上 下
5 / 113

5話 別の契約を提案します!

しおりを挟む
 

 仕事で思い出したけど、明日は、前々から決まっていた、大物との大切な商談の日。ずっとこの日の為に準備を重ねて、カインの為にも、絶対に成功させてみせる!って、強い意志で臨んでいた。

「今となっては虚しいだけだけど」

 今更、私が頑張って仕事をする意味なんて無い。


「大物……《ルーフェス》公爵様」

 魔物が大量に発生した年、私達の帝国も、魔物の襲撃にあい、幾つかの地方で激しい被害にあった。このままでは、いつか帝国全体に魔物の被害が拡大するーーーそう危惧されていたが、ルーフェス公爵家当主であるメト=ルーフェス様は、帝国に激しい被害を与えた魔物達を、部下達を率いて殲滅した。
 この一件で皇帝陛下から深い信頼を勝ち得たルーフェス公爵様は、この帝国で1番を争うと言われる程の領地を与えられた。
 魔法、剣技の才能だけで無く、商売の才能もあって、多くの店や事業を展開している天才。

 切れ者なだけあって、冷たい印象を持っている人が多いみたいだけど、綺麗なお顔で、公爵様で、帝国1番のお金持ち、そして、独身。
 従業員達も皆揃って、あんな人と結婚したいー!って騒いでたっけ。

 実家にいる時は、誰とも関わらずに生きてきたから外の情報を知らなかったけど、仕事をしていると、色々な話を聞けるから、何となく知っているのよね。
 特に、ルーフェス公爵様は、今後、仕事のお付き合いをしていきたい大切なお客様だったから、よく調べた。

 彼が何故独身でいるのかもーーー。


「ーーーあっーーた!あった!私が助かる唯一の道!」

 思わず、カインと一緒に選んだ小さな椅子を倒しながら、立ち上がった。



 *****

 次の日。私は早速、義実家の誰にも会わないうちに、職場に向かった。

 もう、朝食の準備も、昼食の準備もする必要が無いから、しない。
 どうせお義母様もお義父様も、私との離婚を手放しで喜んで、エレノアを迎えいれるに違いない。待望の孫を授かっているし、私と違って、クリプト伯爵家から愛されているエレノアなら、カインに相応しいと思うでしょう。
 結婚の時も、うちから援助が出ない事を知って、散々罵ってくれたもの。
 あんな義実家、こっちからお断りよ。


 そんな事よりも、さぁ、今からが、勝負の時間ーー!

「ーーーようこそいらっしゃいました。《ルーフェス》様」
「……ああ」


 今日の大切な大物のお客様、メト=ルーフェス公爵様。

 淡い水色の瞳に、艶やかな黒髪。細身で長身な彼は、上品な黒を基調とした服装に、瞳と同じ色の高価そうな宝石のついたブローチを身につけていた。
 噂通りに綺麗な顔で、その装いから、相当お金持ちなのが見て分かる。
 きっと、一筋縄ではいかない人。


 でも、私は今からこの人を、口説き落としてみせる!


 ・・・・・

 事前に用意した資料を並べ、今日の為に考えておいた新規事業の企画と提案を伝え、その結果で出る利益と、伴うリスクも、ホワイトボードを使い、全て伝える。
 リスクを伝えないのは、後でバレた時に、信頼関係を損なう可能性がある。全て伝え、その上で、納得して、手を取って貰う。これが、私の仕事に対する考え方。

「ーーいかがでしょうか?」

 全てのプレゼンを終え、公爵様の顔色を伺う。
 ただ黙って、用意した資料に目を通す公爵様。

 緊張する……この瞬間、いつになっても慣れない!

