乙女ゲームの転生ヒロインは、悪役令嬢のザマァフラグを回避したい

神無月りく

文字の大きさ
20 / 30
カーライルの独白5

事件の陰に潜む”信者”

しおりを挟む
「遅いですよ、隊長。デートを邪魔された腹いせにイチャついてくるなんて」

 馬車を降りると、開口一番ニコルが不貞腐れた顔で文句を言う。

「……うるさい。そんなに待たせた覚えはないぞ」
「あ、イチャついてたことは否定しないんですね」

 半眼で揚げ足を取ってくるニコルに、図星を突かれて内心動揺しつつも睨み返し、さりげなく話を逸らす。

「それより、状況は?」
「……ご存知だとは思いますが、主な事件は乱闘騒ぎです。ところによってはボヤや窃盗も発生しています。今のところ死者はゼロで被害報告があるのは市街地を中心とした商業エリアのみですが、収拾がつかなければいずれ邸宅地にまで及ぶでしょうね」

 目で「あとできっちり追求しますから」と訴えつつ、ニコルは職務に忠実な部下の顔になって報告してくれる。

「誰か先導している奴がいるのか?」
「そこまではまだ。何しろあちこちで小規模な事件が乱発しているので、混乱を収めるだけで手一杯ですからね」

「とにかく、目の前のことから片付けるしかないってことか」
「そういうことです――では、コレに着替えてくださいね。おしろいのついた服で公務なんて、いい笑いものですよ」

 軍服の上着を差し出しながら、ニコルは意地の悪い笑みを浮かべる。
 そんなはずはと思いつつも、反射的に彼女に触れたかもしれないところを確認するが、やっぱり何もついていない。謀られた。

 内心舌打ちをするが、言い返せば余計にこいつのペースに乗せられるだけだ。それに今はそんな状況でもない。ニコルの手から上着をひったくり、ロングジャケットを代わりに押し付けて袖を通す。

「じゃ、走りながら現場を探しましょうか。一応事件発生個所の報告は受けていますが、おそらくそちらにはすでに他の隊員が臨場してるはずですし」

 俺が着替えているわずかな間に、ニコルは少し離れたところに繋いであった馬の手綱を引いてきた。
 それにまたがり、通行人に注意を促しながら街中を駆けることしばし。

 通りの真ん中から言い争うような声が聞こえてきた。
 続いて鈍い打撃音。野次馬の悲鳴や煽り文句。

 乱闘が起きているのは一目瞭然だ。並走するニコルと目配せして馬を止めて降りる。

「隊長! ニコル!」

 野次馬の整理をしていたらしい隊員たちの一人が、俺たちを見つけて駆け寄る。

「お前は馬の番をしつつ一旦その場で待機、俺たちが犯人を捕獲したのちに詰め所に連行してくれ」
「了解しました」
「ニコル、一発頼む」
「はいはい。皆さーん、おとなしくしましょうねー」

 ニコルは俺の命じるまま腰のホルスターから下げた小銃を手に取り、引き金を引く。
 入っているのは実弾ではなく、威嚇のための爆竹弾だ。
 
 パァンッ、と乾いた音が響き、あたりが一瞬静まり返る。

 その隙を突いて野次馬の壁を突破し、掴み合ったまま地面に転がる二人の男を見つけた。こいつらが騒動の種のようだ。

 片方はひょろりとした体型をしており、散々殴られたのか顔中が腫れ上がって鼻や口から血を出している。
 もう片方はがっしりとした体格で、ほとんど無傷だ。
 どちらが喧嘩を吹っかけたのかは定かではないが、これではほとんど一方的な暴力行為だったと思われる。

「王都警備隊だ。騒乱罪でお前たちを連行する」
「はぁ? 貴族のボンボンが粋がってんじゃねぇよ!」

 男の片割れ――無傷な方が立ち上がり俺に殴りかかってきた。
 喧嘩慣れしていそうなフォームだったが、所詮は訓練を受けていない素人。半歩引いてそれを避け、空振った腕を掴んで捻り上げて組み伏せる。

「い、痛だだだだっ……!」
「これ以上暴れるなら、体中の関節を外すぞ」
「わ、分かった、分かったから、放せ!」

 降参だとでも言いたげに地面をダンダン叩く男の拘束を解くと、痛む腕をさすりながら立ち上がる。

「一体何が原因で起きた喧嘩なんだ?」
「原因? そっちの奴がいきなり俺に詰め寄って、訳の分からねぇことまくし立ててくるから、黙らせるために一発殴ったらやり返されて――そこからなしくずしに殴り合いだ」

 実にくだらない理由だが、まさか発端があちらにあるとは思わなかった。
 ボロボロになっている方の男は、ニコルが肩を貸して立ち上がらせていた。

 俺と同じように事情聴取をしているらしいが、殴られた反動で呂律が回っていないのか、要領の得ないことをブツブツつぶやいているようにしか聞こえない。
 ニコルは俺をチラッと見て、空いている方の肩をすくめた。そちらからは何も得るものがなさそうだ。

