乙女ゲームの転生ヒロインは、悪役令嬢のザマァフラグを回避したい

神無月りく

文字の大きさ
24 / 30
悪役令嬢VSヒロイン

通じる想い

しおりを挟む
「……さて、俺は外で伸びてる同僚たちを移送する仕事が残っているので、隊長はホワイトリー嬢を送ってあげてくださいね。別の馬車を用意してありますから。あ、ホワイトリー嬢。うちの隊長はヘタレ紳士なので、どうぞ安心してエスコートされてやってください」

「ニコル!」
「あはは! では、お気をつけて」

 上官を上官とも思わない発言を飛ばし、ニコルさんは風のように去っていった。
 かなりの大物だ、あの人は。

 一方、部下にヘタレ紳士の烙印を押されたカーライル様は、大層バツ悪そうな顔をしつつも、私に手を差し出してくれた。
 その手を借りて立ち上がろうとしたのだが……うまく足に力が入らず滑り、「ひゃっ」と間抜けな悲鳴を上げて尻もちをつきそうになった。

 カーライル様が支えてくれたので転倒は回避できたが、生まれたての小鹿みたいに足がブルブル震えていて、まともに歩けそうにない。

「あれ、なんで……」
「……緊張状態から解放された反動、俗に言う腰が抜けた状態だな。自覚はなくても心身に負荷がかかっていたんだろう。無理に動かない方がいい」

 カーライル様は冷静に分析し、私をひょいと抱き上げて歩き出した。
 ちょ、これ、お姫様抱っこ!

 ドレス込みの体重を苦なく支える筋肉質な腕とか、服越しでも分かる分厚い胸板とか、至近距離で見下ろす端正な顔とか、そんなものを逐一意識するたびキャパオーバーしそうになり、人生初のお姫様抱っこは卒倒するかしないかのせめぎ合いだった。

 自力で歩けないから仕方ないことだけど、心の準備が欲しかった!

 どうにかして気を逸らそうと外の景色に目をやると、そこは王都の中とは思えないほど木々が生い茂るところだった。

「……雑木林?」
「ああ。今日来るはずだった緑地公園の雑木林だ。この季節は狩猟のため解放されているとはいえ、大きな催し物がある日は立ち入り禁止になるし、ここは滅多に人の入り込まない奥の奥。フロリアンがあの女の脱走にいち早く気づき、誘拐事件が起きる前から居場所を探し出していてくれたから、ここにたどり着けたようなものだ」

 クラリッサは殿下御用達の監視付きで領地に缶詰めにされていて、邪眼を利用して抜け出してきたと言っていたが、その効力も長続きしなかったのかすぐに露見したようだ。
 殿下のおかげで助かったというべきか、殿下のせいで危機に陥ったというべきか……一応前者ということにしておく。

 それから馬車に乗せられて座席に降ろされ、体が離れたのにほっとしたのも束の間、続いて乗り込んだカーライル様の膝の上に乗せられた。

 馬車の天井が高いおかげで頭を打つ心配はないけど、これはさすがにおかしい。

「え、ちょ、なんでこの位置なんです!?」
「雑木林は悪路だから、俺が支えている方が安全だ。揺れると体に負担がかかるし、頭をぶつけるかもしれない」

 しれっと言い放つカーライル様だが、こちらと目を合わさないところが怪しい。
 ジットリと睨んでも無視され、そうこうしているうちに馬車が動き出し、スピードが上がるたびにガタガタ車体が揺れるので、必然的にカーライル様にしがみつく形になる。

「ほらな、言った通りだろう?」

 手を肩に軽く添えているだけなのにしっかり私をホールドしているカーライル様は、いたずらっぽく笑った。
 レア度高そうな表情に一瞬見とれ……でも、簡単にほだされるのも癪なので、体を預けたままそっぽを向いた。

 抗議をしないのは揺れのせいで舌を噛みそうだから、ではなく、この腕の中にいるとどうしようもなく幸せだからだ。暴れ出したいほど恥ずかしいのに、何故か同じくらい安心して依存したくなる。
 それに、密着した部分から聞こえる早鐘とか、少し汗ばんでいる手とか、平静を装った見た目よりもずっと緊張しているのが感じられ、失礼ながら可愛いと思ってしまった。

 ――私は、この人が好き。

 ずっと漠然とした好意はあったし、異性として意識しているという認識はあったが、今は迷いなくはっきりとそう言える。

 いつどこで恋が芽生えたのか分からないし、いわゆる吊り橋効果とかいうものかもしれない。
 だが、恋はするものではなく落ちるもの、という使い古された文句は実に言い得て妙だ。

 カーライル様と会うたびに、恋のときめきよりもザマァに怯える動悸に振り回されっぱなしだった。でも、それだけずっと彼のことを意識していたということであり、知らないうちに恋に変わったとしても不思議はない。

「……私、あなたのことが好きです」

 意識せずするりと口を突いて出てきた告白の言葉に自分でも驚いたが、突然そんなことを言われたカーライル様の動揺も著しく、顔を赤くしながら「え、う、あ、ええ?」と意味のなさない声を上げながらオロオロとする。

 ちょっと意趣返しできたことに優越感……なんて思いながらその様子を眺めていたが、不意に真顔になったかと思うと私の頬に手を当てる。
 あれ、これってもしや――思わぬ急展開に腰を引こうとしたが、膝の上にいる状態で逃げられるわけもなく、そのままカーライル様に唇を奪われた。

 それに驚く間もなくガタンと衝撃がきて再び揺れ、否応なしにしがみつくしかなく、なんだかすごい絵になってることは間違いない。

 舌を噛まないようにという処置だったのかもしれないが、だからってなんでキスなんだ! お姫様抱っこより入念な心の準備が必要だというのに!

 ややあって唇が離れ、羞恥と怒りでプルプル震えながらカーライル様を睨むが、切なさと色気の混じり合った表情に破壊力がありすぎて、言おうとした文句が片っ端から崩壊していく。これが惚れた弱みというものだろうか。

「プリエラ……」

 惚けた瞳で見つめられ、そろりと指で下唇をなぞられる。

 なんだか屈したら負けな気がしたが、官能的なキスの催促に抗い切れず、まぶたを下ろして恭順を示すと、再び唇を塞がれた。何度も角度を変えて重ねられ、その合間にうわ言のようにプリエラと繰り返しささやかれる。

 いつの間にか“ホワイトリー嬢”ではなく“プリエラ”と呼ばれているのはいいとして……ファーストキスからの流れで、さっそく舌を入れてくるというのはどういう了見だ!?

 なんかこう、このまま情事に突入しそうな感じの深さなんですが!
 初心者に何してくれてるんだ! てか、ヘタレ紳士って真っ赤な嘘じゃないですか、ニコルさん!

 ああもう、いろいろいっぱいいっぱいだし、息継ぎをどこでしていいやら分からないし、目の前がグルグルして――あ、これ、この間と同じパターンだ。

「きゅう……」
「プリエラ!?」

 焦ったカーライル様の叫びを最後に、私はあっけなく意識を手放した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します

みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが…… 余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。 皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。 作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨ あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。 やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。 この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

処理中です...