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消えた久遠 3 ※R15 弱残酷表現有。
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振り返った翡翠の目と鼻の先に、美しい履物に包まれた乾いたつま先があった。
濃紺の衣をまとった女は、身体を宙に浮かせ、美しく整った顔に妖艶な笑みを張り付けて、翡翠を見下ろしている。
日が落ち、薄闇に辺りが覆われていく中、その微笑みは凍てつく邪悪に満ちていた。
「馬鹿な娘だ。・・・・・せっかく久遠によって逃された命。無駄にせず、大人しくしておれば良いものを」
女は長く細い指をすくい上げるように動かし、生暖かい血を塗り付けたような唇で『来い』と一言紡いだ。
翡翠の身体は見えない力に引き寄せられ宙を浮き、泥水を滴らせながら女の前に差し出される。
恐ろしさに震えながらも、翡翠は女を睨みつけた。
絶望に追い詰められると同時に、翡翠は激しい怒りを身の内にたぎらせていたのだ。
目の前に立ちはだかるこの理不尽な恐怖と、翡翠を残し自分勝手に逝くことを決めてしまった久遠に・・・・。
「おや。恐ろしい顔をするじゃないか。」
女は平手で鋭く翡翠の頬をはたいた。
翡翠は頭を横に振られたまま、それでも女から視線を外さない。
「お前といい、久遠といい、本当に油断ならない。久遠はすっかり全てをあきらめたように見えたのに、違ったようだ。まさか、入れ替わることで、お前の命を逃がそうとするとは・・・・・。」
「・・・・・。」
「真に選ばれた贄である久遠が先に差し出されてしまえば、儂はお前に手も足も出せなくなる。人柱でもなんでもないお前を喰らえば、奴らの目についてしまうやもしれぬからな。・・・・悪くない手だ。」
「っ・・・?」
「何を言っているかわからんという顔だな・・・・。人柱として選ばれていたのは、久遠だったのさ。お前たちの父親がそれを歪めてしまった。・・・・それに気づいた久遠の奴は、健気にも自ら進んで棺の中に入って待っていたのだ。お前を食わせないためにね。」
翡翠は険しい視線を向けたままだったが、女は翡翠の視線など全く意にも介さずといった様子で、楽しそうに嗤う。
「お前を喰い損ねた事・・・・心底気を落としていたのだが、まさか出向いてくれるとは・・・・・。嬉しいことこのうえないぞ。ここであれば、愚かな娘が愛しい男を追い濁流にのまれたこととして、連中に疑われず心置きなく喰うことができるのだからな。」
一体、誰に疑われるというのだろう。
屋敷の者は、久遠と翡翠の両親も含め皆、上から遣わされてきたこの神官を信じきっていて疑うことなどないのに・・・・。
にわかに湧き上がった疑問に目を細めると、女はくすりと笑いをこぼした。
「お前・・・聡い娘だな。・・・だがそれは、知らなくても良いことだ。」
女の手が翡翠へ伸ばされ、氷のような冷たい指が喉元を締め上げる。
首筋に冷たい息が当たり、耳元を女の艶のある声に撫でられ翡翠の全身に鳥肌が立った。
「あれほど愛おしく想っていた女すら守れずに逝くとは・・・・。久遠・・・・気の毒な男だ・・・」
くつくつと嗤い声を聞かせると、女は翡翠の耳を柔らかく食んだ。
「おや。震えているのか。・・・・可愛い娘だ。生娘のまま逝かせるのは惜しいね。久遠の代わりに、私がお前を抱いてやりたいくらいだよ。」
女は長い深紅の舌を伸ばすと、翡翠の首筋をぬらりと舐めた。
そこからじわりと、熱を持つしびれが甘く広がっていく。
「甘露のようだ・・・・やはりお前の肌は、極上よ。翡翠・・・・ここから先は痛むぞ。大丈夫・・・お前の意識は最期まで壊さずに残してやる。生きたまま食われている自らを見つめ、絶望に満ちた甘い声で狂ったように鳴く人という生き物が、私はこのうえなく愛おしいのだ。これに勝る官能や極上はない。・・・・翡翠。私のために思い切り鳴いておくれ。」
「・・・い・・・や・・・」
