199 / 217
第七部 革命編
ヒロイン、捕虜になる(下)
しおりを挟む セバスチャンを見上げたまま海斗が固まっている。口がぽかんと開いたままだ。
優希はこんな海斗の姿を見るのが珍しくて、思わずじっと見つめてしまっていた。
「海斗?」
なんとなく声を掛けてみる。
「は? あ……」
呆然とした顔のまま優希を見下ろす。余程驚いたのだろう。
あれだけ見たかった海斗の驚いた顔を見られて、優希はすっかりご満悦になっていた。思わずふふっと笑ってしまう。しかし海斗の表情は変わらない。
「一体、ここは……」
そしてずっと抱き締めたまま固まっていた海斗は優希を離すと、まだ信じられないといった表情のまま周りを見回す。
「ワンダーランドっていうんだって。前に鏡の世界に行ったでしょ。それに関係してるみたい。海斗何も聞いてないの?」
今度は優希がワンダーランドについて説明する。連れてこられた際に聞いているとばかり思っていた。海斗は城に囚われている間、どうしていたのだろうと首を傾げる。
「あ、あぁ……名前だけは、さっき聞いたが……そうか……だから俺は捕まったのか」
平静を取り戻した海斗は、優希の話で漸く自分の置かれた立場を理解したのだった。恐らく、前にあの店で会った青年が言っていた、『規律に背く行為』そして『あの鏡を壊した罪』そのどちらか、もしくは両方の罪で自分はこの世界に連れてこられたのだろう。
(ん? 魂?)
ふと、先程セバスチャンが話していた言葉が引っかかった。
「あ、あのっ。さっき『連れてこられた魂』って……」
海斗は再び木の上のセバスチャンを見上げると、緊張しながらも疑問を投げかけた。
「あぁ。お前は生身の人間ではない。魂が人の形を作ったものだ」
「えっ!」
セバスチャンの話に横で優希が声を上げた。
確かに海斗の体は海斗の部屋にある。橘が言っていたように『魂』だけが抜けてしまった状態の体が。
海斗に会えたことで嬉しくて忘れていたが、今目の前にいる海斗は本物の海斗ではない。いや、本物でもあるのだが、本来実態がないはずなのだ。
「どういうこと?」
今度は優希がセバスチャンに尋ねる。
「うむ。俺も実際に見るのは初めてだ。しかし、ホワイトキャットと違うことは分かる。なんと言うべきか、まるで置物や張りぼてのような物と言えば分かるか?」
「本物の体じゃないから?」
セバスチャンの説明に優希はじっと見上げながら更に問い返す。
「そうだな。見た目はホワイトキャットと変わらず人間だが、実際は違う。何かあればその体は消えてなくなるだろう」
「そんなっ!」
思わず声を上げる。海斗の本当の体は優希達の世界にあるとはいえ、消えてなくなるなんて絶対に嫌だ。今目の前にいる海斗は魂が作ったもの。つまり消えてなくなるということは海斗の死を意味する。
「…………ちゃんと痛みも感触もあって、食べ物も食べられて、食べたら出るものも出て。それなのに実物ではない――か。そんなことができるのか」
黙ってセバスチャンの話を聞いていたが、海斗は自分の手をじっと見つめながら話す。
「海斗……」
不安そうに優希が海斗を見上げる。
「大丈夫だ、心配するな。何もなければ消えないさ。多少、普通の人間より脆いってだけだろう」
心配そうに見上げる優希の頭に自分の手を乗せると、海斗は優しく笑いながら優希に言い聞かす。と、そこへ、
「日も暮れてきたし、そろそろご飯にしよっ」
いつの間に来ていたのか、突然アリスがそう切り出した。
「えっ? もうそんな時間っ?」
