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我に返った翡翠は、白妙にあまりにも無礼なことしているのではないか・・・・と思い至った。
彼女の泥の足に触れる白妙の、雪のように白い手を慌てて止める。
「ありがとうございます。・・・・後は自分でできますので。」
気の毒なほどうろたえた様子の翡翠に、白妙は束の間、「おや」という表情を見せたが、すぐにまた微笑みかけた。
「必要ない」と、なんでもないことのようにさらりと言って、さっさと泥だらけの翡翠の足袋を脱がせてしまう。
新しく張りなおした透き通った桶の湯の中に翡翠の足を浸して、丁寧に洗い流しながら、白妙は霞のような儚い笑みに、かすかな寂しさを漂わせた。
「・・・・・・海神のことだから・・・どうせ言葉の足りないまま、お前たちを強引にここへ連れてきてしまったのだろう。・・・・すまなかったな。・・・・・・冷淡に見えるやもしれぬが、あれは酷く思いやりの深い男なのだ・・・・・。悪く思わないでやって欲しい。」
まだわずかに揺れ続けていた翡翠の頭の片隅を、海神の美しい顔がかすめる。
氷のような外見の印象と裏腹に、海神は傍らにある時、常に自分たちを思いやってくれていた・・・・・。
泥から久遠を掘り出す時も・・・・・。
久遠の父に襲われた時も・・・・・。
翡翠と久遠を安心させようと、不器用に微笑みを見せてもくれたのだ・・・・・。
それに・・・・・既に奪われてしまった命や、水底へ沈みゆく町などは、彼にはもはやどうしようもないことであったのだろうに・・・・・・。
出会ったばかりの翡翠の目にすら明らかなほど、海神は責任を感じ、ひたすら傷ついていた。
「・・・・・海神様が、とても慈悲深く、情の厚いお方であること、深く感じ入っております。・・・あのお方無しに、私たちは生き延びることなどできませんでした。感謝を尽くしても足りないほどなのです。」
微笑み返してきた翡翠の言葉に、白妙はホッとして息を吐いた・・・・・・。
白妙にとって海神は、人でいうところの我が子のような存在だ。
水神殿を司る者として取り仕切ることができるようになるまで、幼かった彼を常に傍らで見守り、育ててきたのは他ならぬ白妙だったのだから・・・・・。
出会ったころから周りの者との関係を築くことが不得手だった海神は、愛らしく幼い顔に笑顔を浮かべることは、ほとんどといっていいほどなかった。
龍粋を継ぐ者として、値踏みをするような視線にさらされている時も、揉み手で近づいてくる馴れ馴れしい者の前でも、冷たい表情やそっけない態度を変えることはない。
海神がその心の内をさらすのは、白妙に対してだけだった。
白妙は、海神が皆に見せる凍てつく仕草の陰に、彼自身と周りの者を傷つけないための本音が隠されていることを知っていた。
・・・・・だからこそ白妙は彼に「周りの者にもっと温かい態度で接しなさい」などという年長者の姿勢を押し付けて、諫めることなどできなかったのだ。
それに・・・・・・。
海神が自分にだけ温かい表情を見せてくれることを心の底から嬉しく・・・・愛おしく思っていたことも、また事実だった。
だが、海神が青年へと成長し、水妖の頭目として水神殿を取り仕切るまでに成長を遂げた時。
二人の関係は、温かいだけであったその在り方を微妙に変えていった・・・・・・。
彼女の泥の足に触れる白妙の、雪のように白い手を慌てて止める。
「ありがとうございます。・・・・後は自分でできますので。」
気の毒なほどうろたえた様子の翡翠に、白妙は束の間、「おや」という表情を見せたが、すぐにまた微笑みかけた。
「必要ない」と、なんでもないことのようにさらりと言って、さっさと泥だらけの翡翠の足袋を脱がせてしまう。
新しく張りなおした透き通った桶の湯の中に翡翠の足を浸して、丁寧に洗い流しながら、白妙は霞のような儚い笑みに、かすかな寂しさを漂わせた。
「・・・・・・海神のことだから・・・どうせ言葉の足りないまま、お前たちを強引にここへ連れてきてしまったのだろう。・・・・すまなかったな。・・・・・・冷淡に見えるやもしれぬが、あれは酷く思いやりの深い男なのだ・・・・・。悪く思わないでやって欲しい。」
まだわずかに揺れ続けていた翡翠の頭の片隅を、海神の美しい顔がかすめる。
氷のような外見の印象と裏腹に、海神は傍らにある時、常に自分たちを思いやってくれていた・・・・・。
泥から久遠を掘り出す時も・・・・・。
久遠の父に襲われた時も・・・・・。
翡翠と久遠を安心させようと、不器用に微笑みを見せてもくれたのだ・・・・・。
それに・・・・・既に奪われてしまった命や、水底へ沈みゆく町などは、彼にはもはやどうしようもないことであったのだろうに・・・・・・。
出会ったばかりの翡翠の目にすら明らかなほど、海神は責任を感じ、ひたすら傷ついていた。
「・・・・・海神様が、とても慈悲深く、情の厚いお方であること、深く感じ入っております。・・・あのお方無しに、私たちは生き延びることなどできませんでした。感謝を尽くしても足りないほどなのです。」
微笑み返してきた翡翠の言葉に、白妙はホッとして息を吐いた・・・・・・。
白妙にとって海神は、人でいうところの我が子のような存在だ。
水神殿を司る者として取り仕切ることができるようになるまで、幼かった彼を常に傍らで見守り、育ててきたのは他ならぬ白妙だったのだから・・・・・。
出会ったころから周りの者との関係を築くことが不得手だった海神は、愛らしく幼い顔に笑顔を浮かべることは、ほとんどといっていいほどなかった。
龍粋を継ぐ者として、値踏みをするような視線にさらされている時も、揉み手で近づいてくる馴れ馴れしい者の前でも、冷たい表情やそっけない態度を変えることはない。
海神がその心の内をさらすのは、白妙に対してだけだった。
白妙は、海神が皆に見せる凍てつく仕草の陰に、彼自身と周りの者を傷つけないための本音が隠されていることを知っていた。
・・・・・だからこそ白妙は彼に「周りの者にもっと温かい態度で接しなさい」などという年長者の姿勢を押し付けて、諫めることなどできなかったのだ。
それに・・・・・・。
海神が自分にだけ温かい表情を見せてくれることを心の底から嬉しく・・・・愛おしく思っていたことも、また事実だった。
だが、海神が青年へと成長し、水妖の頭目として水神殿を取り仕切るまでに成長を遂げた時。
二人の関係は、温かいだけであったその在り方を微妙に変えていった・・・・・・。
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