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80話 クラウド様
しおりを挟む「ファンファンクラン子爵家がマルクス伯爵家と根本的に違う部分がある」
「違う部分?」
「ああ」
メトはそう言うと、メイドが用意したワインに口をつけた。
「マルクス伯爵は、その妻も息子も救いようのない愚かな人間だが、ファンファンクラン子爵の妻は優秀で、その息子も、父親を反面教師にして育った秀才だ」
「息子……」
「ファンファンクラン子爵令息からの要請で、魔物退治の救援を依頼されている。こちらはその要請を受ける形で、マルクス領に行くことになっている」
「メトを目の敵にしている父親に逆らって、ルーフェス公爵家の力を借りるなんて……そんなことをして、ファンファンクラン子爵令息は大丈夫なのですか?」
令息の立場が悪くなってしまうのでは……
「俺が後ろについていれば何の問題もない。それに、ファンファンクラン子爵は先の失態で、子爵の爵位を早く息子に譲るよう通告されている。今回は、先の失態を挽回するために起こした子爵の最後の悪足掻きに過ぎない」
悪足掻きで周囲を巻き込むの本当に止めて欲しいんだけど……
「今回は君の復讐だけじゃない。彼等は、直接俺に逆らった。俺に逆らったらどうなるか、しっかりとその身に教えてあげないとね」
冷たいメトの笑顔に、背筋がゾクッと凍り付く。
元・お義父様……悪い事言わないので、早々と白旗を上げた方が良いと思いますよ。
*****
マルクス領ーーー
カイン達が住むマルクス伯爵邸がある街 《スクル》から、少し離れた場所にある田舎の町 《ガレギアン》。
そこで、ファンファンクラン子爵令息と落ち合う約束があると、ガレギアンで手配した屋敷の一室で待機中。お忍びで行くのかと思いきや、メトにコソコソする気は微塵も無いらしく、堂々とルーフェス公爵家の馬車でここまで来た。
「懐かしいっスねー」
「ヴェルデとサンスはこの街に来た事があるの?」
「はい!てか、小さい頃はここに住んでたんすよー!」
部屋の中には、私と、私のお付きになっているヴェルデとサンスも一緒。二人は久しぶりの故郷に、窓から身を乗り出してはしゃいでいる。
かく言う私も、昔ーーカインに嫁いだ頃は、ここに住んでいた。昔のマルクス伯爵家は貧乏だったから、田舎の町で安い家を買って暮らしていた。私は、ここが好きだったな。自然がいっぱいで、気持ち良い場所。でもーーーまだ事業を持ち直したばかりの頃、元・お義父様は私の反対を押し切って、スクル街にある、今のマルクス伯爵邸を買って、引っ越す事になった。
「おー、あそこのパン屋まだやってんだな」
「おばちゃん元気かなー」
楽しそうでなにより。
魔物が発生していると言っても、街の様子から、まだ深刻ではなさそうでホッとする。
でも、油断は出来ない。魔物は人、街、自然に大きな害をもたらす存在。発見次第、大きな被害が出る前に、速やかに対処する必要がある。
「待たせたね、ルエル。変わりは無い?」
「はい」
暫くして、扉からメトとラット。そして、初めてお目にかかる人物が顔を出した。
「これはこれはーーールーフェス公爵夫人。お初にお目にかかります、僕はファンファンクラン子爵の嫡男で《クラウド》と申します。この度は父がご迷惑をおかけし、申し訳ございません」
ファンファンクラン子爵令息は、私がこの場にいることに一瞬、驚いた表情を浮かべたけど、すぐに表情を元に戻し、笑顔で私と挨拶を交わした。
戸惑うのも無理は無い。
本来、戦えもしない私はここにいるべきでは無いんでしょうけど、メトにお願いして連れて来て貰った。ダメ元でお願いしたんだけど、どうやらメトは本気でファンファンクラン子爵もマルクス伯爵も、魔物の襲撃も雑魚としか思っていないらしく、あっさりと私の同行を許した。
予想外のことにも早く適応してる……クラウド様は聞いていた通り、優秀な人のようね。
「お会いできて幸栄ですクラウド様。私はルエル=ルーフェスと申します。どうぞルエルとお呼び下さい」
「妻は個人的にマルクス伯爵家に遺恨がある。同行に異論はないな?」
「ええ。ルエル様のお噂はかねがね伺っております」
私とエレノア、カインの話は、社交界ーーーいえ、帝国中に広がるスキャンダル扱いでしたものね。クラウド様も知っていて当然。
「ルーフェス公爵家の信条も理解しています。そして、その気持ちを僕も理解出来ます」
ルーフェス公爵家の信条は、やられたらやり返す。
気持ちを理解して下さるということは、クラウド様も、誰かに復讐したいほど強い思いがあるのかしら…?
「是非、一緒にマルクス様とーーー父の落ちぶれるさまを見届けましょう」
クラウド様の瞳の奥にある憎悪の感情に、私も覚えがある。今も胸に残る感情。ああ、クラウド様は、私と同じように、父親を深く憎んでおられるのですね。
「ええ。楽しみにしています」
憎い相手が落ちぶれていくさまーーー是非、この目で見たいものね。
「それで?馬鹿2人は今、どうしてる?」
馬鹿2人……もう名前を呼ぶ気もありませんか、メト。気持ちは分かりますけどね。
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