目を細め、艶やかな笑みを浮かべる女の真っ赤な唇が、翡翠の首筋に向かいゆっくりと開かれた・・・・・・。
濃紺の衣をまとった女は、身体を宙に浮かせ、美しく整った顔に妖艶な笑みを張り付けて、翡翠を見下ろしている。
日が落ち、薄闇に辺りが覆われていく中、その微笑みは凍てつく邪悪に満ちていた。
「馬鹿な娘だ。・・・・・せっかく久遠によって逃された命。無駄にせず、大人しくしておれば良いものを」
女は長く細い指をすくい上げるように動かし、生暖かい血を塗り付けたような唇で『来い』と一言紡いだ。
翡翠の身体は見えない力に引き寄せられ宙を浮き、泥水を滴らせながら女の前に差し出される。
恐ろしさに震えながらも、翡翠は女を睨みつけた。
絶望に追い詰められると同時に、翡翠は激しい怒りを身の内にたぎらせていたのだ。
目の前に立ちはだかるこの理不尽な恐怖と、翡翠を残し自分勝手に逝くことを決めてしまった久遠に・・・・。
「おや。恐ろしい顔をするじゃないか。」
女は平手で鋭く翡翠の頬をはたいた。
翡翠は頭を横に振られたまま、それでも女から視線を外さない。
「お前といい、久遠といい、本当に油断ならない。久遠はすっかり全てをあきらめたように見えたのに、違ったようだ。まさか、入れ替わることで、お前の命を逃がそうとするとは・・・・・。」
「・・・・・。」
「真に選ばれた贄である久遠が先に差し出されてしまえば、儂はお前に手も足も出せなくなる。人柱でもなんでもないお前を喰らえば、奴らの目についてしまうやもしれぬからな。・・・・悪くない手だ。」
「っ・・・?」
「何を言っているかわからんという顔だな・・・・。人柱として選ばれていたのは、久遠だったのさ。お前たちの父親がそれを歪めてしまった。・・・・それに気づいた久遠の奴は、健気にも自ら進んで棺の中に入って待っていたのだ。お前を食わせないためにね。」
翡翠は険しい視線を向けたままだったが、女は翡翠の視線など全く意にも介さずといった様子で、楽しそうに嗤う。
「お前を喰い損ねた事・・・・心底気を落としていたのだが、まさか出向いてくれるとは・・・・・。嬉しいことこのうえないぞ。ここであれば、愚かな娘が愛しい男を追い濁流にのまれたこととして、連中に疑われず心置きなく喰うことができるのだからな。」
一体、誰に疑われるというのだろう。
屋敷の者は、久遠と翡翠の両親も含め皆、上から遣わされてきたこの神官を信じきっていて疑うことなどないのに・・・・。
にわかに湧き上がった疑問に目を細めると、女はくすりと笑いをこぼした。
「お前・・・聡い娘だな。・・・だがそれは、知らなくても良いことだ。」
女の手が翡翠へ伸ばされ、氷のような冷たい指が喉元を締め上げる。
首筋に冷たい息が当たり、耳元を女の艶のある声に撫でられ翡翠の全身に鳥肌が立った。
「あれほど愛おしく想っていた女すら守れずに逝くとは・・・・。久遠・・・・気の毒な男だ・・・」
くつくつと嗤い声を聞かせると、女は翡翠の耳を柔らかく食んだ。
「おや。震えているのか。・・・・可愛い娘だ。生娘のまま逝かせるのは惜しいね。久遠の代わりに、私がお前を抱いてやりたいくらいだよ。」
女は長い深紅の舌を伸ばすと、翡翠の首筋をぬらりと舐めた。
そこからじわりと、熱を持つしびれが甘く広がっていく。
「甘露のようだ・・・・やはりお前の肌は、極上よ。翡翠・・・・ここから先は痛むぞ。大丈夫・・・お前の意識は最期まで壊さずに残してやる。生きたまま食われている自らを見つめ、絶望に満ちた甘い声で狂ったように鳴く人という生き物が、私はこのうえなく愛おしいのだ。これに勝る官能や極上はない。・・・・翡翠。私のために思い切り鳴いておくれ。」
「・・・い・・・や・・・」
目を細め、艶やかな笑みを浮かべる女の真っ赤な唇が、翡翠の首筋に向かいゆっくりと開かれた・・・・・・。
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