乙女ゲームの転生ヒロインは、悪役令嬢のザマァフラグを回避したい

神無月りく

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カーライルの独白2

お茶会の噂と公爵令嬢の真意

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「いえね、貴族令嬢の間では『マクレイン邸のお茶会に参加したら運命の人に会える』ともっぱらの評判ですよ。諸々の理由で結婚は無理だとご両親すら匙を投げるご令嬢が、かのお茶会に参加したら素敵な令息に見初められ、その日のうちに婚約同意書にサインしたって話が、そりゃあもうゴロゴロ聞こえてくるんですよ。
オージュ侯爵令息とバルテス伯爵令嬢のカップルが、その最たる例ですね」

 オージュといえば、先日ホワイトリー嬢に手を上げそうになった男だ。
 確かに彼は大変ふくよかな令嬢を伴っていたが、あれは婚約者だったのか。

 いや、それよりも、そのような茶会にホワイトリー嬢が参加するということは、結婚相手を探しているということだろうか。

 年齢を考えれば結婚を急がねばならないのは分かるし、彼女に想い人や婚約者がいないと確信が持てたのは幸運だったが、まともなアプローチ一つできないまま他の男にとられるなど、想像しただけで目の前が真っ暗になりそうだ。

「た、隊長……生きてます?」

 一体今どんな顔をしているのか自分では見えないが、ニコルの引きつった表情を見るだけで死に体なのは察しが付く。
「大丈夫だ。貴重な情報、感謝する。ところで他の参加者は……」
「女性側は上級貴族のご令嬢が三人か四人いましたが、男性の名前は見えませんでした。今回は普通のお茶会の可能性もありますが……そもそも、どうやって“紹介”されるのかが分からない以上、表向きの参加者のみが“対象”とは限らないと思ってます。お茶会は隠れ蓑で実は……みたいなことがないとは言い切れません」

 ニコルは明言しなかったが、社交場では美人局まがいの婚活―― “男女の既成事実”を作ることで結婚話を強引に進める、という手口は常套手段だ。

 特に令嬢がいる家で開かれるパーティーで発生する案件で、目当ての男性客を泥酔させて令嬢と同じベッドに寝かせ、実際の行為があろうとなかろうと「責任を取らなければこのことを社交界で言いふらす」と相手を脅して結婚に同意させる。

 ただ、所詮恐喝で結んだ縁なのでおおよその場合は早々に破綻し、事実が露見すれば主に恐喝した側が非難されるので割に合わない所業なのだが……それはともかく。

「マクレイン公爵邸でそのようなことが行われていると、お前は考えているのか?」

 前述の通り、露見した時のリスクが高すぎるし、一度きりならともかく何度も繰り返せば嫌でも外部に漏れる。いかに使用人の口が堅くても、ニコルの巧みな話術で聞き出せないわけがない。被害者である俺がそう証言する。

「可能性としてはあり得ますが、実際のところはほぼシロでしょうね」

 俺の予想通り、ニコルは首をすくめて否定した。
 ホワイトリー嬢にそういう危険がないことは喜ばしいが、であればなおのこと参加者に男が見当たらないことに疑問が生じる。単にニコルの目に留まらなかっただけならいいのだが。

 それから二三言交わしてニコルを下がらせ、一人になった執務室で大きなため息をつくと、書類をそっちのけでどうすれば茶会に参加できるかと考える。

 正攻法はマクレイン嬢に頼んで招待状を用意してもらうことだが、不必要に借りを作りたくない。巡回のついでを装って屋敷に顔を出す、くらいが自然だろうか。

 しかし、運よく茶会に潜り込めたとして、いかにしてホワイトリー嬢の婚約を阻止するのか……いや、彼女にとって望ましい相手であれば祝福したいのだが、マクレイン嬢の手前断れないこともあるだろうから……などと自分で自分に言い訳しつつ策を練るが、まったく妙案が浮かばなくてもう一つため息をついたところで、ニコルがノックと共に再入室してきた。

「隊長にお客様でーす」

 何か企んでいる時に浮かべるにこやかな笑みのニコルの後ろから、やり手の若手実業家然とした装いの青年が出てきた。
 まあ、それはあくまで赤の他人が見たらの話で、この人物をそれなりに知る人間が見れば陳腐な変装に過ぎないのだが。

「フロリアン……」
「やぁ、兄上。一週間ぶり」

 フロリアンは社交場より砕けた笑みを浮かべ、応接セットとして置かれたソファーにゆるりと腰かけ、「すぐに帰
るからお構いなく」と言ってニコルを執務室から追い出す。

 普通なら部屋の主の許可もなしに座るのは礼儀知らずだが、王太子だから仕方がない。というか、立たせたままではこちらが不敬になる。

「視察、なんてものじゃないのは分かるが、一体何をしに来た? まさか一人でフラフラ出歩いてるんじゃないだろうな?」

 執務机からローテーブルを挟んだ対面のソファーに移動しつつ尋ねると、

「まさか。ちゃんと護衛と従僕を馬車で待たせてるよ。俺としては不本意だけど、単身で出歩いていると婚約者殿がうるさいからね」

 まるで母親の小言に辟易する子供のような口調だが、完全にのろけ顔だ。

 彼の言う婚約者殿とは、セシリア・モーリス辺境伯令嬢のこと。二人の間が良好なのは社交界では有名だが、実際にはそれを通り越したバカップルだというのを知っているのがごく少数だ。
 そういえば、モーリス嬢と知り合ったのはマクレイン嬢の紹介だった覚えがある。くわしい馴れ初めまでは知らないが、もしかしたらフロリアンなら件のお茶会について知っているかもしれない。

