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第七部 革命編

ヒロインVS悪役令嬢 最終ラウンド(上)

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 カーライルが面会に来てから幾日か流れた。
 メイドが世話に来た回数からして一週間は経っていないと思うが、最愛の人から拒絶さて呆然自失のまま過ごしていたアーメンガートの記憶は曖昧で、正確なことは分からない。

(あの人の心が手に入らないなら、こんな世界に未練はないわ……)

 アーメンガートの人生における最大のモチベーション、いや存在理由そのものが、長年恋焦がれたカーライルと結ばれることだった。
 なのに、最大限に愛情を伝えたのに冷たく拒絶され、彼との未来がほぼ潰えた今、生きている意味すら見いだせず死んでしまいたいとすら思っているが、手足が動かせないと自殺もままならないし、食事を拒んでも強制的に給餌されるので、ダラダラと生きながらえている状態だ。

 だが、毎日毎日死にたい死にたいと思ってはいても、処刑されるのは嫌だ、プライドが許さないというジレンマもある。結局自分は死にたいのか死にたくないのか、分からなくなって余計に鬱々とした気分になる。
 彼女がそうした葛藤に苛まれている間も戦争が始まった様子もなく、捕らわれのお姫様を助けてくれる勇者様も来ない。

 遠くからトレーニングの掛け声と模擬戦らしい剣戟の音が響いてくる他、たまにこの天幕付近を通過する兵たちの談笑も聞こえ、陣内は騒がしくも落ち着いた空気に包まれていた。
 だが、今日は朝から人や物が慌ただしく行きかっている音がする。
 何事だろうと訝しみつつも、どうせ自分には関係のないことだろうと不貞寝を決め込んでいたが……いつもとは違う時間に、いつもより大勢のメイドが押しかけてきて、簀巻きを解くと天幕の外へと連れ出した。

「え? な、何? どこ行くの……?」
「いいから黙ってついてきてください」

 表面的な言葉遣いは丁寧だが、厳しく冷たい物言いでアーメンガートの問いを封殺したメイドたちは、黙々と歩いて別の天幕に案内する。
 ずっと閉じ込められていたところよりきれいだが、物がないのに手狭に感じる小さな天幕で、そこへ着くなりすっかりダメになった勝負服を脱がされる。それから髪を含めた全身温かい濡れタオルで清拭され、頭皮も蒸しタオルで包んで清潔にしてもらい、石鹸のいい香りがする分厚いコットンのワンピースと、毛糸のロングカーディガンを着せてもらう。

 これまでも世話の一環で簡単に清拭されていたが、真冬に冷水を使うという暴挙だったし、着替えも下着しか用意してもらえなかったのに、急にこんな好待遇に転じるなんておかしい。
 カーライルが考えを改めてアーメンガートを受け入れる気になったのか、と都合のいい解釈をしそうになったが、それならこんな平民のような地味な格好はさせないだろうし、逃避行するなら目立たない格好がいいと着替えさせたにしろ、こんな昼間から実行するはずもない。

 となると、セドリックが派遣した迎えが到着し、いよいよ引き渡されるのだろうか。
 罪人とはいえボロボロのまま差し出したら心証が悪くなるから、こうして身ぎれいにされたのだと言われれば説明はつく。
 いよいよ年貢の納め時か――すっかり諦めの境地でメイドのするがままに身を任せていると、さらに場所を移動するよう求められた。

 フォーレン軍の兵たちの視線にさらされながら歩くこと数分。
 フォーレン王家とエントール王家、それぞれの紋章が描かれた垂れ幕が下がっている、周囲と比べて明らかに大きく質のよさそうな天幕……の隣にある、こぢんまりとした、使用人の控えの間のようなところに通された。
 隅々まで丁寧に清掃されてはいるが、シンプルな組み立て式のテーブルと、椅子と火鉢がいくつか並んでいるだけの殺風景な空間の中、異色を放つ存在がデンッと鎮座していた。

