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19話 怪物姫

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 *****

「テナ!ここが、酒場ですか?」

 辺りが暗くなり始める頃。
 サランペルにある1番大きな酒場に、テナの案内でやって参りました。

「う、うん。そうだよ」

 目をキラキラさせている私と違って、テナはどこか戸惑い気味。事の発端は、私が、酒場に行ってみたいとの発言からでした。
 私は今16歳。私の国では、お酒は16歳から飲めます。聞いてみたら、この国も、16歳から飲酒OKとの話だったので、前々から行ってみたかった酒場に行きたい。とテナに伝えると、驚きつつも、了承してくれました。

「カナリアちゃん、その、お姫様が酒場なんかに行っていいの…?」

 こっそりと、誰にも聞こえないように耳打ちされる。

 そうですよね。普通のお姫様は街ぶらもしないのに、酒場なんてもっと行きませんよね。驚かれるのも無理はありませんが、私の国は全然大丈夫です!寧ろwelcomeです!『16歳になったら飲みにおいでよ』なんて、酒場のマスターに言われていましたものね。
 残念ながら、こちらの国で16歳になってしまったので、まだ1度も伺えていませんが、戻ったら是非、マスターのお店にも行きましょう。

「大丈夫ですわ。テナこそ、大丈夫ですか?」

 今考えると、伯爵令嬢も行かない場所では?と思い付きました。

「じ、実は私も初めてなの…。でも、お父様が、折角だから行っておいでと言って下さって…」

「……もしかして、無理をさせてしまいましたか?」

「だ、大丈夫だよ!緊張はするけど……こんな機会じゃないと、行く事は無いと思うし、実は、ちょっと楽しみなんだ」

 はにかむようにして微笑むテナの笑顔に、心臓が矢で撃ち抜かれたように、ドキっとしますわ。

 なんて可愛い笑顔なの…!ご安心下さいフォラン伯爵。私が責任を持って、テナを家に連れて帰りますわ。実は護衛も影から見守っていますし、ここサランペルは治安が良さそうですしね。




 扉を開け、中に入ると、そこは喧騒な場所だった。
 沢山の住民達がテーブルに座り、とても楽しそうに、ジョッキ片手に盛り上がっている。

「す、凄い活気だね」

 普段体験しない雰囲気に気圧されているのか、テナは私の後ろから、酒場の中を覗いた。

「ええ。民衆がこれだけ元気なのは、領主が優秀な証拠ですわ」

 最初の印象はおかしくなってしまったが、評判通り、フォラン伯爵はとても優秀な領主なのだろう。
 酒場には家族連れもいて、お酒が飲めない子供達も一緒に、楽しく盛り上がっていた。

 なんだか懐かしいですわ。お兄様が開く宴会も、とても騒がしかったものね。


「いらっしゃーい!お嬢ちゃん達!何飲む?」

 テーブル席に着くと、酒場の店員が元気良く2人に声をかけた。

 お酒を飲んだ事がまだ無いから、メニューを見ても良く分からないわ。お兄様達がよく飲んでいた麦のお酒も飲んでみたいけれど、初めては違うのを頂きたいわね。

「初心者が飲みやすいお酒を2つ頂ける?」
「へいよー!」

「カナリアちゃん、ねぇ見て、これ美味しそうだよ」

 中に入って暫くし、少し緊張が和らいだテナは、席に置いてあったメニュー表を指差してながら、笑顔で美味しそうな料理を教えてくれた。

「本当。とても美味しそうね」

 私は元より、隣国の姫君で顔は知られていませんが、ここサランペルを治める伯爵令嬢であるテナも、今の所、気付かれていません。
 一応、2人して、庶民のような格好。テナは帽子を被ったりして、軽く変装して来ましたが、まさかこんな所にこんな格好をした伯爵令嬢が来ているとは、夢にも思わないのでしょう。


 グラスに注がれたピンクのお酒を手に、2人で乾杯する。

「うん、甘くて美味しいー!」
「そうですわね」

 2人で一緒にメニューを見ながら、どれを食べるか相談していると、後ろから、何故か、が聞こえてきて、私は振り返らずに、耳だけを傾けた。


「怪物国のカナリア姫、どうやら、王室で我儘放題らしいぞ」

「噂では、か弱い令嬢を虐めて、更には、証拠を捏造して無実の罪を被せたらしい」

「こえー流石、怪物姫!」


 ……誰が怪物姫ですか、誰が!失礼な!100歩譲って、怪物国は良いですわよ?他国から比喩で怪物国と呼ばれているのは知っていますし。でも、私自身が怪物姫なんて呼ばれる筋合いは御座いません!

「カナリアちゃん?どうしたの?」

 奥に座っているテナには、この喧騒の中、男達の声は聞こえていないみたい。

「いいえ、何も」

 私は身分を隠すさいも、偽名は一切使っておりません。トリワの姫と同じ名前だ。と言われても、へぇー偶然ですわねー。で、押し通します。

 同じ名前の別人の話題ーーじゃ無いですわね。怪物国の姫って言われていますし。私の事ですわ。

 話を聞いていると、卒業式での件も、1部脚色され、完全に私が悪者になっている。
 王室での我儘ーーは、私の要望で、こうやってここに来させて貰っている以上、完璧に否定は出来ませんが、何度も言いますが、私は虐めなんてしていないのですよ!証拠も出しました!もう解決しているんです!

 同盟を結ぼうとしている国の姫君の噂が出回るのは理解出来ますが、こうして、誤った情報が出回っているのは、何か作為的な物を感じますわね。

(わざわざ嘘の噂をばら撒くなんて……本当に暇人ですわ)

 噂の出処なんて、考えなくても、目処がつく。
 卒業式に出席していた貴族の中で、事実がハッキリすれば、自然と評価が落ちる人ーーーそして、私に恨みを持ち、私を陥れようとする人物は、2人しか思い当たらない。
 その中で、1人は絶賛謹慎中ーーーとすれば、自ずと答えは出る。

(メアリーさんも懲りませんわね)
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