ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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番外編

魔王陛下のとある一日①

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 番外編第一弾では、テッドくん視点のお話をご覧いただきます。
 「このヒーローの頭、大丈夫?」と突っ込みながら読んでください(笑)

*****

 セドリック・イル・エントール。通称テッド。
 歴代の国王の中でも特に切れ者と名高い男だが、感情の読めない涼しい笑顔を崩すことなく激務をこなし、虎の威を借りて甘い汁を啜ってきた古狸どもを一掃し、他にも無能な臣下は容赦なく左遷や罷免にすることから、王宮内では“魔王陛下”と畏怖されている男である。

 しかし、プライベートでは愛妻家で子煩悩という、実に人間らしい一面を持つ男だとも知られていた。
 そんな彼の相反する二面性を、ある一日を通じて覗いてみることにする。

 ――午前六時、起床。
 元々睡眠時間が短くても支障がないコスパのいい体質と、従者時代から培ってきた早起きの習慣が合わさって、執務や夜の催し物で深夜を過ぎて就寝しても、大抵はこの時間に自然と目が覚める。
 ただ、睡眠の質は“あるもの”があるのとないのとでは、断然違う。
 そのあるものとは――

(やっぱり、この抱き枕じゃないと安眠できないな)

 抱き枕……の役割を果たしながら熟睡するジゼルを眺め、テッドはクスリと笑う。
 夫婦なので同じベッドで就寝することはあっても、抱き枕として扱うのはいかがなものかと思われるが、彼女自身が最強の抱き枕属性の持ち主なのだから仕方がない。

 ジゼルのぽっちゃりボディは、彼の腕の中にうまい具合にはまり込むジャストサイズで、柔らかさと弾力が絶妙なバランス。しかも、毎日侍女に磨かれているもち肌は、当然シルクのように滑らか。
 極上の寝心地を提供してくれる、最高級の寝具である。
 昔からハイマン家の者たちが、こぞってジゼルに抱きつきたがるのを不思議に思っていたが、この心地よさを知っていればさもありなんだと納得した。

 初めは抱き枕扱いされることを嫌がり、自室に立てこもって抗議を示したジゼルだが、鍵をかけてもマスターキーを持ち出されては意味を成さないし、家具を動かして扉をふさぐことはさすがに禁じられ、起きて迎え撃とうとしてもそのうち寝てしまい、熟睡しているうちに持ち運ばれてしまうため、一週間ばかりであきらめた。
 心が折れるよりも前に、自分の意識のないうちしか抱き枕にならないことを、経験的に知ったからだろう。

 侍女から「睡眠不足はお肌の天敵です!」と口を酸っぱくして言い含められるジゼルは、公務や接待で夜更かししがちなテッドより就寝時間が早く、一度寝たら滅多に起きない熟睡型で、さらに起床時間も小一時間ほど遅い。
 割り切りがいい彼女は、寝込みを襲わないことを条件に、抱き枕になることを許可してくれた。

 悪友フロリアンからは「据え膳を抱き枕って、精神衛生上大丈夫?」と疑問を呈されたが、悪いがそこまで飢えていないし、安眠確保のほうが大事なのでなんともない。
 それよりも、妊娠中や産褥期など共寝できない時期のほうがつらい。

 これまで何度か、あのむっちりボディを再現する抱き枕の開発を進めてきたが、いずれも本物には遠く及ばない使い心地で、テッドとしては「あってもなくても同じだな」というのが正直な感想だった。
 実際にはそこに愛があるかないかの違いなだけで、再現率だけで言えば本物と遜色はなかったが……そっち方面の情緒が欠落している彼は、永遠に気づくことはない。

 ただ、捨てるのももったいないので余った試作品を仮眠室や宿直室に置いてみたら、「一時間の仮眠のつもりが、朝までぐっすり寝てしまった!」「未だかつてない爽快な目覚め!」と大好評。
 どこぞの貴族が出資している寝具屋が、その噂を耳ざとく聞きつけて「マージンはお支払いしますので、ぜひうちで商品化させてください!」と頼み込んできたので、あれよこれよという間に市場に出回ることになった。

 極上の寝心地を追及したがゆえに、お値段はただの枕の何倍もするが、評判が評判を呼んで爆売れ。今も陰に日向にジゼルを愛で尊ぶ活動している親衛隊メンバーたちも、この抱き枕の愛用者たちだ。
 おかげで、月々のマージンで個人資産が無駄に増えていく。
 他の寝具屋もこぞってそっくりな抱き枕を作り始め、ところによっては個人の体型に合わせたオーダーメイドをやっていたり、人気の役者や歌姫の姿を忠実に象ったものを、ブロマイドとセットで売り出したりと、世間のあちこちで抱き枕ブームが巻き起こっていた。

 その火付け役が国王だとは誰も知らないし、まさか王妃が初期モデルだなんてことも誰も知らないが……まあ、経済が回るついでに不眠症患者が減るなら、事の発端などどうでもいい。
 という逸話もどうでもいいので、さておき。

 ひとしきり妻の間抜けな寝顔を堪能してからベッドから抜け出し、一人で身支度を整えて動きやすいシャツとズボンに着替えると、裏庭へと向かう。
 繁忙期や公式行事がある日以外は、体を動かすのが朝の日課である。
 適度な運動をしないと体力も筋力も落ちるから、というのが大きな理由だが、最近はもう一つ大事な理由が増えた。

「父上、遅いよ!」

 裏庭に通じる門をくぐると、テッドと同じように動きやすい格好をした小さな男の子が、丸々とした頬っぺたを膨らませて仁王立ちで待っていた。
 エリック・イル・エントール。
 七歳になるテッドとジゼルの息子であり、いずれは跡目を継ぐことになるだろう第一王子である。

 サラサラとした黒髪と利発そうな顔立ちはテッドに瓜二つだが、琥珀色の瞳とクルクルと変わる表情はジゼル譲りだ。
 机に向かうよりも体を動かす方が好きな子で、大のお父さんっ子でもあるエリックは、テッドと一緒に朝の鍛錬を楽しみにしている。しかし、ここ最近忙しくて付き合ってやれなかったため、今日こそはと張り切っていつもより早起きして待っていたのだろう。
 本人は全身で怒りを表現しているつもりなのだろうが、全然迫力がなくて、ただただ可愛いだけだし、気を遣ってやれなくて悪かったなとも思うのだが、まず指摘するべきはそこではない。
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