優希が驚いて声を上げる。確かに薄っすら暗くなってきている気がする。元々ワンダーランドは曇り空の為、明るさがいまいち分かりづらい。
「っ!?」
アリスの声で振り返った海斗がその姿を見て固まっていた。
「海斗? どうかした?」
優希は隣の海斗の様子に気が付き不思議そうに声を掛ける。
「……あ、いや。人違いか」
――エリスかと思った。
海斗は目の前にいるアリスをエリスと勘違いしたのだ。しかし、よく見ると頭に猫耳が付いているし、顔も少し違うような気がした。
「……もしかして、エリスだと思った?」
笑顔が一転、厳しい顔でアリスが問い返した。睨み付けるようにして海斗を見ている。
「エリスを知っているのか?……っ! もしかして、エリスの兄弟か?」
まさかエリスの名前を聞くとは、と思わず聞き返す。そして気が付く。そういえば、エリスには双子の兄がいると言っていたことを思い出したのだ。
「……そうだね。あんな奴、もう兄弟だなんて思ってないけど」
アリスはそう答えながらぷいっと横を向く。不機嫌そうに口を尖らせている。
「あんな奴? なんだその言い方は。あいつはそんな奴じゃないだろう」
今度は海斗がアリスの言葉に反論する。自分を助けてくれたエリスを『あんな奴』と言われて腹が立ったのだ。
「は? アンタには分からないよっ。あいつは裏切り者なんだからっ」
ムッとした顔で再びこちらを見ると、アリスが怒鳴り返す。
「なんだと? 俺はあいつに救われた。ここにいられるのもエリスが助けてくれたおかげだ。裏切り者な訳がないだろうっ」
「うるさいっ! 何も知らないくせにっ!」
「やめないかっ!」
言い合うふたりを遮るように、セバスチャンの厳しい声が響き渡った。
その声でしんと静かになった。優希も横でおろおろとしながら見ていたのだが、セバスチャンの声でびくりと体が固まった。
「ふむ……アリス、何度も言うが、お前の兄弟は裏切り者なんかじゃない。お前が一番分かっていることだろう?」
セバスチャンは今度は静かに、そして宥めるようにアリスに問い掛ける。
「…………これ、置いてくから勝手に食べれば」
アリスはそれだけ言うと『どこでもご飯』の箱を置いて立ち去ってしまった。
「アリスっ!」
ずっと静かにしていたジェイクがアリスの後を追っていった。
海斗と優希はそんなアリスを見た後、困ったような顔で見合わせていた。
優希はこんな海斗の姿を見るのが珍しくて、思わずじっと見つめてしまっていた。
「海斗?」
なんとなく声を掛けてみる。
「は? あ……」
呆然とした顔のまま優希を見下ろす。余程驚いたのだろう。
あれだけ見たかった海斗の驚いた顔を見られて、優希はすっかりご満悦になっていた。思わずふふっと笑ってしまう。しかし海斗の表情は変わらない。
「一体、ここは……」
そしてずっと抱き締めたまま固まっていた海斗は優希を離すと、まだ信じられないといった表情のまま周りを見回す。
「ワンダーランドっていうんだって。前に鏡の世界に行ったでしょ。それに関係してるみたい。海斗何も聞いてないの?」
今度は優希がワンダーランドについて説明する。連れてこられた際に聞いているとばかり思っていた。海斗は城に囚われている間、どうしていたのだろうと首を傾げる。
「あ、あぁ……名前だけは、さっき聞いたが……そうか……だから俺は捕まったのか」
平静を取り戻した海斗は、優希の話で漸く自分の置かれた立場を理解したのだった。恐らく、前にあの店で会った青年が言っていた、『規律に背く行為』そして『あの鏡を壊した罪』そのどちらか、もしくは両方の罪で自分はこの世界に連れてこられたのだろう。
(ん? 魂?)
