上 下
88 / 324

癒 8

しおりを挟む
 まだ意識を失ったままの九泉きゅうせんあげはが連れ帰って行く。
 ゆいは目を細め、2人を見送った。
 そんな癒に、白妙しろたえがためらいがちに口を開いた。

 「癒。お前に光弘みつひろを任せたい。来るべき日まで、黒霧こくむを抑え子供たちを守りたいのだ・・・・・。出来るか?」

 癒は探るような目で白妙を見つめた。
 こいつは一体何を考えているのだろう。
 白妙は美しい顔に似合わず、油断のできぬ相手だ。
 現に、白妙だけは出会ってからずっと、綻びを探るかのように私から目を離そうとはしない。

 白妙の提案に、朱華はねず加具土命かぐつちが慌てて言い寄り始めた。
 海神わだつみも呆れたように、美しい眉を片方上げ手を広げてから、腕を組みなおしている。

 「白妙、待て。秋津がこのような目に合うほどの役を、産まれたばかりの神妖に任せるというのか。」
 「それはあまりに酷というもの。言葉すら持たず変化へんげもままならぬ幼き者に任せるとは・・・・・。死ねと言っているようなものだぞ。」
 「言いたいことはわかっている。正直、私とて迷っているのだ・・・・・。」

 白妙の言葉に、沈黙が広がっていく。
 その沈黙を破ったのは、光弘だった。

 「待ってください。」

 硬い声音に何かよからぬ気配を感じ、癒は光弘を鋭い眼光で見つめた。

 「もうこれ以上、誰もかかわらせたりしない。あなた達も、ゆいも・・・・・真也しんやたちも・・・・・。」

 やはり・・・・・。

 「俺が誰の事も想わなければ、あの黒い霧は誰も襲えない。それなら・・・・俺が望むことは一つだけだ。」
 「光弘・・・・・。」
 「真也、しょう都古みやこ。俺を見つけてくれて、ありがとう。・・・大好きだよ。ずっと。」
 「おいっ!」

 噛みしめるように最後の台詞をつぶやくと、光弘は額に指をあて、いきなり言霊を放った。

 「じろ。」

 光弘の指先が光を帯び、徐々に輝きを増していく。

 癒はすかさず自らの妖力を解放し、光弘の術へ向けて放つ。
 癒の瞳があかく煌めいた。

 次の瞬間、カシャーンという音と共に、光弘ははじかれたようにのけぞり、勝の腕の中に倒れ込んだ。

 癒が凍り付くような瞳を光弘にむける。
 冷たい怒りと、それと同じくらい深い悲しみが黒い瞳を揺らしていた。

 子供たちが光弘にぶつける心の声が、空しく教室に響く。
 光弘は、恐らく考えを変えない。
 実際、光弘が宵闇を受け入れ心を閉ざせば、奴を封じ込めることができるのは事実なのだ。
 だが・・・・・・。

 教室に流れるなか、白妙が口を開いた。

 「光弘。そういえば、世話になった礼をまだ伝えてなかったな。お前のおかげで、2年前のあの時、私は我に返ることができたのだ。あのままでは連中を殺し、危うく木乃伊みいら取りが木乃伊になるところであった。改めて礼を言うぞ。」 

 突然過去の話題を出された光弘は、首をかしげて白妙を見つめている。

 「光弘よ・・・・・・。お前、自分の望みを通すならば、相手のわがままを1つくらい聞いてやってもばちはあたるまい。お前、皆の気持ちを考えていなかったのだろう。」 

 光弘の傷ついたような眼差しに、癒は哀しくなった。
 自分がどれだけかけがえのない大切な存在であるか、この人には理解できないのだ。

 「癒。話を戻すぞ。お前・・・・・光弘を守れるか?」

 癒は、じっと光弘の瞳を見つめた。
 癒は自分に怒っていた。
 自分の目の前で2度も光弘を危険にさらした。
 どんなに強力な力があっても、この人を失ってしまったのでは生きていく意味がない。
 そのために得た力なのだから。

 白妙や久遠くおんたちの様子をみれば、自分の存在が異質なものであると理解したうえで話を持ち掛けているのは明白だった。

 お互いの利害が一致している以上、断る必要はなかった。
 それに、白妙に言われるまでもなく、光弘を守るつもりではいたが、白妙の願いとして受けておけば便利がいいかもしれない。

 もう、自分を抑えるのはやめだ。
 たとえこの人に嫌われ、遠ざけられたとしても・・・・・・。

 癒は白妙に向かって「いいだろう。」というようにあごをしゃくり、うなずいた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...