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46話 早く目が覚めますように

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 私を残して部屋を出て行く2人を見送ると、私は部屋に備えられているベッドに背中から倒れ、天井を見つめた。

 色々と疲れた。まさか、ここでカインと会うことになるとは思ってもみなかった。


 不本意だが、私はカインをよく知っている。

 実力も無いくせに自信だけはあって、状況判断を正しく行えない人。

 私はワークスさんに、マルクス伯爵家に苦情を入れるついでに、カインの置かれた状況も伝えるように進言した。
 マルクス伯爵夫妻は、息子を溺愛してる。
 カインを守るべきマルクス領の領民達が、既に数人を残し魔物にやられ、このまま宝石の採掘を続ければ、カイン自身に危険が伴うーーーそう伝えれば、マルクス夫妻は必ずカインを連れ戻そうとするでしょう。
 両親の言う事なら、カインは従うはず。

「……怪我をした領民は大丈夫かしら……」

 カインが何人のマルクス領の領民を連れて来たのかは知らないが、宿屋で会ったマルクス領の無傷の領民は、たった2人。実力にもよるだろうが、魔物のいる鉱山に潜るには心許ない人数。
 普通なら、こんな状態になったからには、己の力量不足を痛感し、宝石採掘を諦めて帰るのが定石だが、自分に自信があり、自分の置かれた状況を理解出来ないカインは、きっと帰らない。

 カインはどうでもいい。でも、巻き込まれた領民達を思うと、哀れでならない。

「マルクス領まで彼等を送り届ける人を雇えないか、メトに頼んでみようかな……」

 ルーフェス公爵家に嫁いでから、働いた対価として給料を頂いてるから、その分の賃金は、私が払える。
 物欲が無いから貯金してるし。
 カインに連れて来られた人達が望むなら、マルクス領まで帰れる手筈は整えてあげようーーーそう、彼等が望むなら。

 カインは、マルクス領民からの信頼は厚い。
 元・お義父様よりも人当たりが良く、領民とも分け隔て無く話し、彼等の悩みや困っていることを親身になって話を聞く。
 領民に横暴な元・お義父様に比べて、領民にも変わらず優しく接するカインに、私は惹かれていた。

「……馬鹿な私……」

 私も騙されていたけど、離れて、気付いた。
 カインはーーー優しくて、明るくて、ポジティブで、困っている人がいたら手を差し伸べるような人ーーーだと、思っていた。
 そんなワケないのにね。
 そんな優しい人が、最低の裏切りをするはずが無い。自分の罪を隠して、私に擦り付けたりしない。私を傷付けるのような台詞を、平気で吐いたりしない。

 カインはただーーー綺麗な台詞を無責任に並べているだけ。

「貴方の領民からの信頼……私に返して貰う」

 私は天井に向かって伸ばした手の平を、ギュッと握り締めた。

 早くマルクス領民の皆様の目が覚めますように。




 *****

 次の日ーー早朝ーーゲイン鉱山入口。


 外の街みたいな様子にも驚いたけど、中も綺麗なのね。ちゃんと道も舗装されてる……奥に進めば、まだまだ足場も不安定で、魔物がうじゃうじゃいる危険な場所が広がってるみたいだけど。

ルエル役立たずを連れて奥には行かないから安心していいよ」
「……安心しました」

 言い方考えて下さる?今、役立たずって言いましたよね?

 ゲイン鉱山に限らず、宝石の採掘は、奥深くに行けば行くほど、その分、危険度は跳ね上がるが、良質な宝石が採掘出来る。
 戦力皆無の役立たずの私は、ただ宝石の採掘の一連の流れを見学に来ただけなので、ゲイン鉱山では比較的安全な、入り口近くにある採掘場に連れてこられた。

「よよよよようこそいらっしゃいました!ルーフェス様!ルエル様っ!」

 ーーー大丈夫ですか?

 見るからに緊張しているのが伝わる、どもった声で私達を迎え入れてくれたのは、ここゲイン鉱山の入り口付近の採掘場で働く、従業員の1人、《ウィーク》と名乗る、13.14歳くらいの若い青年だった。

「今日は妻に宝石の採掘を見学させたい。俺達のことは気にせず、いつも通りに働け」
「は、はいぃ!!」

 ーーーそんなこと言われても無理ですよね。

 ルーフェス公爵であられるメトは、普段、宝石の採掘は現場に任せ、ゲイン鉱山含めた、数ある宝石の採掘場所の、全体的な指揮をとっている。
 問題が起きれば現場に出るし、たまに鉱山の様子を視察しに来ているみたいだけど、こんな初期の場所では無く、奥部に行く。 
 入り口に近く、何かあってもすぐに逃げられる、比較的安全なこの発掘場は、新人が多く配属されている場所ーーーだから、普段、彼等が最高責任者であるメトと関わる機会はまず無い。

 普段来ない最高責任者が現場に来たら、そりゃあ緊張しますよね。緊張が張り詰めている現場の雰囲気は、私にも分かるくらい、ピリピリしている。



「……君、仕事を舐めてるの?」

 ーーーめっちゃ怖い。

 そんなピリピリしている空気の中、大人しく見学をしていたメトが、冷たい表情、冷たい声色で、ウィークに言葉を発した。
 一瞬で氷点下まで下がる温度。
 私が怒られてるワケじゃないのに、メトの隣にいる私まで怖い。

「い、いえ!舐めてません!」
「なら真面目に仕事しろ。基礎も出来ないなら帰れ」

 冷たい言葉を言い放つメト。
 彼の言い方はキツいと思うけど、私は口を出せない。私は宝石関連の事業、採掘に関しては素人だし、現場の作業なんて何一つ分からない私には、口を出す権利が無い。
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