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白妙の心 1

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 子供たちを異界の草原へ残し、海神わだつみあお彼呼迷軌ひよめきへと移動した。

 「久遠くおん。」

 広々とした玄関に響く海神わだつみの声に応えるものは現れない。
 親しみきった場所であるというのに、どうやら礼儀正しいこの男は、迎えが現れるまで足を踏み入れるつもりはないようだ。

 とりわけ急いでいるわけもなかったので、あおは姿勢正しく佇む海神わだつみの肩に頭をよせ、ゆったりした口調で声をかける。

 「念話で呼んでみたら?」

 「・・・うん。」

 額に指をあて海神わだつみが黙り込むと、ほどなくして小さな風が後ろからそよいだ。

 「すまない。待たせた。」

 「いや。」

 「久遠くおん・・・きみ、出かけてたの?」

 「ああ。白妙しろたえの渇きが酷くてな。口を湿らせるための綿を取りに少し出ていた。」

 「ふーん。」

 つまらなそうに返事を返すあおといつも通り冷淡な表情でいる海神わだつみを連れ、長い廊下を歩きながら久遠くおんは小さくため息をつく。

 「あお海神わだつみは何度言ってもかたくななので、お前に言っておく。邪な想いを抱く者は、そもそもこの屋敷の敷居を跨げはしない。海神の折り目正しい様を好ましくは思っているが、私たちの間にそれは必要のないことだ。・・・声などかけなくていい。我が家だとでも思って気兼ねなく入ってくれ。」

 「うん。わかった。面倒は少ない方がいい。次からはそうさせてもらうよ。・・・白妙しろたえの様子が気になってね。会ってもいいか?ボクらで診てみたい。」

 あおの言葉に久遠はしっかりとうなずいた。
 久遠としても、ただ手をこまねいて見ていることしかできない状況は辛い。
 海神わだつみと、未だに得体の知れないあおという神妖に、望みを託してみたいのだ。

 間もなく白妙しろたえの部屋の前につくと、久遠くおんは重い声をかけ、ゆっくりと戸を開けた。
 だいだいの温かい光に柔らかく包まれた部屋の中で、身体を丸め痛みに耐えている白妙の姿はとても小さく、あまりにも儚げだ。

 「白妙しろたえ。」

 白妙を呼ぶ海神の声が、頼りなく震えていることに気づき、あおはたまらずグッと彼の頭を抱き寄せた。

 「大丈夫。・・・ボクが診るから。君はそばにいて。」

 「あお。子供たちは、大丈夫なのですか?」

 息を荒く乱しうめき声を漏らす白妙の背をなでながら問いかけてきた翡翠ひすいに、あおは軽い調子で返す。

 「もちろん、大丈夫だ。彼らの元にはゆいがいる。何も心配はいらない。それに、昨日、連中にはしっかり挨拶してやったからね。どのみち、奴らは当分動けやしないさ。」

 どこからか出した厚い座布団の上に海神を座らせたあおは、翡翠ひすいの向かい側にさっと腰を下ろすと、白妙の首筋に二本の指をあてた。

 にわかに訪れた静寂に、緊張が走る。
 あおの黒く澄んだ双眸が、細められた。
 白妙から指を離すと、深く息を吐き出しうなじの辺りをガシガシと搔く。

 「まいったな。そういうことか。」

 「・・・あお?」

 「しーっ・・・」

 海神わだつみの唇を蒼のしなやかな指がそっと塞ぐ。

 「・・・よい・・・やみ・・・」

 白妙しろたえの乾いた唇から吐息交じりに甘く苦し気に吐き出されたその名に、海神わだつみの身体は固まった。

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