「……悪くない。噂に違わず、優秀なようだね。上出来だ」
「!でしたら!」
「いいよ。契約成立だ」

 嬉しくて、思わず心の中でガッツポーズをする。
 入念に準備した甲斐があった。ルーフェス公爵家と業務提携を結べれば、この企画は成功したも同然。

 ーーーそう、普段なら、ここで、お終い。

 商談が終わり、帰ろうと席を立つルーフェス様の前の席に、私は座った。

「?」

 不審そうに私の顔を見る公爵様。
 私はそのまま、用意していた資料を、ビリビリに破り捨てた。

「……何の真似?」
「この商談は、このままではルーフェス様にとって、不利益なものになります」

「……どういうこと?意味が分からないけど」

 そうでしょうね。たった今、私が売り込んだ商談を、私自身が否定するのだから。でも、これは事実。

「この商談は、私がいる事を前提として、売り込んだ内容です」

「……だろうね。マルクス伯爵家に、君以外使える人材は見当たらない」

 流石ルーフェス様。商談相手であるマルクス伯爵の事をちゃんと調べていますね。

「私は、カインと離婚し、マルクス伯爵家の事業から完全に離れます。私がいなくなれば、この商談はルーフェス様にとって不利益なものになるので、契約を結ばないのが得策かと思います」

「……君が何をしたいのか全く分からない。結論を言え」

 それはそう思いますよね。こっちから契約を売り込んでおいて、契約しない方が良い。なんて言っちゃうんだから。でも、結論からは話せなかったんですよ。結論を先に言ってしまうと、貴方が話も聞かずに帰ってしまうのが分かるから。少しでも良い印象を持ってもらう為に、私の優秀さをアピールする!
 貴方が帰らないように、何とか最後まで話を聞いてもらう。それが、私の最初のミッション。

「回りくどい事をしてしまったのは謝ります。でも、私はどうしても、ルーフェス様に提案したいがあって、私の実力を見て貰う為に、最初に仕事の話をしました」

「別の契約?」

「絶対に損はさせません。ルーフェス様にとって、良い契約になるのを証明します」

「……」

 ここでルーフェス様が帰ってしまえば、もうお終い!お願い!帰らないで!!


「……話だけは聞いてあげるよ」

 私の熱意が伝わったのか、暫く沈黙した後、ルーフェス様はもう1度、椅子に座り直した。
 よし!第1ミッション完了!

「では、最後まで聞いて下さいね。有り得ないと思っても、とりあえずは、最後まで聞いて下さい」

「いいから話せ」

 念押しはしておかないとね。きっと、ルーフェス様が1番嫌うお話でしょうから。


「私と結婚して下さい」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アムネーシス 離れられない番

山吹レイ
BL
諸富叶人は十七歳、高校生二年生、オメガである。 母親と二人暮らしの叶人はオメガという呪われた性に負けずに生きてきた。 そんなある日、出会ってしまった。 暴力的なオーラを纏う、ヤクザのような男。 その男は自分の運命の番だと。 抗おうとしても抗えない、快感に溺れていく。 オメガバースです。 ヤクザ×高校生の年の差BLです。 更新は不定期です。 更新時、誤字脱字等の加筆修正入る場合あります。 ※『一蓮托生』公開しました。完結いたしました。 

15年後の世界に飛ばされた無能聖女は、嫌われていたはずの公爵子息から溺愛される

魚谷
恋愛
聖女の刻印が身体に表れたことで公爵家に引き取られた孤児のユリア。 王国では刻印を持った人物は、高位貴族の養女となる慣習があり、ユリアは一夜にして公爵令嬢に。 公爵家の跡継ぎである、10歳のヨハネとの折り合いは良くないものの、公爵令嬢として相応しくなろうと日々を過ごす。 そしていよいよ、聖女としての能力が判明する時がくる。 その能力は、『浄化』。 魔物が跋扈した遙か昔には素晴らしい能力と言われていたが、平和な現代ではまったく役に立たない能力。 明らかに公爵家での扱いが変わる中、ヨハネが家を飛び出したということを知る。 他の使用人ともどもヨハネを探しに外へ出たユリアだったが、空へ生まれた赤い裂け目に遭遇。 ヨハネを助けられたものの、代わりに自分が赤い裂け目に飲み込まれる。 気がつくと、そこは15年後の世界。 魔物が跋扈しており、さらにユリアは自分が赤い裂け目に飲み込まれて死んだ悲劇の聖女と言われていることを知る。 その世界で、魔物に襲われたユリアを助けたのは、25歳になったヨハネで――。

