ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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エピローグ

ブサ猫令嬢、出荷される!(中)

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 生みの親と育ての親、どちらもありがたい存在だし大好きではあるが、誰も彼も突っ込みどころ満載な台詞しか並べないし、向けられる愛も予想斜め上だったり重すぎたりで、素直に喜べない。
「なんだかなぁ……」と思わず遠い目になってしまうが、現実逃避する前に廊下から嵐がやって来た。

「ジゼルー、ジゼル、開けてー! お姫様のドレス見せてー!」
「ああ、アンさん! そんなにドンドンしちゃダメです! ご家族の時間をお邪魔をしちゃいけません!」

 迫りくる殺人鬼のような連続ノックをかましながら、明るくも騒々しい声を響かせるアンに続いて、悲鳴に近いシエラの声が聞こえる。ちょっとしたホラーだ。
 ジゼルが留守中に、アンはマシューと、シエラはトーマと結婚している。以前からジゼルを介した友人関係だったが、今は義理の姉妹だ。

 きっと退屈して会場を抜け出したアンを、シエラが追って来たのだろう。途中まではトーマかマシューが一緒だったが、花嫁の控室に向かっているのを察知して、追跡を断念したのかもしれない。
 このままシエラに説得されればいいが、あの暴走特急がこのまま黙って帰るとも思えない。ちょっとだけ相手をしてやれば納得するかと、ドアを開けてもらおうとしたが、ややあって他の友人たちが駆けつけた。

「はぁはぁ……もう! 抜け駆けはいけませんわよ、アン!」
「ジゼル様の花嫁姿は会場にてみんなで一緒に見ると、約束したではありませんか」
「アンは約束を守らない悪い子だと、マシュー様に言いつけますわよ」

 リインとミラとジェーンだ。
 特にアンを可愛がっていた子たちだから、放っておけなかったのだろう。

「ぶう……でもアン、ちっちゃいからよく見えない……」
「マシュー様に抱っこしてもらえば、きっとよく見えますよ」
「うん、高い高いーってしてもらう!」

 熊のような立派な体格のマシューのことだ、成人女性でも子供のように軽々と持ち上げられるだろう。肩車だってしちゃうかもしれない。
 夫婦というより親子のような、微笑ましい光景が目に浮かぶが、動物園のパンダのように見物される身としては、あまり微笑ましくない気持ちになる。

「……お、お姫様抱っこではないのね……」
「アンらしいといえばらしいですが……」

 友人たちも呆れたように笑っている。さもありなんだ。

「ジゼル様、お騒がせしまして申し訳ありませんでした」
「後ほど披露宴でお会いできるのを、楽しみにしておりますわ」
「ジゼル、またねー!」

 パタパタと可愛らしい足音を立てて、嵐が去っていく。
 廊下から気配が消えてやれやれと一息つくが、落ち着く暇もなく式の時間となった。

 まだ一緒にいたいと渋る家族を追い出して会場へ向かわせ、不備がないか最終確認をしたあと、白い生花をあしらったベールとティアラをセットし、長いトレーンを持ってくれる小さな付添人たちと共に控室を出る。
 そこからいくらか歩いて角を曲がると、礼拝堂へと通じる巨大で重厚な観音開きの扉が現れ――その前に、白地に金糸で縁取りされた婚礼衣装に身を包んみ、いつもは下ろしている前髪を後ろに撫でつけたテッドが佇んでいた。

 経験上『テッドと言えば黒』のイメージが強いし、逆に『白と言えばミリアルド』という思い込みもあって、白の衣装を選んだことに初めは違和感があったが、悔しいことにイケメンは何を着ても似合うし、白を着ていても内面の腹黒さが透けて見えているあたり、なんの違和感もない。
 ないはずなのだが……なんだか昨日までとは印象が違う気がする。

 ベール越しの視界のせいか、あるいは見慣れないオールバックのせいかとも思ったが、どちらでもない感じだ。土壇場で緊張するような軟弱男ではないはずだし、ジゼルが相手では幸せで舞い上がることもあるまい。
 近づきながら観察すること数秒。その違和感にやっと気づいた。

「ジゼ――」
「か、かか髪! 短くなっとるやん!?」

 テッドが何か言おうとして口を開いたが華麗にスルーし、指さして突っ込んだ。
 これまでずっと背の中ほどまで伸ばし、組み紐で束ねられていた後ろ髪がバッサリとなくなり、襟足も短く整えていて首回りがすっきりとしている。
 正面から見ると分かりにくいが、やや斜め方向から見るとその差は歴然だ。

「……ご婦人じゃあるまいし、男が髪を切ったくらいで大げさに騒ぐことか? それとも、短髪の俺は好みではないとでも?」
「別に長かろうが短かろうがツルッパゲやろうが、テッドはテッドやしどうでもええわ」

 さっぱりした首筋を触りながら、意地の悪い笑みで返してくるテッドを、これまた華麗にいなすジゼル。どうせ髪なんて歳をとればいずれなくなるものだし、ハゲたらカツラを被ればいいだけだ。

「ほう。ハゲでもいいとは、懐が広いな。俺の妻は」
「まだ妻とちゃうわ。フライングやめい」

 神前で誓いを立てたわけでもなく、婚姻誓約書にサインしたわけでもないので、妻呼ばわりされたくない。
 まあ、今更この結婚を無効にできるわけでもないし、これから十分かそこいらで手続きされてしまうので、無駄なあがきではあるが。

「ちゅーか、昨日まであったモンがなくなっとったら、普通びっくりするやろって話や」
「俺は昨日まであった猫耳がなくなったあなたを見ても、何も驚かないが」
「そら、アンタはずっと従者やってたんやから、あのお団子してへんウチも知っとるからやろ。んで、いつの間に切ったん?」
「今朝風呂に入っている時にふと思い立って、ハサミを持ってこさせてその場でバッサリと。仕上げは散髪が得意な者に任せたが」
「思い切りよすぎひん!?」

 二本指でハサミを動かす仕草をしながらあっけらかんと述べるテッドに、ジゼルは浴室に長い髪がそこかしこに散らばる光景を想像してしまった。
 事前に知らされていても恐怖しか感じない。掃除係は悲鳴を上げて卒倒していないだろうか。

「お掃除の人、可哀想やな……」
「心配するな、あらかた自分で片付けた。我ながら不気味な光景だったからな」

 国王陛下が自分で自分の髪の始末をしているのも滑稽な絵面だが、衛生面が気になるのは元従者としての習い性なのだろう。いいんだか悪いんだか。

「まあ、ほんならええけど……でも、ホンマにただの思い付きなん?」
「散髪が面倒だから伸ばしっぱなしにしていただけで、願掛けをしていたわけでも、特に思い入れがあるものでもないしな。それに、髪が長いといろいろと邪魔だろう? 一緒に寝ている時に踏まれたら痛いし、ほら、致す時も――」
「ああああ! はいはい、分かりました! それ以上は聞かへんわ!」

 表現はぼかしてはいるが夫婦のアレコレのことで、まだ無垢な小さな付添人たちに聞かせていい内容ではない。
 ベールがずれそうになるくらいコクコクと勢いよくうなずき、続きを遮ると、テッドはニコリと笑って自分の腕を差し出した。

「分かればよろしい。では、そろそろ時間だな。お手をどうぞ、奥さん」
「まだ奥さんちゃうっちゅーねん……」

 しぶとく口先では抵抗しつつも、素直に彼の腕に手を回す。
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