作らなかったと。でも、二人はお義母様を拒絶した。
 実母が好きで、後妻のお義母様がどうしても好きになれないのは、仕方が無いことなのかもしれない。でも、それでも、二人がお義母様にしてきた仕打ちは、酷いものだと思う。二人は、お義母様にろくな治療を受けさせず、薬代の一つも出し惜しみした。でも――お義母様は二人を恨んでいなかった。
『ソウカさんを巻き込んでごめんなさい』
 ただ、それだけを思っていた。

「まぁいい、これでやっと、役立たずを追い出せるな」

 ジェイド様が私に差し出したのは、離婚届書だった。
 私達が住まうメリエルラシア帝国では、結婚は全て帝国の傘下である神殿が管理しており、結婚、離婚のどちらも、お互いが署名した届を神殿に提出しなくてはならない。偽造は神殿、しいては、帝国を欺いた罪になり、重罪。

「あの女の介護が終わった以上、お前の嫁としての役目はお終いだ。帰る家のないお前がどこで野垂れ死のうとも、知ったことじゃない! さっさと離婚届にサインして、ここから出て行け!」

「……離婚ですか?」

「ああ! どれだけ縋ろうが無駄だぞ! 今日こそ離婚してもらう!」

「可哀想な元お義姉様。お兄様にも捨てられて、生家のグローリア男爵家も帝国に剝奪されてしまったから、貴族でも無くなって、平民落ちしてしまうんですね! そんなの、私耐えられないです!」

 ジェイド様と離婚……する? 離婚、出来る?

「拒めば、今まで嫁としての役目をしていなかったと、神殿に訴え出て、裁判を起こすぞ。ソウカは僕の妻として何一つ役目を果たさなかったとな」

「……分かりました、サインします」

 六年前に結婚届書に署名したように、今度は離婚届書に署名する。
 ジェイド様の署名は既に終わっていて、今日の朝にでも準備がされていたんだなと思った。お義母様の葬式には顔も出さなかったくせに。

「よし、いいだろう」

 私の署名を確認したジェイド様は、傍に控えていた侍従に、離婚届書を手渡し、予め決められたことのような流れる動きで、侍従は離婚届書を手に、この場から走り去った。

「すぐに神殿に提出に行かせた。これで、今日から僕は自由だ! やっと、お前のような役立たずから解放されるんだ」

「あの女の面倒を見させる無償の家政婦を雇うためとはいえ、長い間お疲れ様でしたお兄様ぁ」

「労わってくれるのかミレイ、ありがとう。ソウカ、お前の父親が残した遺産は、慰謝料として貰っておく。今まで役に立たなかったお前を養ってやった分だと思え」

 養うってなんだろう。
 必要最低限の生活費しか渡さず、嫁を奴隷のように扱うこと?
 新鮮な果物一つ食べられず、その日食べる物にも困って空腹に苦しんだり、熱があるのにも関わらず一日中働かせたり、約立たずと罵りながら殴ることが、養うってこと?
 ずっと苦しかった。
 お義母様がいてくれたから、どれだけ辛くても、私は頑張ってこれた。

「僕を失ったからには、自分一人で生きていくしかなくなるが、精々、足掻いて、今まで養ってやっていた僕のありがたみを知るがいい。何の取り柄も無い役立たずなお前は、一人では生きていけないが――」

「離婚して頂いてありがとうございます、助かりました」

「は?」
「え?」

 ジェイド様のありがたみを知ることは永遠に無い、離婚は嫌だと、泣いて縋るはずも無い。私が今まで離婚を拒んでいたのは、お義母様がいたからだ。
 離婚して、貴方達と赤の他人になれるのが嬉しいのは――――私の方です。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者を友人に奪われて~婚約破棄後の公爵令嬢~

tartan321
恋愛
成績優秀な公爵令嬢ソフィアは、婚約相手である王子のカリエスの面倒を見ていた。 ある日、級友であるリリーがソフィアの元を訪れて……。

妹に婚約者を奪われたので、田舎暮らしを始めます

tartan321
恋愛
最後の結末は?????? 本編は完結いたしました。お読み頂きましてありがとうございます。一度完結といたします。これからは、後日談を書いていきます。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

【完結】断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~

古堂 素央
恋愛
【完結】 「なんでわたしを突き落とさないのよ」  学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。  階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。  しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。  ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?  悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!  黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?

王子の呪術を解除したら婚約破棄されましたが、また呪われた話。聞く?

十条沙良
恋愛
呪いを解いた途端に用済みだと婚約破棄されたんだって。ヒドクない?

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

処理中です...