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3話 許さない

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 急いで仕事を終わらせて、いつもよりも早い時間に、帰路に着く。私が今日急いでいるのに気付いて、皆に気を使わせてしまった。
 旦那様が帰ってくるならと、私の分の仕事を引き受けてくれた皆には、今度、改めてお礼をしなくちゃ。

 馬車に揺られ、家に着くと、そこには、先に見慣れた馬車が1台停まっていて、ドクンッと、心臓が大きく鳴った。

「これ……クリプト家のーー私の、実家の馬車ー?」

 どうしてここにいるの?今更、何の用があるの?
 実家を出てから、1度も、両親とも妹とも、顔を合わせていない。

 私は恐る恐る、玄関の扉を開けた。



「カイン様ぁ、大好きです」
「ああ、僕も好きだよ」

 聞きたくも無い声が、耳に届く。
 いっその事耳を塞いでおきたいのに、どうしても、見逃せない。

 玄関に入り、2階にある私達の自室に向かえば、そこには、エレノアがカインの首筋に手を回し、カインがエレノアの腰に手を回し、顔を近付け、唇を交わす2人の姿があった。

 ーーーどうして?

 驚きと衝撃で、私は暫く、ただ茫然とその場に立ち尽くした。そんな私と視線が合ったエレノアは、笑みを強め、まるで私に見せ付けるように、キスを深めた。

「カイン……どうして……」
「!ルエル!?え、何でー!?今日はいつもより帰りが早いんだな!」

 貴方に早く会いたいから、仕事を切り上げて、帰って来たのよ?

 私の姿を見たカインは、慌てて、エレノアから体を離そうとしたが、それをエレノアが許さなかった。ギュッと、カインの腕に手を絡ませ、離れられないようにすると、上目遣いで甘えるように、声を発した。

「ルエルお姉様、ごめんなさぁい。私が悪いんです。私が、カイン様を好きになってしまったから…!」
「そんなっ!エレノアは悪くないよ!僕の方こそ、妻がいる身でありながら、君を好きになってしまったんだ……君は悪くない!」
「カイン様ぁ」

 浮気女の口先だけの謝罪に、それを信じ、庇う旦那。三文芝居を見せられているようで、胸がムカムカする。

「ルエルお姉様。見てお分かりになるように、私とカイン様は愛し合ってしまったんです。ルエルお姉様なら、私にカイン様を譲ってくれるよね?私のお姉ちゃんだもん。お姉ちゃんは、可愛い妹が欲しがるモノはぜーーーん・ぶ、あげないといけないんだよ」

 私の嫌いな笑顔で、いつも私が言われていた理不尽な台詞を吐く。
 そうやって貴女は何度、私から大切なモノを奪うの?奪われる度に悔しくて、諦めて、悲しんでーーーやっと手に入れた幸せすら、奪っていくの?!

「どうしてーー何で?!何でなのエレノア?!貴女、カインには興味無かったじゃない!それなのにーー」

「えー。だって、カイン様、今凄いお金持ちじゃないですか♡色々と評判も良いし♡それなら、ルエルお姉様より、私の方がカイン様に相応しいよね」

 ーーマルクス伯爵家の財力が持ち直したから?没落貴族では無くなったから、私から奪いに来たの?

「それは、私が頑張ったからよーー!」

「ルエルお姉様、執拗ーい。もー諦めて下さい。私のお腹の中には、カイン様との子供がいるんだから♡」


「……今、なんて言ったの?」

 子供ーーー?カインと、エレノアのーー?

 私が傷付いた表情を浮かべる度に、エレノアはとても嬉しそうに微笑んだ。

「ルエルお姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」

 お腹をさすりながら、幸せそうに、呟く妹。
 まだ、お腹は出ていないから、赤ちゃんが出来たばかりなのかしら……なんて、茫然とした頭で、思った。

「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれたエレノアと、再婚する!」

「……」

 愛している?どの口が、その言葉を紡ぐの?
 愛してると言いながら、他の女をーーーよりにもよって、妹を妊娠させて、妻に離婚を告げるの?再婚を宣言するの?それはもはや、愛では無いでしょう?

「っぅ。子供の事はーーー私だって、気にしていたよ。でも、それならっ!せめて、私とちゃんと離婚してから、子供を作るべきだったんじゃないの?!」

「僕は君が好きだったんだ!今だって、君が好きだ!僕だって、君と離れるのは辛いんだーーー!君が、子供さえ産めたならーー!!」

 まるで、悲劇のヒロインみたいな事を言うのね。私が子供を産めないのが悪いの?私を責めるの?貴方が、私を傷付けたのよ。

「お姉様ったら、結婚して3年も経つのに、子供の1人も作れないんですもの。可愛くないだけじゃなくて、女としても欠陥品なんだねぇ。お可哀想なお姉様」

「ーーー」

 子供が出来なくて、ずっと、申し訳無かった。
 でも、貴方は私を愛してると言ってくれた。だから、ずっと頑張ってこれた。
 例え、義母や義父からハズレ嫁と罵られ、本来義母がやるべき家の管理を丸投げされようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえ傍にいてくれれば、何にでも耐えられるし、幸せなの。

 私は、貴方さえいてくれれば、それでいいのーーー例え子供が出来なくても、貴方と2人なら、一生、添い遂げられると思っていた。
 それなのに、貴方は、1番最低な形で、私を裏切った。


 それなら、もういいわ。全部、要らない。
 絶対に許さないわ。
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