「ジ、ジゼル……!」
「久しぶりやね。ご機嫌麗しゅう、アーメンガート嬢」

 そこには不俱戴天の天敵、ジゼル・ハイマンがいた。
 紫色のドレスの上から、襟元と裾にヒョウの毛皮をあしらった、ドレスより少し濃い色のケープを羽織った彼女は、腰かけていた椅子からひょいと立ち上がると、丁寧なカーテシーで挨拶をした。

 せっかくド田舎の修道院に送り込んでやったのに、やつれる様子もなくブクブクと太った体のままだし、憎たらしいほどにふてぶてしい態度も健在。
 おまけに王妃にしか許されない紫色の衣装をまとっており、零落した自分への当てつけかと激怒し、冷たいどん底に落ち込んでいた気分が急沸騰した。

「ちょっとあんた、何様のつもりよ! よくもまああれだけのことをしておいて、わたくしの前に出てこられるわね! あんたのせいで、わたくしの計画がめちゃくちゃじゃない! あんたさえいなければ全部うまくいったのに、どう責任とってくれるのよ!?」
「いやいや。そんなん言われても知らんがな」

 誰もいないのをいいことに、アーメンガートはケープの胸倉を掴んで喚き散らすが、メイドたちが止めに入る前に、ジゼルはそれをやんわりと振り払って距離を取る。
 すかさずメイドたちが間に割って入り、アーメンガートを囲むように立ちはだかる。

「どきなさい! 下々がわたくしの邪魔しないで!」
「そちらこそお控えなさい!」
「こちらはアウルベルの王女殿下であり、いずれエントールの王妃殿下となられる方ですよ! この場で打ち首になりたいのですか?」
「馬鹿にしないで、それくらい知ってるわよ! どうせ私は死刑を免れないんだし、何を言おうがやろうが変わらないでしょ!」

「そっちの言い分次第では、減刑もありえるって言うてもか?」
「……は?」
「はっきり言うて、どんな理由があっても、アンタのやったことは許されることやない。けど、その根っこには“ウチらにしか分からへん事情”があるんやろ? これから人払いするから聞かせてみ。内容によっては、ウチからうまく言うて情状酌量を求めたる。どうや、悪くない話やろ?」

 ジゼルは何かしら前世の記憶や因果が影響して、アーメンガートが狂気に走ったと考えている。
 事実そうだが、こいつに秘めていた想いや情熱を吐露するなんて絶対に嫌だし、本懐が遂げられなかった時点で命乞いをする理由はなくなった。

「ふん。王女サマだからって偉そうな口を叩かないで。わたくしは、あんたに話すことなんて何もないわ」
「アンタにはなくても、ウチにはあんねん」

 プイッと子供のように顔をそむけるが、ジゼルは歩み寄って間を詰めながら、説得するように語りかける。

「もしもウチがアンタの本音や行動理念を、理解でけへんまでも知っとったら、こんな大事ことにはならへんかったかもしれんし、アンタの望みを叶えるために協力できたかもしれん。せやから――」
「悪役令嬢の分際で、いい子ちゃんぶらないでよ。気色悪いわね。あんたのお情けにすがるくらいなら、ここで首を切られた方がマシだわ」

 ピシャリと拒絶を突き付けると、ジゼルは表情をこわばらせながら視線を下に落とす。
 怒っているようにも傷ついているようにも見えるが、どちらにせよ聖人君子のような顔をして自己満足に浸るゲス女を凹ませることができて、少しだけ胸がすっとした。

「……ずっと気になっとったんやけど、そこまでウチを嫌う理由ってなんなん? ウチ、アンタになんもしてへんと思うけど?」
「はあ!? いつだってあんたは、私の神経を逆なですることしかやってないじゃない!」

 おとなしくなったのも束の間。しばしも沈黙のあと、顔を上げて怪訝そうに眉根を寄せるジゼルに、アーメンガートは脳内の片隅でブチンと何かが切れる音を聞いた。
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