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54話 往生際が悪い

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 採掘を見学して、改めて、私の頭の中は、新しく任されたルーフェス公爵家の宝石の事業でいっぱいになった。
 帰ったら早速、新しい装飾品のデザインを考えて、企画作って会議して宣伝してーーーやる事がいっぱい。そうだ、メトに丸投げされた新しい部下(ヴェルデ&サンス)もいるから、教育担当とかも考えなきゃ。
 思い付いた企画案や仕事のスケジュールを、新品のノートに無造作に書き残す。

 せっかく仕事が落ち着いてきたのに、また忙しくなる。暫くは残業続きになるかも……。

「……うん、頑張ろう」

 あの時はーーーマルクス伯爵家で働いていた時は、ただただ無心に、馬車馬のように働いていただけだったけど、今は嫌な気はしない。寧ろ、やり甲斐があると感じてしまうのだから不思議。


 トントンッ。
 部屋でそのまま、仕事について思案していると、扉をノックする音が聞こえた。

「ーールエル、僕だ!カインだ!」

 ああ、もう来たの。思っていたより早い来訪ね。

「何か御用ですか?」

 私は扉も開けず、その場から動きもせず、書いてる手を止めもせずに、片手間で返事をした。

「ルエル!良かった、いたんだね!ここを開けて!」
「何故ですか?」
「え?いや、ちゃんと顔を見て話がしたくて……」
「申し訳ありませんが、夫でもない他人を部屋に入れることは出来ません」

 もう貴方の顔はお腹いっぱい見たから、暫く見たくないの。

「ルエル……!お願いだ!ちゃんと誤解を解きたいんだ!僕は、領民達を見捨てたりしてないんだ!それに、君が流した僕の不名誉な噂も取り消して欲しいし……」

「誤解なんて何一つ無いわ。貴方がマルクス領民を突き飛ばして魔物の餌にしようとしたことも、貴方が私の妹と不貞を働いたことも、全て事実よ」

「ルエル!違うんだ!」

 私は、カインが私に会いに来ると予想していた。
 だって、あのままだと、貴方は私が流した不名誉な不倫男のレッテルだけで無く、領民を見殺しにした最低最悪の人殺しのレッテルも貼られるものね。
 人からの評価を気にする貴方は、私がまた、人殺しのレッテルを周囲に話すんじゃないかと、怯えてる。
 自分はそんな事をしていないと私の誤解を解き、あわよくば、不名誉な噂も取り消して欲しいとお願いに来るーーー予想通りで呆れるわ。

「僕はいつだって、父様の跡を継ぐために、立派な領主になるために、頑張って来てーーー」

 まだ何やら言い訳を並べてるけど、私は仕事のことを考えながら、全て聞き流した。
 そうだ、喉が渇いたから珈琲でも入れようかしら。


「ーーーだから、ルエルがルーフェス様の妻でいるのを、認めようと思うんだ」

 貴方に認められなくても、私はもうメトの妻なんだけど。

「僕は君の幸せを願って、辛くて悲しいけど、ルーフェス様に君をあげる」

 入れた珈琲を飲みながら、雑音を聞く。

「だからルエル。ルーフェス公爵家の宝石を、僕にこっそりと渡して欲しいんだ」

「……」

 話が少し逸れたと思ったら、斜め上に爆進するようにおかしな事を言ってきたので、思わず、珈琲を飲む手が止まった。

「ルエルなら出来るよね?そうすれば、ルエルから貰った宝石で、宝石関連の事業に参入が出来るようになるから、その業績は、僕の手柄になる」

 ーーーこの馬鹿は、私に、ルーフェス公爵家の宝石を、マルクス伯爵家に横流ししろとおっしゃるの?

「ルエルの幸せは、僕が幸せであることだろう?だから、いつもみたいに協力して欲しいんだ」


「……ふふ。あはははは」

 カインの言っていることが面白過ぎて、つい笑ってしまいました。私の幸せが、貴方の幸せ?
 このまま無視するつもりだったけど、面白かったから少しだけ相手をして上げる。

「事もあろうにルーフェス公爵家の宝石を横取りしようとするなんてーーー私がいなくなって、もう事業が上手くいかなくなったの?」

「違う!そうじゃなくてーーーこのままでも大丈夫なんだけど、やっぱり、僕は上を目指したいんだ!男ならそういうものだって分かるだろ?だから、ルーフェス公爵の宝石が欲しいんだ」

 嘘ばっかり。もう知っているのよ。事業が上手く立ち行かなくなっていること。

 事業が立ち行かなくなってきたのに気付いた貴方が、何とかしようと手っ取り早く思い付いたのが、宝石関連の事業だったのでしょうね。
 宝石関連の事業は、ルーフェス公爵家が独占していてライバルが少ないから、すんなり成功すると思った。実際は、ルーフェス公爵家以外は手を出したくても出せないだけなんですけど。

 宝石は手に入れたいが、もうあんなに危険な目にあいたくない。だから、安全に簡単に、私から手に入れようと考え付いた。
 考えが浅はかね。

「貴方達が私を追い出したクセに、私を頼るんですか?随分、情けないんですね」

「そういう訳じゃないよ!でも、君にとっても良い話だろ?この話を受ければ、ルエルはずっと僕と繋がっていられるんだよ?僕の役に立てるんだ」

 ーー私の幸せは、貴方が不幸になることよ。
 それなのに、私が貴方の役に立たつために働くワケ無いじゃない。貴方なんかと繋がっていたいワケ無いじゃない。 

「もうすぐエレノアとの子供も産まれて、父親になるんだ。父親として僕は、立派な姿を子供に見せなきゃいけない。ルエルは優しいから、僕の気持ちを分かってくれるよね?だから、僕のために宝石をーー」

「私はもうルーフェス公爵様のものです。メトを裏切る真似は出来ませんし、貴方に尽くす義理もありません」

「そんなっ!ルエル!」

「お帰り下さい、マルクス伯爵令息」

 貴方達が得た財力は、全て私が働いて得たもの。貴方達の実力でもなんでも無いのに、勘違いして私を追い出して、破滅する。
 いい気味ね。

 まだ扉越しで何やら騒いでいたけど、私は全て無視して、新しく始めるルーフェス公爵家の宝石の事業について、思案した。
 余談だが、急に静かになったと思ったら、宿屋の従業員であるホリデさんが騒ぎに気付いて、カインを追い払ってくれたらしい。
 今は取り巻き達もおらず1人だからか、ホリデさんの圧にすぐに走って部屋に逃げ帰ったらしい。
 本当に、情けない男。

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