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16話 フォラン伯爵家へ

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「では、カナリア様。お手をどうぞ」

 ケイは子爵令嬢である私の護衛という設定なので、私は、彼の主という事になる。だから、ケイは私に対して、前までの敬称、敬語に逆戻り。ただ、以前まで使っていたのも有り、私への口調を変えるのはそう難しく無いらしい。
 何だかんだ言って、ケイの対応力は早い。
 きっと問題無く、私の護衛役として身分を隠せるだろうが、どちらかと言えば、問題があるのはフォラン伯爵家のような気がする。


「よよよよ、ようこそいらっしゃいました!カナリア様!ケイ様!」

「……」

 はい、OUTーですわ。

 見て下さい。伯爵家のメイドや執事達が、何事かとザワついているではありませんか。
 それはそうですよね?伯爵家より身分の低い子爵令嬢の私と、更には、ただの護衛であるケイに向かって、伯爵様が敬称を付けるのですから。

「お、お父様!嫌だわ。ケイさんは、子爵子息とかでは無くて、ただのカナリアちゃんの護衛よ?」

 慌てて、テナが横からフォローを入れる。
 私達の本当の身分を明かしてるのは、フォラン伯爵当主と夫人、テナだけで、使用人達にも秘密。秘密はどこから露呈するか分かりませんから、秘密を知る人の人数は、少ない方が良いですからね。

「フォラン様。お心遣いありがとうございます。ですが、私はただの子爵令嬢。気楽にカナリアとお呼び下さい」

 言ってて、伯爵様が子爵令嬢に何をどう心遣いして、様付けするのか?とか、自分でもよく分からないけれど、ゴリ押しで流しましょう。

「そ、そうか!すすすまない!カカカカナリア!ケケケケイイイイイさ、さっ!」

 あ、駄目ですわね。緊張で呂律が回っていませんわ。大体、ただの護衛のケイには、いちいち声をかけなくて宜しいのですよ?

「まぁまぁ、長旅でお疲れでしょう?立ち話もなんですから、どうぞ、ティールームにお入り下さいな」

 フォラン伯爵夫人が、夫である伯爵に変わって、メイド達に目配せし、お茶の支度に向かわせる。

 慌てふためく伯爵と違い、伯爵夫人は落ち着いて見える。


 ティールームに案内され、使用人達を全員人払いした所で、フォラン伯爵が颯爽と頭を地面に付けた。

「申し訳ございませんでしたっっ!カナリア様!ケイ王子様!!」

 見事な土下座ですわ…。て、そうでは無くてーー

「止めて下さい、フォラン伯爵。謝罪するのはこちらの方です。急にお邪魔してしまって申し訳ありません」

 特にケイね。ケイが来る事を知ったのはついさっきでしょうし……。まぁ、先程の様子を見る限り、私一人だけでも、テンパっていた気がしますけれど。

「滅相もございません!カナリア様、ケイ王子様には、娘が助けれられたと聞きしました!本当にありがとうございます!」

「テナとは、在学中に優しくして頂いたのがきっかけで、お友達になったのです。助けるのは当然ですわ」

「娘がっっ!!!なんとっっっ!!!!」

 ……感情表現豊かなお父様ですわね。何だか少しお兄様を彷彿しますけど、ただテンションが上がっているせいかしら?

「あなた。少し落ち着きなさいな」

 見兼ねた夫人が、呆れたようにフォラン伯爵を窘めた。

「ごめんね、カナリアちゃん。普段はお父様、大人しい人なんだけど、カナリアちゃんとケイ王子様が来るって知って、ずっと緊張してて……」

 目の下に凄く大きなクマが出来ていますものね……何だか、迷惑を掛けてしまった気がするわ。友達の家に遊びに行くのって難しいですわね。


「フォラン伯爵」

「はっ!!!」

 ケイの呼び掛けに、一瞬でスパッと移動し、敬礼するフォラン伯爵。

「フォラン伯爵が治める領地は、とても評判が良く、住民も過ごしやすくしていると聞いた。感謝している」

「滅相もございません!有り難きお言葉!!我がフォラン家は、今・の・王・室・に忠誠を誓っている身!!何なりと、ご要件を仰って下さい!!」

 ポロポロと涙を流し喜んでおられますわね…。
 王子様に今までの成果を褒められたら、それは嬉しいものでしょうけど、この国でここまで王室に敬意を示している貴族を見たのは初めてですわ。

「滞在中は迷惑をかけるが、どうかよろしく頼むーーー信頼しております、フォラン様」

 流石ケイ。やっぱり順応力が高いですわね。あっという間に、護衛役として口調を改めていますわ。

「信頼ーーーはっ!分かりました!ケイっっっ?!」

 お。何とか頑張って呼び捨てに出来ましたね。申し訳無いのですが、その調子で頑張って頂きましょう。泣きながら喜んでる様子を見るに、どうやら、本当に迷惑という訳ではなさそうですし。



 サランペル滞在中は、伯爵家にお世話になる。

 貴族は基本、お付の者を付けて来るので、伯爵家では、付き人達の部屋が隣に備えられている客室が用意されており、私達はそこを借りた。廊下で行き来しなくても、中にも扉が有り、そこで行き来出来るようにもなっている。
 主の部屋と付き人の部屋は、勿論グレートが違い、付き人の部屋は簡易なベッドに、素朴な丸テーブル、小さめの椅子が1つの小さな部屋。
 流石に、王子様をこんな部屋に泊まらせられないと、私が部屋を変わると提案したのだが、ケイは首を縦に振らなかった。それどころかーーー

「冒険者になったみたいでワクワクするな」

 と、目を輝かせていたのだから、面白い。

 完璧そうに見える王子様も、まるで普通の男の子みたいな所があるのですね。

 本人が望むなら、これ以上口出しはしません。
 ただ、屋敷の主であるフォラン伯爵は、こんな所に王子様を泊まらせるなんて!と、発狂しそうだったのですが、夫人が口を塞いで、連れて行きました。
 明日には、少しは落ち着いているのを願いたいですわ。


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