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39話 最低な誘い文句

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 男爵家。そして、領地の民を盾に、彼女はキールの命令に従う他無かったのでしょう。だから、彼女はとても怯えていた。

「ついてこい。ルエルには別に、まだ5歳の妹もいるんだ。そいつがどうなっても良いのか?偽善者のお前には耐えらんねーだろ」

「……最低な誘い文句ですわね」

 幼い妹も、人質にされている。
 想像よりも、遥かに酷くて、吐き気がしますわ。

「おっしゃる通りにしますから、今すぐ、ルエルの妹を解放しなさい」
「お前が俺の言う通りにしたらな」

 大分、腹が立ちますが……幼い妹に危害を加えられるのは避けたいですし、ひとまず、言う通りに動きましょう。

 私に何かあれば、トリワ国への宣戦布告になるというのに、本当に、何も考えていないんですね。



 *****

 城の前に止まっていた馬車に押し込まれ、少し走った先にある家の前で降ろされる。
 比較的大きな家。
 派手なランプが沢山灯る、夜なのに明るい庭は、秘密裏に人を攫ってくるような場所には相応しくないほど、派手派手しい。

 ここは……王都の中……ですよね。中心部よりは離れているみたいですが、塀の中ーーに、いるようですね。
 見渡せば、王都の中にいるのを証明する、王都を囲う外壁が見えた。王都から離れていない事にホッと胸を撫で下ろす。
 あまり遠くに連れて行かれなくて良かったですわ。

「おい!さっさと来い!」

 逃げられないように、私の周りを取り囲んでいる数人の男達。公爵家ーーーキールにお金で雇われたのかしら。そんな事しなくても、逃げるつもりなら、最初からついてきたりしませんのに。


 派手な庭を通り抜け、玄関の扉を開けると、そこにいたのは、いると予想していた通りの相手の姿。

「うふふ。いらっしゃいませ、カナリア様ぁ」
「……メアリーさん」

 上機嫌なメアリーさんは、広い玄関ホールで私を笑顔で迎えると、そのまま、キールに抱きついた。

「キール様ぁ!ちゃんとカナリア様を私の所に連れて来てくれたんですね!メアリー、嬉しい♡」

「当然だ。可愛いメアリーが1度だけでなく、2度も虐められたんだ。落とし前をつけて貰わなくてはな!」

 虐めて無いーーーと、何度言っても、もう無駄ですわよね。本当に疲れますわ。


「それで、私をここに連れて来て、何の用ですの?」

 さっさと要件を済ませて、早く帰りましょう。

「そんなの決まってる!俺とメアリーに、頭をひれ伏して、心から謝罪しろ!」
「はぁ……謝罪。ですか」
「そうだ!俺達を深く傷付けた罰として、心から謝罪しろ!そうしたら、俺の婚約者にしてやる!」

 ……本当に懲りませんわね。
 貴方の婚約者になりたくないと、何度も言っていますのに、堂々巡りですわ。

「メアリーさんはどうするのです?貴方とメアリーさんは、愛し合っているのではなくて?」

「ふん!メアリーをお前みたいな愛を知らない女と一緒にするな!メアリーは、俺がお前を婚約者にしても、俺を好きでいてくれると言ったんだ!」

「……2番目でも良いよ。的な感じですか?」

「そうだ!最も、お前を正妻にはするが、俺の心はメアリーだけの物だ!」

 本当に馬鹿馬鹿しいですわ。よくそんな馬鹿な話を、こうも自信満々に言えますわね。聞いているだけで、頭痛、吐き気、目眩がしますわーーーでも、メアリーさんが、2番目で良い。なんて、そんな控え目な心、本当に持っているかしら?


「キール様ぁ。謝らせるだけなんて、カナリア様には生温いですよぉ」

 そう言うと、メアリーさんは綺麗に可愛くラッピングされた小瓶を、まるでプレゼントでも渡すように、私に手渡した。

「それを飲んで下さい。そしたら、許してあげます」

「……これは?」

 小瓶の中には、透明な液体。
 何を言われるまでもなく、この液体が怪しい物だと分かりますわ。

「それを飲んだら、意地悪なカナリア様でも、天国に行ける幸せな薬です!凄いでしょう?私を虐めたカナリア様が、地獄に落ちるんじゃなく、天国に行けるんですよ?そんな優しい私に、感謝して下さいね♡」

「天国ーーですか。それはそれは、予想していたよりも遥かに物騒なお薬ですね」

 お薬と言うより、もはや毒ね。
 天国に行けるやら地獄に落ちるやら、想像以上に物騒で、思わず、息を飲んでしまいましたわ。
 メアリーさんがここまでするとは、正直思っていなかったのですが……そうですか。

 メアリーさんは、一線を超えてしまったのですね。


「メ、メアリー?どうしたんだ?幸せになる薬ってーー天国に行けるって、どうゆう意味なんだ?」

 戸惑うように、メアリーに尋ねるキール。
 キールの方は、薬の存在を知らなかったみたいですね。私に謝罪させて、婚約者の座を取り戻す気だったみたいですし。

「言葉通りの意味ですぅ。カナリア様は、今ここで死んで、天国で穏やかに暮らすんです」

「いやいや!待て!殺すって事か?!そこまでする必要は無いだろう!」

「えー。でもぉ、カナリア様が生きてる限り、カナリア様より可愛いからって妬まれて、私、ずーーっと、虐められちゃうんですよぉ?」

「駄目だ!カナリアはトリワ国の姫だぞ?!流石に殺せば、トリワ国が黙っているわけが無い!」

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