 先ほどの隊員に二人を預けていると、ニコルが悩むように眉根を寄せていた。

「どうした、ニコル」
「いやね……さっきの男、どこかで見た気がするんですよねぇ。でも、派手に顔面の形状が変わってたから、なかなか思い出せなくて」

 確かに、あれだけ腫れていれば知り合いだとしてもピンとこないだろうし、家族でも本人かどうか疑うレベルで変形していた。

「そいつは指名手配犯か?」
「いや、そういうのじゃないです。知り合いにいたなぁっていうくらいで――あっ!」

 ニコルがパンと手を叩き、「信者!」と叫んだ。

「……信者? 邪教徒か?」
「違いますよ。マクレイン嬢の信者です。情報収集の過程で、あの屋敷に出入りしてる商人にも聞き込みをしたって言いましたよね? あいつはそのうちの一人で、仕立て屋の倅です。色恋の線は薄そうですが、相当彼女に傾倒してるみたいで、そういう連中を俺はまとめて“信者”と呼んでます」

 そういえば、マクレイン嬢を崇拝している人間は社交界にもいる。信者という名称は言い得て妙だ。

「でも、俺が話を聞いた時は、いかにも小心者って感じだったんですけどね……間違っても、あんないかにも強そうな奴に喧嘩売るタイプには全然見えなくて」
「……気にはなるが、そのあたりの判断は両者に聴取してからだな。他に手が必要な現場はあるか?」

 残って野次馬の整理をしていた隊員に話を振る。

「そうですね。ボヤ騒ぎの跡、でしょうか。すでに鎮火してますが、周辺住民が揉めていると報告がありました」
「分かった。ニコル、行くぞ」
「はいはい」

 まだ信者のことが引っかかっているのか、生返事をするニコルを引っ張るように連れ出し、それからいくつかの現場を巡った。

 少々手荒な介入も必要だったが、いずれもすぐに場は収まり、当事者たちの連行やくわしい聴取は別の隊員に任せてきたが――その現場には必ず信者がいて、諍いの発端、あるいは火に油を注いでいる形だということが判明した。

 ここは貴族街で、マクレイン家と懇意にしている商家が多いのは理解できる。だが、偶然と片づけるには遭遇確率が高すぎる。

「……こう立て続けに信者が出てくると、嫌でも勘繰りしちゃいますよねぇ……」
「マクレイン嬢が騒ぎを先導していると? だが、こんなことをしたところで、彼女に益はないだろう?」

「そりゃあそうですけど、無関係だって言い切るのも難しくありません?」
「しかし、彼女は現在公爵領にいる上に、フロリアンが派遣した人間によって厳しく監視されているようだし、王都に手を出せるとは思えない」

 マクレイン嬢を擁護するつもりはないし、決して疑いを持っていないわけではないが、理論上は彼女を容疑者に仕立てることには無理がある。

 それに、仮に彼女がこの事態を引き起こしたとしても、王都警備隊に貴族の違法行為を取り締まることはおろか、事情聴取すらできない。
 反逆罪など国家の根底を揺るがず大事件になれば国王陛下自らが裁くこともあるが、貴族の犯罪は基本的に貴族連盟という独立機関が処分を下すことになっている。俺たちの出る幕はない。

「……ひとまず、マクレイン嬢のことは後回しだ。粗方片付いたようだが、念のため一通り巡回してから詰め所に――」
「カ、カーライル様!」

 呼びかけに振り返ると、取り調べのため詰め所に戻ったはずの隊員が馬で駆けてくるのが見えた。

「何があった」
「先ほどジード家の馭者だという男が詰め所に来たのですが……王都警備隊の制服を着た男たち数名に、乗せていた年頃の令嬢が連れていかれたと……」

「ホワイトリー嬢が? 一体何故?」

 彼女は爵位こそ高くはないが貴族令嬢だ。先ほども述べたが、王都警備隊に貴族を拘束する権限はないし、現行犯であってもよほどの緊急性がない限り認められない。もしなんらかの事情で保護する目的であったとしても、“連れていかれる”という表現はおかしい。

「それは馭者も訊いたそうなんですが、職務上のことは話せないとの一点張りで、深く追求しようとすると暴力を振るわれたそうです。見かねたその令嬢が彼らについていく形で馬車を降りたそうですが、事件性を感じてカーライル様に直接確かめに来たようです」

 ホワイトリー嬢には戸は開けるなと言ったはずなのだが、馭者が倒されてしまえばどの道無理矢理連れていかれただろう。暴力に訴えるような輩が相手では、下手に抵抗するより自主的についていったことで待遇がよくなるはずし、結果的に彼女の行動は間違いではなかったと思うが……それでも無事が確認できない以上不安は尽きない。

 今すぐ駆け出したい衝動に駆られるが、闇雲に探したところで見つかるはずもなく、深呼吸しながら気持ちを落ち着かせて情報を集める。

「……他の隊に確認はしたか?」
「現在各小隊の隊長に問い合わせ中ですが、取り次ぎをした隊員の様子からして、王都警備隊の関与は限りなく薄いと思われます」
「となると、自分たちに成りすました何者かが――いや、もしかしたら、我々の内部にいる“信者”の可能性も……」

 退役軍人から着古したものを買い取るなど、軍服を入手すること自体はさほど難しくはなく、なりすまし犯の可能性も否定はできないが、これだけ街中に同業者が闊歩し連携を密にしていれば、最初はごまかせてもいずれ誰かが変装だと気づく。

 だが、初めから同僚であればその身元は保証されているし、着飾った令嬢を連れていても「騒動で連れとはぐれて困っていたところを送っている」とでも言えば簡単に騙せる。

 そして、彼らがニコルの言う“信者”だとしたら――いよいよマクレイン嬢の関与が濃厚だ。

 俺はニコルに情報収集並行してホワイトリー嬢の行方を探させ、マクレイン嬢の今を知るためフロリアンの元に急いだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します

みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが…… 余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。 皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。 作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨ あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。 やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。 この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

処理中です...