ふと、先程セバスチャンが話していた言葉が引っかかった。
「あ、あのっ。さっき『連れてこられた魂』って……」
海斗は再び木の上のセバスチャンを見上げると、緊張しながらも疑問を投げかけた。
「あぁ。お前は生身の人間ではない。魂が人の形を作ったものだ」
「えっ!」
セバスチャンの話に横で優希が声を上げた。
確かに海斗の体は海斗の部屋にある。橘が言っていたように『魂』だけが抜けてしまった状態の体が。
海斗に会えたことで嬉しくて忘れていたが、今目の前にいる海斗は本物の海斗ではない。いや、本物でもあるのだが、本来実態がないはずなのだ。
「どういうこと?」
今度は優希がセバスチャンに尋ねる。
「うむ。俺も実際に見るのは初めてだ。しかし、ホワイトキャットと違うことは分かる。なんと言うべきか、まるで置物や張りぼてのような物と言えば分かるか?」
「本物の体じゃないから?」
セバスチャンの説明に優希はじっと見上げながら更に問い返す。
「そうだな。見た目はホワイトキャットと変わらず人間だが、実際は違う。何かあればその体は消えてなくなるだろう」
「そんなっ!」
思わず声を上げる。海斗の本当の体は優希達の世界にあるとはいえ、消えてなくなるなんて絶対に嫌だ。今目の前にいる海斗は魂が作ったもの。つまり消えてなくなるということは海斗の死を意味する。
「…………ちゃんと痛みも感触もあって、食べ物も食べられて、食べたら出るものも出て。それなのに実物ではない――か。そんなことができるのか」
黙ってセバスチャンの話を聞いていたが、海斗は自分の手をじっと見つめながら話す。
「海斗……」
不安そうに優希が海斗を見上げる。
「大丈夫だ、心配するな。何もなければ消えないさ。多少、普通の人間より脆いってだけだろう」
心配そうに見上げる優希の頭に自分の手を乗せると、海斗は優しく笑いながら優希に言い聞かす。と、そこへ、
「日も暮れてきたし、そろそろご飯にしよっ」
いつの間に来ていたのか、突然アリスがそう切り出した。
「えっ? もうそんな時間っ?」
優希が驚いて声を上げる。確かに薄っすら暗くなってきている気がする。元々ワンダーランドは曇り空の為、明るさがいまいち分かりづらい。
「っ!?」
アリスの声で振り返った海斗がその姿を見て固まっていた。
「海斗? どうかした?」
優希は隣の海斗の様子に気が付き不思議そうに声を掛ける。
「……あ、いや。人違いか」
――エリスかと思った。
海斗は目の前にいるアリスをエリスと勘違いしたのだ。しかし、よく見ると頭に猫耳が付いているし、顔も少し違うような気がした。
「……もしかして、エリスだと思った?」
笑顔が一転、厳しい顔でアリスが問い返した。睨み付けるようにして海斗を見ている。
「エリスを知っているのか?……っ! もしかして、エリスの兄弟か?」
まさかエリスの名前を聞くとは、と思わず聞き返す。そして気が付く。そういえば、エリスには双子の兄がいると言っていたことを思い出したのだ。
「……そうだね。あんな奴、もう兄弟だなんて思ってないけど」
アリスはそう答えながらぷいっと横を向く。不機嫌そうに口を尖らせている。
「あんな奴? なんだその言い方は。あいつはそんな奴じゃないだろう」
今度は海斗がアリスの言葉に反論する。自分を助けてくれたエリスを『あんな奴』と言われて腹が立ったのだ。
「は? アンタには分からないよっ。あいつは裏切り者なんだからっ」
ムッとした顔で再びこちらを見ると、アリスが怒鳴り返す。
「なんだと? 俺はあいつに救われた。ここにいられるのもエリスが助けてくれたおかげだ。裏切り者な訳がないだろうっ」
「うるさいっ! 何も知らないくせにっ!」
「やめないかっ!」
言い合うふたりを遮るように、セバスチャンの厳しい声が響き渡った。
その声でしんと静かになった。優希も横でおろおろとしながら見ていたのだが、セバスチャンの声でびくりと体が固まった。
「ふむ……アリス、何度も言うが、お前の兄弟は裏切り者なんかじゃない。お前が一番分かっていることだろう?」
セバスチャンは今度は静かに、そして宥めるようにアリスに問い掛ける。
「…………これ、置いてくから勝手に食べれば」
アリスはそれだけ言うと『どこでもご飯』の箱を置いて立ち去ってしまった。
「アリスっ!」
ずっと静かにしていたジェイクがアリスの後を追っていった。
海斗と優希はそんなアリスを見た後、困ったような顔で見合わせていた。
1
お気に入りに追加
2,281
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。