【完結】優秀な私のせいで夫が自信を失ってしまいました

紫崎 藍華
恋愛
アイリスは夫のヴィクターのために、夫が会頭を務めるマーカス商会のために能力を発揮した。 しかしヴィクターはアイリスの活躍を苦々しく思っていた。 そのような日々が続き、ついにヴィクターは自信を失い、そのことをアイリスに打ち明けた。 ショックを受けたアイリスは夫に自信を取り戻させようと決意した。 商会よりも夫のほうが大切なのだから。 こうして商会と夫婦関係の崩壊は始まった。

三度目の結婚

hana
恋愛
「お前とは離婚させてもらう」そう言ったのは夫のレイモンド。彼は使用人のサラのことが好きなようで、彼女を選ぶらしい。離婚に承諾をした私は彼の家を去り実家に帰るが……

狂宴〜接待させられる美少年〜

はる
BL
アイドル級に可愛い18歳の美少年、空。ある日、空は何者かに拉致監禁され、ありとあらゆる"性接待"を強いられる事となる。 ※めちゃくちゃ可愛い男の子がひたすらエロい目に合うお話です。8割エロです。予告なく性描写入ります。 ※この辺のキーワードがお好きな方にオススメです ⇒「美少年受け」「エロエロ」「総受け」「複数」「調教」「監禁」「触手」「衆人環視」「羞恥」「視姦」「モブ攻め」「オークション」「快楽地獄」「男体盛り」etc ※痛い系の描写はありません(可哀想なので) ※ピーナッツバター、永遠の夏に出てくる空のパラレル話です。この話だけ別物と考えて下さい。

【完結】カレーを食べて貰おうと思っただけなのに

恋愛
急に思いついて書きたくなった話です。 短編になる。 喪女とイケメン年下上司をラブラブにしたい(完結した) 幸人さんを幸せにしたいので、ちょっと続く 名前を忘れがちなのでメモ 田辺真菜(たなべまな)→真面目な喪女 志田翔(しだかける)→イケメン年下上司 友里恵(ゆりえ)→真菜の友達 仲嶋幸人(なかじまゆきと)→真菜と気が合う紳士。女性が苦手 前の席の川崎さん。真菜の同期 宮崎さん。若い子 山田さん。真菜の先輩 南野さん。古株 志田亘(しだわたる)→翔のお兄さん 綾乃(あやの)→お兄さんの嫁さん 田辺夏奈(たなべなな)→真菜の妹。リア充に見える。やたら強い

【完結】王太子の側妃となりました

紗南
恋愛
6年前、真実の愛とか言って王太子は婚約破棄して男爵令嬢を妃とした。だが、男爵令嬢では王色の子供を産むことは出来なくて、6年後側妃を迎えることとなる。 王太子の側妃となり溺愛される話です

虐げられた黒髪令嬢は国を滅ぼすことに決めましたとさ

くわっと
恋愛
黒く長い髪が特徴のフォルテシア=マーテルロ。 彼女は今日も兄妹・父母に虐げられています。 それは時に暴力で、 時に言葉で、 時にーー その世界には一般的ではない『黒い髪』を理由に彼女は迫害され続ける。 黒髪を除けば、可愛らしい外見、勤勉な性格、良家の血筋と、本来は逆の立場にいたはずの令嬢。 だけれど、彼女の髪は黒かった。 常闇のように、 悪魔のように、 魔女のように。 これは、ひとりの少女の物語。 革命と反逆と恋心のお話。 ーー R2 0517完結 今までありがとうございました。

処理中です...