上 下
2 / 43

2話 卒業式当日

しおりを挟む
 

 *****

 卒業式当日ーー。

「ふぅ。やっと、これでこの学園ともおさらばね」

 学園に用意された寮の一室で、私は、お付のメイドであるマリアに声をかけた。

「本当に……!こんな糞みたいな学園からは、さっさと出て行きましょう!」

 鏡に映るマリアは、私の髪を櫛で整えながら、般若のような顔をしていた。
 幼い頃から私に仕えてくれたマリアは、私を本当に大切にしてくれている、可愛くて万能な私のメイド。

「昨日は、マリアがキールに襲い掛かるんじゃないかと思って、内心、ヒヤヒヤしていました」

 婚約破棄騒動で、私が1番心配していたのは、マリアの事だった。私を大好き過ぎる万能メイドが、いつ、沸点を飛び越えてキールやメアリーに襲いかからないかと、ドキドキしていた。

「本当は殺ーー失礼。首根っこを引っ張って床に叩き付けたかった所なのですが、寸前で食い止めました」

「思い留まってくれて良かったわ。あれでマリアまで暴走していたら、もっとカオスな状況になっていたもの」

 メイドだけど、実はマリアは腕利きの護衛でもある。キールみたいな貧弱男なんて、マリアにとっては、もやしみたいなもの。あら、もやしに失礼ね。もやしは美味しいもの。

「カナリア様に向かってあのような無礼な態度ーー!ただ殺すだけでは、あまりにも生温すぎます!殺すなら、ありとあらゆる苦痛を与えるべきですが、残念ながらここには道具が揃っておらず、それなら、生きて、死よりも辛い苦しみを味わうべきだと思いました!」

「……思い留まってくれて良かったわ」

 出来れば血の雨は見たくないし、拷問シーンも見たくない。


 身支度を終え、鏡の前に立つ。
 この日の為にお兄様が用意して下さった、特注のドレスは、私の瞳の色に合わせた、青い色。

「カナリア様、装飾品も届いております」
「ありがとう」

 この学園の貴族の令嬢達は、学園生活中も、優雅で華美な装飾品を常に身にまとっていたけど、私は、学園生活中は、一切、装飾品を身に付けなかった。
 学園では、学業が本分だから必要無いと思って、家にあった装飾品は持って来なかったし、買ってもいない。
 お兄様は私の性分を理解してくれていて、ちゃんと装飾品も送ってくれてる。
 馬鹿男と勝手に婚約させられて、こんな学園に送り込まれた時は、お兄様なんて大嫌い!と、声を荒らげて非難しましたが、毎日謝罪の手紙が送られ、こうして、素敵なドレスと装飾品をプレゼントしてくれたのだから、許すとしましょう。

 胸元に光る、ダイヤモンドのブローチに、大粒の真珠のネックレス。指には、アメジストの指輪、ブレスレットには、ルビー、他にも、サファイアやエメラルド。どれも貴重で、これでもかってくらい、豪華で華美な装飾品達。勿論、ドレスも特注品。

「さ、行きましょうか」

 装備品を全て身に付け、私は卒業式にと向かった。



「あら、カナリア様じゃないですかぁー」

 式場に入ると、真っ先にメアリーさんが話し掛けて来た。
 ピンクのドレスに身を包み、男爵令嬢では用意出来ないであろう装飾品を身に付けている。

「いいでしょう?これ、キール様が用意してくれたんですぅ。私は、いらないって断ったんですけどぉ、どうしても、私にプレゼントしたいって言われてぇ」

「そうなのですね。それはおめでとうございます」
(心っっっ底どうでもいーわ!!!)

 心の声を必死で押し殺して、愛想笑いを浮かべる。

「それにしても……カナリア様、無理されてません?」
「無理?」

 私の全身を上から下まで見たメアリーは、ぷっ。と、馬鹿にしたように笑った。

「普段宝石なんて身に付けないカナリア様が、無理して安物の宝石を全身に身に付けちゃってるのが、何だか痛々しいってゆーかぁ。何だか、無理してるんだなぁーって、私、心配になっちゃってー」

「……」
 思わず、無言。言葉を無くすとはこの事か。

 ああ、そうか。今まで宝石とか、高級な物に触れて生きてこなかったから、そういう物を見極める目利きの能力が皆無なのですね。
 そう思ったら、この子の身に付けてる装飾品が、とても哀れに思えてきますね。きっと、この子は安物の宝石をプレゼントされても、何も分かりはしないでしょうから。

「このドレスだって、キール様が用意して下さった物でぇ」
「……もうすぐ式が始まるので、失礼しますね」

 こんなに身にならない会話は初めて。頭も痛くなって来たし、そそくさと撤退しようと、途中で会話を切り上げた。

「あ!そー言えば、式と言えばですけどぉ、最初のダンス。楽しみですねぇ」

「……」
 まだ話は終わらないのね…。

 分かりやすいぐらい露骨に会話を切り上げたつもりなのに、彼女には伝わらなかったみたいで、まだ、ペラペラとお話を続けた。

 この学園の卒業式は、最初に、生徒達によるダンスから始まる。
 卒業する子供達の門出を祝うのが一般的な卒業式だが、この国の貴族の卒業式は、そうじゃない。卒業式は、親が、子供を評価をする催しだ。
 最初のダンスもその一環で、ダンスの実力を両親に見せるのが目的だが、最大の目玉は、子供達が、誰とダンスを踊るか。である。
 この学園生活で、いかに、家にとって有益な相手と付き合う事が出来たか。令嬢にとっては、最も重要な催しとも言える。
 最初に踊る相手は、特別、強い結び付きを示す相手で有り、婚約者がいれば、最初のダンスは、普通、その婚約者を選ぶのが一般的。

「本当はカナリア様は、キール様と踊るはずだったのに、キール様は私が良いってゆーから、カナリア様とは踊れないし、そうなるとカナリア様はぁ、別の誰かと踊らなきゃですよねー?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫が私に魅了魔法をかけていたらしい

綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。 そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。 気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――? そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。 「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」   私が夫を愛するこの気持ちは偽り? それとも……。 *全17話で完結予定。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

【完結】私の婚約者は妹のおさがりです

葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」 サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。 ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。 そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……? 妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。 「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」 リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。 小説家になろう様でも別名義にて連載しています。 ※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた

ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。 マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。 義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。 二人の出会いが帝国の運命を変えていく。 ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。 2024/01/19 閑話リカルド少し加筆しました。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

処理中です...