ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

文字の大きさ
上 下
208 / 217
エピローグ

ブサ猫令嬢、出荷される!(下) ※本編完結!

しおりを挟む
 この結婚に関しては、今日までに腹は括ってある。
 愛しているのかと聞かれれば、未だに「嫌いではない」としか答えようがないが、最愛の人ではなく、二番手か三番手くらいに好きな人の方が結婚はうまく行くというし、これまで出会って来た男性の中で一番気の置けない存在であり、都合のいい恋愛フィルターを通さず、良い面も悪い面もよく知っているのは、テッドだけだ。

 とどのつまり妥協込みの消去法で、転生悪役令嬢としてどうなんだろうと唸るような選択方法だが、ライトノベルとは違ってチートも美貌もないブサ猫令嬢だから仕方がない。

(……ま、イケメンと結婚できただけ儲けモンやし、人生なるようにしかならんやろ)

 そう楽観的思考を巡らせているうちに、扉の向こうから新郎新婦の入場を告げる口上と、パイプオルガンの音色が聞こえてきた。
 ややあって重厚な扉が音を立てて開き、七色のステンドグラスと白亜の神像を背景に、緻密な装飾の施された聖壇へと続く真紅のバージンロードが伸びている。

 その両脇には招待した参列者が、文字通り鈴生り状態でずらりと並び、温かな拍手をもって出迎えてくれた。
 参列者の大半は、以前からジゼルに好意的だった上級貴族らが中心だが、勝ち馬に乗るため早々にアーメンガート派から鞍替えした者もいれば、ひとまず静観に徹する中立派もいるし、中にはこの結婚に反対する一派――空位になった王妃の座を娘や姉妹に、と浅ましく考えていた貴族もそれなりにいる。

 しかし、腹の内はどうであれ、いずれも未来のエントールを支える重要な存在であることには変わりない。分け隔てなく招待するのが王族の務めだ……というのは半分建前で、本音は別にある。
 反対派の連中は、テッドが政治的打算でジゼルを娶ったと勘違いしており、隙あらば側室をねじ込もうと画策し、婚約を発表した舌の根の乾かぬうちに釣り書を持ち込んで、「ぜひ我が家の娘を」「妹がそろそろ適齢期で」などとと売り込んでくる。
 もちろん、後継ぎができなければ検討せざるを得ない問題だが、現状は余計なお世話だ。そういう阿呆な連中に、こちらに付け入る隙はないと見せつけねばならない。

(せやからって、こんな大勢の前で“あないなこと”せなアカンなんて……!)

 これからぶちかます一世一代の“大芝居”に、ベールの下で青くなったり赤くなったり目まぐるしく顔色を変えるが、どうにか平常を装い、テッドのエスコートでバージンロードを一歩一歩しずしずと歩く。
 さらし者にされながら聖壇の前までたどり着き、大司教の前で口先だけの宣誓をして、婚姻誓約書にサインをする。

 めでたくないが、この男とついに夫婦になってしまった。
 結婚は人生の墓場、なんて早々に不吉な格言が脳裏をよぎる間に、顔を覆っていたベールが剥がされる。

 式のクライマックス、誓いのキスの時がやってきた。
 人前ではどうしても恥ずかしいし、二人きりの時だといたたまれないので、練習を拒否し続けたためぶっつけ本番である。唇ごとき、そこまでして守る価値はないと分かっていても、前世込みで六十年近く恋愛経験ゼロのジゼルには、キスすらもハードルが高い。

 それなのにここでバカップルの芝居をしろというのだから、どんな無理ゲーなのか。
 かつてガチガチに緊張していたロゼッタと同様に、カチーンと石化して固まるジゼルに顔を寄せながら、テッドは甘い声でささやく。

「そういえば、先ほど言いそびれたが……――花嫁姿のあなたはこの世のものとは思えないほど美しい。まさに女神だな。あなたを妻に迎えることができる俺は、世界で一番の果報者だ」

 緊張しすぎて乙女ゲームみたいな幻聴が聞えるなぁ……と斜め方向に思考がずれるのと同時に唇が重なった。
 想像より柔らかい感触とイケメンドアップに動揺して、とっさに体を離そうとしたが、がっちり肩をホールドされていて動けない。視界の暴力だけでも回避しなければと、閉じ忘れた目をギュッとつむるが、その分感覚が鋭敏になる副作用のせいで、全身から冷や汗がダラダラと流れる。
 不思議と不快感がないのが不幸中の幸いだが、メンタルは毎秒『状態異常・猛毒』のごとくゴリゴリと削られていく。

(この誰得なシーン、はよ終われー!)

