上 下
147 / 324

白妙の想い

しおりを挟む
 白妙は、宵闇の寝台の脇に腰掛けると、堅くまぶたを閉じたまま美しい人形のように眠り続けている宵闇の頬を、そっと撫でた。

 あれからひと月近く経つというのに、宵闇が意識を取り戻す兆しは、全くみられなかった。

 「宵闇・・・・お前はこんなにも近くにいるというのに、私は今まで感じたことがないほど、孤独だ。」

 白妙は宵闇の額にかかる艶やかな黒髪を手で優しくすくと、額にそっと唇を落とし、束の間そこから妖力を流し込んだ。

 こんなことをしても何の意味も持たないことを、白妙は正確に理解していた。

 だが、時が経てば経つほどに、宵闇の向けてくれる笑顔や、自分を想ってくれる深い熱情が、次々と脳裏を駆け巡り、気が狂いそうなほどの切なさで胸の奥をしめつけてきて、何もせずにいることなどとてもできなかった。

 少しでも、自分の気配を伝えたくて、白妙はこうして日に何度も、宵闇に自らの妖力をわずかずつ流し込んでいたのだ。

 「早く、戻ってこい・・・・・。お前のいない世界は、私には辛すぎる。・・・もう、耐えられない・・・宵闇・・・・・。」

 白妙の濡れた囁き声が、宵闇の耳の奥を揺らし、彼女の瞳から零れ落ちる涙が、宵闇の白く滑らかな頬を、人知れず伝い落ちていった・・・・・。
 
 ・・・・・・白妙を助けに入った宵闇が意識を失った、あの時。

 宵闇は、意識を失う直前・・・・何を想ったのか、掴んでいる龍粋の裾をとおして、自らの念を彼に流し込み始めた。
 ・・・あえて念の回路を龍粋に解放してから意識を失った・・・と言った方が、正しいかもしれない。

 突然、手放しで委ねられてきた宵闇の念が気付けになり、龍粋は宵闇が倒れ込んだ直後、幸いにも正気を取り戻すことができたのだ。

 龍粋は、足元に倒れている宵闇に気づき、瞬時に陣を完成させると、彼を抱きあげ陣の外へ運び、治癒の術を使いながら、震える声で何度も名を呼び続けた。

 宵闇の意識が戻らないのは、念を送る回廊を龍粋に繋いだまま、垂れ流しに近い状態にしてしまったことが関係しているに違いなかった。

 宵闇の念は枯渇するほどではなかったが、直後に白妙を救うために妖力を惜しげもなく使用したことで、宵闇の存在自体が力を弱め、意思のない生命体のような、あやふやなものとなりかけてしまったのだ。

 ・・・・・・龍粋は、あの日以来、毎日白妙に面会を求めてきていたが、彼女は一切それに応えようとはしなかった。
 
 今は、宵闇のこと以外、何も想いたくはない・・・・・。

 宵闇の少し冷えた指先をにぎりしめ、優しく揉んで温めながら、白妙は一途に彼のことだけを想い、祈り続けていた。

 白妙は、自分が龍粋の陣に飛び込めば、宵闇もついてきてしまうかもしれないと分かっていた。
 分かっていたから・・・あの時、道連れにして「すまない」と・・・・宵闇にそう告げたのに・・・・。

 宵闇は一切の躊躇なく、私を残すことを選んだ・・・・。

 「宵闇・・・・私を独りにするな。私は残されることを望んではいない。ただ、お前と共にありたいのだ。」

 白妙は、この気持ちが何と呼ばれるものなのか、ようやく理解していた・・・・。

 宵闇の耳元に美しい唇を寄せ、ひそかに告げた愛の言葉は、応える者がいないまま、白妙の震える胸の奥にしまいこまれた。

 繋いだ手の温もりだけが、白妙の手の中で、ただ哀しく熱を持っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

収容所生まれの転生幼女は、囚人達と楽しく暮らしたい

三園 七詩
ファンタジー
旧題:収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです 無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す! 無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

1番じゃない方が幸せですから

cyaru
ファンタジー
何時だって誰かの一番にはなれないルビーはしがない子爵令嬢。 家で両親が可愛がるのは妹のアジメスト。稀有な癒しの力を持つアジメストを両親は可愛がるが自覚は無い様で「姉妹を差別したことや差をつけた事はない」と言い張る。 しかし学問所に行きたいと言ったルビーは行かせてもらえなかったが、アジメストが行きたいと言えば両親は借金をして遠い学問所に寮生としてアジメストを通わせる。 婚約者だって遠い町まで行ってアジメストには伯爵子息との婚約を結んだが、ルビーには「平民なら数が多いから石でも投げて当たった人と結婚すればいい」という始末。 何かあれば「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われ続けてきたルビーは決めた。 「私、王都に出て働く。家族を捨てるわ」 王都に行くために資金をコツコツと貯めるルビー。 ある日、領主であるコハマ侯爵がやってきた。 コハマ侯爵家の養女となって、ルワード公爵家のエクセに娘の代わりに嫁いでほしいというのだ。 断るも何もない。ルビーの両親は「小姑になるルビーがいたらアジメストが結婚をしても障害になる」と快諾してしまった。 王都に向かい、コハマ侯爵家の養女となったルビー。 ルワード家のエクセに嫁いだのだが、初夜に禁句が飛び出した。 「僕には愛する人がいる。君を愛する事はないが書面上の妻であることは認める。邪魔にならない範囲で息を潜めて自由にしてくれていい」 公爵夫人になりたかったわけじゃない。 ただ夫なら妻を1番に考えてくれるんじゃないかと思っただけ。 ルビーは邪魔にならない範囲で自由に過ごす事にした。 10月4日から3日間、続編投稿します 伴ってカテゴリーがファンタジー、短編が長編に変更になります。 ★↑例の如く恐ろしく省略してますがコメディのようなものです。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

【完結】ごめんなさい?もうしません?はあ?許すわけないでしょう?

kana
恋愛
17歳までにある人物によって何度も殺されては、人生を繰り返しているフィオナ・フォーライト公爵令嬢に憑依した私。 心が壊れてしまったフィオナの魂を自称神様が連れて行くことに。 その代わりに私が自由に動けることになると言われたけれどこのままでは今度は私が殺されるんじゃないの? そんなのイ~ヤ~! じゃあ殺されない為に何をする? そんなの自分が強くなるしかないじゃん! ある人物に出会う学院に入学するまでに強くなって返り討ちにしてやる! ☆設定ゆるゆるのご都合主義です。 ☆誤字脱字の多い作者です。

公爵家に生まれて初日に跡継ぎ失格の烙印を押されましたが今日も元気に生きてます!

小択出新都
ファンタジー
 異世界に転生して公爵家の娘に生まれてきたエトワだが、魔力をほとんどもたずに生まれてきたため、生後0ヶ月で跡継ぎ失格の烙印を押されてしまう。  跡継ぎ失格といっても、すぐに家を追い出されたりはしないし、学校にも通わせてもらえるし、15歳までに家を出ればいいから、まあ恵まれてるよね、とのんきに暮らしていたエトワ。  だけど跡継ぎ問題を解決するために、分家から同い年の少年少女たちからその候補が選ばれることになり。  彼らには試練として、エトワ(ともたされた家宝、むしろこっちがメイン)が15歳になるまでの護衛役が命ぜられることになった。  仮の主人というか、実質、案山子みたいなものとして、彼らに護衛されることになったエトワだが、一癖ある男の子たちから、素直な女の子までいろんな子がいて、困惑しつつも彼らの成長を見守ることにするのだった。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...