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39話 愚かな元・お義母様

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「ベール様!ベール様の席はこちらにご用意しております!」

「結構ですわ。こちらの方が広々として良いですもの」

 元・お義母様の声掛けを無視し、私の隣に椅子を移動させるベール様。私にウィンクして下さるその凛々しいお姿、素敵です…!


「きっとルーフェス公爵家に仕えるゼスティリア侯爵令嬢だから、仕方無くルエルお姉様の傍にいるんです……可哀想なベール様」

 相変わらず、エレノアは自分に都合の良いように捉えますね。カインと似た者夫婦ですこと。

 ゼスティリア侯爵令嬢に強気に出られない元・お義母様は、まだ納得はしていないみたいですが、ベール様の席移動は諦めたようです。
 コホンっと1つ息を吐くと、お茶会に集まった招待客に向かって、笑顔を向けた。

「さぁさ!皆様、マルクス伯爵家の自慢のお茶会を存分に楽しんで下さいませ!」

 元・お義母様やエレノアにとって都合の良い空気で、お茶会は始まった。

 ガヤガヤと明るく和やかな雰囲気。
 自分を気遣うご令嬢や夫人に囲まれ、ご満悦のエレノアに、息子の汚名を晴らせ、私に一泡吹かせてご満悦の元・お義母様。

 私はそんな2人の様子を眺めながら、ゆっくりとティーカップを口に近付けた。


 ーーー馬鹿な元・お義母様。
 自らの首を絞めるお茶会を、自らの手で開くなんて。最初から最後まで滑稽過ぎて笑える。



「ーーーあの、マルクス伯爵夫人」

 元・お義母様が楽しそうにエレノアや他の招待客と話している中、元・お義母様の席に近いご夫人が、戸惑いの表情を浮かべたまま、手を上げた。

「私、こちらの紅茶は飲めません」

 1口もティーカップに口をつけないまま、拒否する。
 元・お義母様が用意したのは、最高級の茶葉と、最高級のお菓子。ここぞとばかりに良いものを用意したんですね。

「ムレスナ様、どうしたのですか?いつもは普通に飲んでいるじゃありませんか!」

 驚いたように目を丸くする元・お義母様。
 そんな元・お義母様の発言に、ムレスナ様はハンカチを口元に当て、思いっ切り顔をしかめた。

「どうしたのはこちらの台詞です。いつもは、私には違うお茶を用意して下さっていたではありませんか」

「ーーーえ」

「私もです。私、砂糖は控えているので、お菓子は食べられませんわ」

「え?え?え?」

 次から次へと招待客から不満が上がるのを、私はお茶の入ったカップで口元を隠しながら、微笑んだ。

 残念でしたね、元・お義母様。
 1回だって自分でお茶会を開いてこなかったツケが、今まさに、ここで返ってくるんですよ。


「ーーーマルクス伯爵夫人。ムレスナ様はアールグレイ系の茶葉が苦手なんですよ。テマエル様は、体調管理を兼ねて砂糖を控えていらっしゃるのですよね。いつもは砂糖を使わない、野菜の甘みを活かしたお菓子を用意していたのですが、今回は用意されなかったんですか?」

 私は優しいから、今からでも丁寧に元・お義母様に教えてあげますね。

「なっ?!」

「確かウィナント様はお茶よりも珈琲がお好きでしたね。ヒサキ様はーーー」

 いつも元・お義母様がご招待する招待客に対して、私がしていた気遣いを1つずつ教える。
 お茶会の準備はね、ただ、高級なお茶とお菓子を用意するだけじゃないの。招待する人達を思って、どれだけ楽しく過ごして頂けるかを考えて準備をするの。
 知らないでしょう?全部、私に押し付けていましたものね。

「や、止めなさい!ルエルさん!」
「どうしてですか?何も知らないマルクス伯爵夫人のために、私が今までしてきたお茶会の準備の仕方を教えてあげているんじゃないですか」

 ザワっと、一気に周りのざわめきが大きくなる。
 元・お義母様は、私の暴露に、顔を真っ赤にさせて、ワナワナと震えていますね。おっかしい。

「いい加減なこと言わないで頂戴!今まで一度もお茶会を手伝ってこなかったのは、あんたでしょう?!」

「お手伝い?マルクス伯爵夫人はお手伝いもしなかったじゃないですか。私が1人で全て準備していました。招待状もね」

 そう言って私は、花のイラストの描かれた便箋をテーブルの上に出した。

「デタラメなこと言うんじゃないよ、ハズレ嫁が!そんな花の絵の描いた便箋なんか取り出してーー!それが何だって言うんだい?!」

 パニックなのか、口調が元の下品なものに戻っていますよ。それに、また墓穴を掘りましたね。

「この便箋に見覚えが無いんですか?ああ。それもそうですね。私が今まで、マルクス伯爵家のお茶会の招待状として使っていた便箋ですものね。一度も招待状を用意した事が無いマルクス伯爵夫人が知らなくても無理ありません」

 本当、愚かな元・お義母様。
 この便箋を見た事が無いなんて、それは、今まで招待状を用意してこなかったと証明したようなもの。


「招待状……字も汚いし、何かおかしいとは思っていましたが……やっぱり……」
「今までの招待状とは全く違いましたものね。届いたのも1週間前でしたし、出席の有無も無いし」
「私はてっきり、今回の招待状は、マルクス伯爵家に嫁いだエレノア様が初めてお手伝いしたものかと……」

 流石のエレノアでも、元・お義母様よりはまともな字が書けますよ。その勘違いは勘違いで、とても愉快ですけど。
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