上 下
73 / 324

焔の舞 2

しおりを挟む
「では、みなの期待に応えねばなるまいな。」 

 白妙しろたえの言葉に気を良くしたかぐつちは、両手を胸の前で重ね、半眼はんがんになった。 
 周囲の空気が、加具土命かぐつちを中心に、一気に濃さを増す。
 さきほどまで浮かれていた者と同じ者とは思えない、彼女の凛とした美しいたたずまいに、背筋がゾクリとする。 

ほむら様が舞うぞ!」 
「ばかな!命逢みおが全て焼き尽くされてしまうではないか!」 
はく様が囲いを作ってくださっておるから大丈夫だ。」 
「早くしろ!間近で見ることなど我らに叶うものではない!次はないぞ。」 

 神妖じんようたちが血相をかえ、広場の中心へ続々と集まってくる。 

 赤い印の書かれた白い布を顔の前にさげ、紅の服を身に着けたたくさんの子供たちが、いつの間にか様々な楽器を構え、加具土命を囲うように集まっていた。 

 宙に浮いた加具土命が、組んでいた両手を空高く掲げる。
 同時に、高い笛の音と炎の竜が闇を切り裂いて上空へ駈け上った。 

 竜の軌跡を描いた火の粉が、焔色の花びらとなって降り注ぐ中を炎をまとった加具土命のしなやかな肢体したいが力強く美しく舞う・・・・・・。 
 幻想的な舞に、息をすることすら忘れて誰しもが魅入った。

 全身で操る炎は時に繊細に、時に激しく、加具土命の意のままに共に舞い踊る。 
 渦を巻き猛々しく天を突きあげた炎が、夜の闇に枝垂しだれ柳を描く中を地へと舞い降り、加具土命は動きを止めた。

 ゥオオオオオオオーッ!
 時が止まったような静寂の後・・・・・空気が震えるほどの歓声が響き渡った。

 加具土命は満面の笑みで、こちらへ歩いてくると白妙を手招いた。

  「来い・・・・・白妙。」 

 白妙は、あきらめたように小さく息を吐き、天を仰いだ。 
 周囲で神妖たちが息をのむ気配がする。
 月色の淡い輝きに包まれた白妙は 美女に見まごう先ほどまでの姿から、白い衣に身を包み、腰に刀を帯びた精悍せいかんな男性の姿に一瞬のうちにかわっていた。 

 吹いたら切れてしまいそうな細い糸を目の前に張られているような緊張感が、その場にいる者の心を縛る。

 白妙は、加具土命の手をうやうやしく取ると、まるで見えない階段でもあるかのように、ちゅうを踏み上っていく。 
 さきほどとは違う、物悲し気な低い笛の音が響き、薪の炎が赤から青白い色へと変化した。 
 2人の舞が静かに始まると、そこかしこで吐息が漏れ聞こえてくる。

 加具土命と舞いながら、白妙は微笑んでいる。
 それなのに彼の舞は、狂おしいほどに切なく、心を締めつけてくるのだ。
 なぜ、白妙はこんなに哀しそうな眼をして踊るのだろう。 

  闇夜に輝く白妙の舞は、見る者の心を惹きつけてやまない。
 静かだった音楽が曲調を変え、不穏な空気を感じさせる音が心に爪を立てる。

 この舞・・・・物語になっているんだ。

 それまで仲睦まじく舞っていた2人だったが、曲調の変化と同時に加具土命が白妙を突き飛ばすようにして離れた。
 引き戻そうとする白妙を拒む動きをした加具土命は、腰から刀を抜き切りかかった。
 白妙も刀を構え、そこから激しい刀による乱舞が繰り広げられる。
 突然、全ての音楽が鳴りやみ一瞬の静寂が訪れると、白妙とかぐつちは互いに刀を静かに構え直した。
 笛の音が哀しく叫ぶように鳴り響く。
 再び2人がぶつかった瞬間、加具土命は腕を降ろし、自ら白妙の刃を身に受けていた。
 白妙は、崩れかかる加具土命を抱きしめ音もなく地に降りた。
 空を仰ぎ印を組むと何かをつぶやいている。
 白妙の身体をぼんやりとした光が包み込み、天に向かって降り注ぐように光の粒が立ち上っていく。
 光の粒は、白銀の雲となり温かい雨となって降り注いできた。

 「祝雨しゅくう・・・・・。」
 「祝いの雨だ。」
 「祝福だ・・・・・。」

 神妖たちが呆然とつぶやいているその言葉に、俺は違和感を覚えた。
 
 祝い?
 祝福?
 それならなぜ、白妙はあんなに辛そうな目をしているんだ。
 
 「白妙。素晴らしい舞だった・・・・・が、相手が気に食わん。」 

 白妙と加具土命が戻ると、わだつみが不機嫌に言った。
 元の姿に戻った白妙は口の端で笑った。

 「にしてもだ。まさか、祝雨まで降らせるとは。誘った儂が言うのもなんだが、お主が皆に舞を見せること自体が奇跡のようなものなのに。・・・・・驚いたぞ。」

 白妙は加具土命の言葉に「ただの気まぐれだ」と一言だけ答え、辺りを見回した。
 舞を見てすっかり呆けているしょうを見つけた白妙は、いじわるな笑みを浮かべその首に腕を絡める。 