 ジゼルの心の叫びも虚しく、予定通りきっかり三分濃厚なキスシーンが上映されることとなった。
 酸欠にならないように息継ぎの間があったり、R指定を入れたくなるようなディープなヤツではなかったが、これが俗に言う『食われるようなキス』なのだなと、ジゼルは身をもって体験した。
 できれば一生したくなかったけど。

 この茶番により「セドリック陛下はとんでもないゲテモノ食いだ」と周知され、側室目当ての釣り書は一切来なくなったとか、親族席にいた二人の父と兄が立ったまま気絶していたとか、パックがゲラゲラ笑いながらスケッチしていたとか、のちのちまで語り草になるエピソードがいくつも爆誕したが、現在疲労困憊のジゼルにとってはどうでもいいことだ。

「ちょ……死にそう。マジ、勘弁……」
「ご苦労様。だが、仕上げはこれからだぞ」
「へ? うおう!?」

 ウエディングドレス込みでかなりの重量物になったジゼルを抱きかかえたテッドは、危なげない足取りで聖堂の出口へと向かう。

「お、落ちる落ちる……!」
「落ちたくなければ、しっかりしがみついていろ」
「落ちるのも嫌やけど、それも嫌やねん!」
「わがままだな。まあ、誰に頼まれてもあなたを落としはしないが」
「恥ずかしい台詞やめい!」

 主従漫才改め夫婦漫才を繰り広げながら退場するバカップルを、参列者たちはフラワーシャワーを浴びせつつ、呆れと微笑ましさがないまぜになった、生温かーい視線で見送る。
 彼らの行き先は、カラフルなリボンや花々で飾られた豪奢な無蓋馬車。
 式のあとは王都市街地を巡るパレードが予定されており、規定ルートをぐるりと一周したあとは王宮に戻って披露宴だ。休憩時間はとっているが、着替えや湯あみに時間を割かれてゆっくり休めそうにはない。

 ――メンタルもすでにやばいが、体力的にも最後まで持つだろうか?
 不安しかないが、やり切るよりほかはない。
 こんな分刻みのスケジュールをこなしたんだから、初夜をすっぽかして爆睡しても罰は当たるまい。むしろ逃げるいい口実じゃないか、とジゼルは内心ほくそ笑むが、

「……爆睡してても叩き起こすから、そのつもりで」
「心読まれてる!?」

 爽やかな笑顔で鬼畜発言を飛ばすテッドに、早くも半泣きになるが、心底嫌ではないどころか「しゃぁないな」と受け入れてしまうあたり、彼にほだされているというか、毒されているのだろう。
 それを世の中では愛だの恋だのと言うのかもしれないが、ジゼルにはピンとこない。
 きっとテッドもそうだろう。そういう意味では、限りなく似たもの夫婦といえる。

「あー、まあ、その……ほどほどで頼むわ」
「俺の思う『ほどほど』でよければ、大いに善処する」
「絶対それウチ的には死亡フラグのパターンやろ!」

 生きて明日を迎えられるのか――やっぱり不安しかないが、死にはしないだろう。

(ま、これまでもどないかなっとったから、これからもどうにかなるやろ! 多分!)

 そう開き直ったおかげか、結果的にはどうにかなった。

 ジゼルの頑張りにより、エントールは二人の王子と一人の王女に恵まれた。
 もちろん、三人ともテッドにそっくりの黒髪と赤い瞳の美形ばかりである。
 自分がお腹を痛めて産んだのに、自分の遺伝子がまったく感じられず、まるで他人の子のようだとモヤッとすることもあるが、外見とは裏腹に性格は父親にまったく似ず、明るく素直な子たちばかりで癒される。

 我が子はマジ天使だ。そこにいるだけで尊い。親馬鹿と言わば言え。
 テッドもこの天使たちをたいそう可愛がっている。完全に猫可愛がりだ。
 妻の扱いは相変わらず微妙にひどいし、政界でも魔王陛下の二つ名をほしいままにしているというのに、この差はなんなのかと首をひねるが、なんてことはない。ただの親馬鹿だ。
 やっぱり似たもの夫婦なのである。

 子宝に恵まれたその前もその後も、転生者としていろいろな改革をやらかし、後世に名を遺す名王妃となる。
 彼女の数奇で面白おかしい人生の軌跡は、夫が従者時代から欠かさずつけていた日記をベースに作られた、全十巻にも渡る長い物語としてエントールの内外で語り継がれることになる。
 
 その名も『ブサ猫令嬢物語』。

*****

 これにて本編完結となります。
 長々とお付き合いくださり、本当にありがとうございました!
 皆様のご想像通りの、あるいは納得のいく結末かどうかは分かりませんが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

 後半戦はいただいた感想にお返事ができず申し訳ありませんでしたが、すべて丁重に読ませていただきました。執筆の励みになりました。ありがたや、ありがたや(拝)。

 今後はしばしお休みをいただいたのち、深く語られなかったサブキャラに焦点を当てたサイドストーリーアップできればなと考えていますが、予定は未定です(威張るな)。
 気になるキャラの過去やその後が知りたいなどのご要望があれば、参考にしたいのでコメント欄でポチッとお願いします。
 
しおりを挟む
感想 191

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。