「なぁ、フロリアン。お前の要件の前に一つ訊きたいことがある。マクレイン邸のお茶会に呼ばれたことはあるか?」
「噂の『運命の人に会えるお茶会』のこと? 兄上、招待されたの?」
「いや、ホワイトリー嬢が招待されたらしいんだが……」

「……招待状が来たのは今日だけど、なんで知ってるの? 初恋こじらせてストーカーになった?」
「そんなわけあるか! ホワイトリー嬢本人から聞いたんだ」

 思わずローテーブルを叩いて先ほどの出来事をかいつまんで話すと、「なにそれ! 恋愛小説!?」と噴き出したが、俺が睨むとすぐに咳払いをして切り替えた。

「残念だけど、例のお茶会に関しては俺もくわしくは知らない。俺はセシリアとマクレイン邸で知り合ったわけでもなく、何年か前の王宮の舞踏会だ。ついでに親密になったのは、辺境伯領に視察に行った時。クラリッサの介入があったのはそのあとだ」
「そうなのか?」

 確か二年くらい前にフロリアンが視察に来た、という話はあったが、俺は所属していた隊の行軍訓練で山の中にいたから会うこともなかったが……なるほど、それがきっかけだったのか。

「では、マクレイン嬢の手柄……というとおかしいが、そうではなかったのか?」
「ないない。これ見よがしに人前で元々親しい俺たちの間に入って、世話焼きのポーズをしてただけ」

 フロリアンは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「あれは王太子カップルを成立させたっていう、自分にとって都合がいい噂が欲しかっただけだと思う。その頃はまだ恋のキューピッドの異名はなかったしね」

 つまり、二人の仲を取り持ったというパフォーマンスで、あの異名を勝ち取ったというとか。

「まあ、今回俺とセシリアの両方が呼ばれてるから、そこで実態は明らかになるだろうけど……正直気が進まないんだよね」
「お前たちが?」

 王太子が公爵令嬢の茶会に呼ばれることは不思議ではないとはいえ、運命の人に会えるという触れ込みの茶会に、同性のモーリス嬢はともかく、婚約者持ちの男が参加していいものなのか。

「クラリッサは、僕とホワイトリー嬢をいい仲にしたいみたいだ」
「は?」

 二人の仲睦まじさを辟易するまで思い知らされているだけに、仮の話でもフロリアンとホワイトリー嬢が同様な状態になるとは想像できない。それ以前に、そんなことをする理由がまったく思いつかない。

「いや待て。形だけとはいえ、お前とあのご令嬢の仲を取り持ったのはマクレイン嬢だろう? 何故自分の功績をぶち壊す真似をするんだ?」
「あくまで推測だけど、僕のスキャンダルをでっち上げて王太子の座を引きずり降ろし、マクレイン公爵家が兄上の後見人となってその後釜に据えるためじゃないかな?」

 ますます意味が分からない。

 当時――俺がまだ王位継承権を保持していた頃、フロリアンとマクレイン嬢の婚約話が持ち上がった。しかし、相手側から断られてその話は流れ、十年近く経ってモーリス嬢との婚約が結ばれて現在に至る。

 そもそも、ただ王族の外戚になりたいだけなら、マクレイン嬢が俺に固執しているのを差し引いても、わざわざフロリアンを蹴落として俺を王位に据える必要性を感じない。

「そんなことをしてなんの意味がある?」
「……これは最近知ったことだけど、ガートルード様はマクレイン公爵家を後ろ盾に、兄上を立太子するつもりだった。結局公爵はその話には乗らず、あの事件が起きてしまったわけだけど……」

 ガートルードは俺の母の名だ。
 確かに公爵家の後ろ盾があれば、母の地位の低さを容易くカバーできただろうが、俺を擁立したところで公爵にメリットはあまりない。フロリアンとの縁談も断るくらいだから、外戚というポジションに魅力を感じなかったのだろう。

 だが、その話と今の話となんの関係が――……まさか。
 一つの結論に思い当たってフロリアンを見やると、彼は苦笑して肩をすくめる。

「多分、兄上の推察通り。公爵がガートルード様の提案を受け入れていれば、兄上との結婚は揺るがないものだった。過去を変えることはできないけど、未来は変えることはできる。そのためには僕が邪魔。排除するにあたっていくつか手段はあるけど、兄上が懸想するホワイトリー嬢もついでに処理したいから、彼女とのスキャンダルなんて策を練ったんだろうね」

「だが、最近隣国の動きがきな臭い。国防の要である辺境伯と諍いを起こせば、最悪隣国と通じてクーデターが勃発する。そうなればこの国はお終いだ。仮に多少のスキャンダルがあったとしても、広がる前に陛下が捻り潰すんじゃないのか?」
「だろうね。でもその場合、兄上は口止め料代わりにクラリッサに売られると思うよ」

 父とは生まれてから今まで……あの衝撃的な暗殺未遂事件を経てなお、親としては兄弟分け隔てなく愛してくれている。しかし、国主として俺一人を差し出して丸く収まるなら、きっとためらいなく実行するだろう。
 そのことを責めるつもりはないが、それを見越してマクレイン嬢が計画を立てているのだとしたら、彼女の計算高さとしたたかさには頭痛しかしない。

「まあ、分かっていれば回避できる罠だから心配いらない――といっても兄上は心配だろうから、お茶会に参加できるようこっちで手を回すよ」
「……いいのか?」
「兄上がストーカーになるのはまずいからね……いだっ」

 人を二度もストーカー呼ばわりしたので、フロリアンの向こう脛を軽く蹴り飛ばしてやった。
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