「どうした、勝。私の舞はどうであった。」 

 恐らくまた固まってしまうか、鼻血を出して動けなくなるんだろうな。
 俺はそう思いながら勝と白妙のやり取りを見ていた。
 だが以外にも、勝は真顔でじっと白妙を見つめて視線を逸らさない。 
 白妙がいぶかし気な表情で勝を見返した。

 「お前・・・・・なんで泣いてるんだよ。」

 勝はつぶやくように溢し、白妙の目元をそっと親指でなぞった。
 白妙が目を見開き、慌てて目を逸らす。 

 俺には勝の言っていることがわからなかった。
 確かに哀しそうに舞っているように見えたが、白妙の頬に涙は見えない。
 それどころか、降り注ぐ雨の雫すらその美しい顔を濡らしてはいないのだ。

 それにしても、さっきから海神の視線が怖い。 
 その場を流れる微妙な空気に耐えられなくなったのか、加具土命がしどろもどろで白妙に話しかけた。

 「時に、白妙よ。宴とはいえ我らまで呼び出すとは、お前何か企んでおるのではないか。」 

 加具土命の言葉に、白妙は勝からそっと離れると、表情を引き締め久遠くおん翡翠ひすいに視線を送った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

勘違いの工房主~英雄パーティの元雑用係が、実は戦闘以外がSSSランクだったというよくある話~

時野洋輔
ファンタジー
英雄のパーティ、『炎の竜牙』をリストラされたクルトは、実は戦闘以外は神の域に達している適正ランクSSSの持ち主だった。 そんなことを知らないクルトは、自分の実力がわからないまま周囲の人間を驚かせていく。 結果、多くの冒険者を纏める工房主(アトリエマイスター)となり、国や世界の危機を気付かないうちに救うことになる。 果たして、クルトは自分の実力を正確に把握して、勘違いを正すことができるのか? 「え? 山を適当に掘ったらミスリルが見つかるのってよくある話ですよね?」 ……無理かもしれない。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※令和元年12月より、コミカライズスタート(毎月第三火曜日更新) ※1~5巻好評発売中(コミカライズ1巻発売中)2020年11月時点 ※第11回ファンタジー小説大賞受賞しました(2018年10月31日) ※お気に入り数1万件突破しました(2018年9月27日) ※週間小説ランキング1位をいただきました(2018年9月3日時点) ※24h小説ランキング1位をいただきました(2018年8月26日時点)

追放された魔女は、実は聖女でした。聖なる加護がなくなった国は、もうおしまいのようです【第一部完】

小平ニコ
ファンタジー
人里離れた森の奥で、ずっと魔法の研究をしていたラディアは、ある日突然、軍隊を率いてやって来た王太子デルロックに『邪悪な魔女』呼ばわりされ、国を追放される。 魔法の天才であるラディアは、その気になれば軍隊を蹴散らすこともできたが、争いを好まず、物や場所にまったく執着しない性格なので、素直に国を出て、『せっかくだから』と、旅をすることにした。 『邪悪な魔女』を追い払い、国民たちから喝采を浴びるデルロックだったが、彼は知らなかった。魔女だと思っていたラディアが、本人も気づかぬうちに、災いから国を守っていた聖女であることを……

【完結】ごめんなさい?もうしません?はあ?許すわけないでしょう?

kana
恋愛
17歳までにある人物によって何度も殺されては、人生を繰り返しているフィオナ・フォーライト公爵令嬢に憑依した私。 心が壊れてしまったフィオナの魂を自称神様が連れて行くことに。 その代わりに私が自由に動けることになると言われたけれどこのままでは今度は私が殺されるんじゃないの? そんなのイ~ヤ~! じゃあ殺されない為に何をする? そんなの自分が強くなるしかないじゃん! ある人物に出会う学院に入学するまでに強くなって返り討ちにしてやる! ☆設定ゆるゆるのご都合主義です。 ☆誤字脱字の多い作者です。

辺境の最強魔導師   ~魔術大学を13歳で首席卒業した私が辺境に6年引きこもっていたら最強になってた~

日の丸
ファンタジー
ウィーラ大陸にある大国アクセリア帝国は大陸の約4割の国土を持つ大国である。 アクセリア帝国の帝都アクセリアにある魔術大学セルストーレ・・・・そこは魔術師を目指す誰もが憧れそして目指す大学・・・・その大学に13歳で首席をとるほどの天才がいた。 その天才がセレストーレを卒業する時から物語が始まる。

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

処理中です...