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珍客来訪

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 翡翠ひすいによって開け放たれた障子しょうじの向こうには、桜色と空色の不思議なグラデーションで色づいた空が広がっていた。 
 そのかなたで、小さな蛇のようなものがうごめいている。 

 「なんだ、ありゃ・・・・・。」 

 しょうが険しい表情でつぶやいた。
 そうしている間にも、蛇のようなものは恐ろしい勢いでこちらへ近づいて来ていた。 
 瞬く間に接近してくるそれは、途方もなく巨大な生き物だった。 
 激しくうごめく、巨大なビルほどもあるその生き物は、スピードを全く落とさずに向かってくる。 
 そのまま体当たりでもされようものなら、俺たちは一貫の終わりだ。 

 これは・・・・いくらなんでも規格違いすぎるだろう。 

 どうすることもできないまま呆然と眺めているしかない俺の肩に、そっと手が乗せられた。 
 見上げた先に久遠の微笑みを見つけ、同じ男なのに思わずドキッとしてしまう。 

 「大丈夫だ。問題ない。」 

 そう告げて庭先におりようとした久遠くおんだったが、両手を広げた白妙しろたえに行く手をはばまれた。 

 「久遠よ。悪いがこの場は私にゆずれ。都古みやこの大切な友人をいじめた罰だ。奴は私がもてなそう。」 

 言うが早いか、白妙は庭に向かって飛び上がった。 
 月の光に似た、淡く透明な光が白妙を包み込み、小さな身体が一瞬のうちに細長く伸びていった。 
 同時に、得体の知れないビリビリとした空気が辺りを包み込んでいく。 
 覚えのある感覚に、俺は目を見開いた。 

 この感じは、あの時のっ! 

 忘れもしない、光弘みつひろと俺たちが、本当の意味で出会うことができた、あの冷たい雨の日に感じた気配。 
 あの時と全く同じものだ。 

 白妙の身体を覆っていた光が消えると、そこには長くつややかな黒髪に陶器とうきのように白くなめらかな肌をした、着物姿の若い女が浮かんでいた。 
 この世の者とは思えないほどの妖艶ようえんな美しさにあてられ、勝は放心状態だ。 

 「先ほどはからかってすまなかった。人をからかうのは私のさがだ。許せよ。」 

 白妙の口から、駄菓子屋の中で聞いたなまめかしい女の声が流れ出た。 
 白妙は、巨大な蛇に向き直ると、、ゆっくりと両方の手のひらを空に向けた。 
 するとそこに、青い閃光せんこうをまとった球体が20ほど、パチパチ乾いた音を立てて一瞬で現れたのだ。 

 間違いない。 
 あの日、都古は白妙に操られていたんだ。 
 想像でしかないが、恐らくそうせざるを得ない何かしらの事情が、あの時突然できてしまったんだろう。 
 当時も今も、この白妙という人物が油断ならない危険な者であることと、言葉やしぐさの端々から、都古を心底大切に想っているんだろうということだけは、俺にもはっきりと分かった。 

 白妙は、今はもう身体を埋め尽くすうろこ の一つ一つが見て取れるほどまでに近づいた、巨大な赤黒い蛇の鼻先へ向かって光の玉を全て飛ばした。 

 「皆さん。耳、ふさいでおいた方がいいですよ。」 
 
 そう言って笑顔のまま耳に手を当てる翡翠にならい、俺たちも慌てて耳を塞いだ。 

 「すまんな。ここはお前が来るには狭すぎるのだ。向こうで遊んでいろ。」 

 そう言って白妙がパチンと指を鳴らす。 
 その途端、あの日に聞いたものとは比較できないほどの轟音ごうおんがとどろき、辺りが閃光に包まれた。 
 巨大な音の衝撃に、全てのものが激しく震える。 

 すごい光だ。 
 それに、身体がビリビリする。 

 俺は思わず目をつぶった。 
 再び目を開いた時、大きな蛇が身をくねらせながら逃げるように空の彼方へと飛んで行くのが目に映った。 
  
 「もしかして、お前、あの時の?」 

 勝がへたりこみながら、白妙に向かってぼんやりとつぶやく。 

 「ほぉ。気づいたか。」 

 白妙は目を細め、勝の肩の辺りへ絡みつくようにして手を置いた。 

 「あの時は差し出がましい真似をしてすまなかったな。さて、客も帰った。改めて一緒に茶でものまぬか。」 

 勝は顔を真っ赤にして誘われるがまま座敷へ戻り、浮足立ったまま白妙を振り返った。 

 「ひぃいいいいっ!」 

 白妙が ・・・・・老婆に変化していた。 
 勝は衝撃のあまり、叫び声を上げて絶望的な表情でその場にへたりこんでしまった。 
 そんな勝の姿に思わず噴き出した俺たちの目の前で、白妙は紙のように色の抜けた状態になっている勝のひざの上へ、小さな子供のようにちょこんと行儀ぎょうぎよく座った。 

 「いやはや。この姿でいるのはなかなか骨が折れる。勝。お前、感謝しろよ。」 
 「へぇー・・・・・。そりゃ・・・ありがとうございますぅ・・・・・って。だったらさっきのままでいてくれりゃぁいいじゃねーか!」 

 こうなることを読んでいたのか、白妙は「待ってました!」とばかりにすかさず女の姿に戻ると、勝の膝の上で横向きに腰かけ首に腕を絡めた。 

 「な・・・・・っ!」 
 「望みどおりにしたぞ。子供にはちと刺激が過ぎるかと思うてやめておったのだが、求められたのでは仕方あるまい・・・・・。勝、お前いやらしいな。嫌いではないが。」 
 「・・・・・・・。」 
 いじわるな笑みを浮かべた白妙に耳元でささやかれ、あわれな勝は、ついに後ろにひっくり返ってしまったのだった。
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