ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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第七部 革命編

見習いシスター、拉致される!?(下)

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 ナイスタイミング! と内心歓喜を覚えたのも束の間。
 喧嘩慣れした職人たちが男たちとジジを放そうと、丸太のように太い腕を素早く突き出すが、それを軽々と受け流してしまった。
 避けられて驚く職人たちを尻目に、男たちは羽織っていた分厚いマントの留め金をいくつか外し、襟元をはだけさせて胸元に輝く金色のバッジを見せつけてくる。

「我々は怪しい者ではありません。こちらのお二人はアウルベル国王アンソニー様より遣わされた使者であり、私はエントール王国の騎士でございます。この通り、皆それぞれに徽章を携えてございますので、好きなだけお改めください!」

 エントールの住民たちだけではなく田舎育ちのジジも、騎士なんて高尚な存在は物語でしか見たことがないのに、どんな徽章を身に着けているのか知るよしもないし、本物かどうかの判別だってつかない。

 ジジの脳裏には、真っ赤な嘘を堂々と真実だ言い切るのが詐欺の手口だと、前世の知識から警鐘が聞こえてくるが、平和で牧歌的な世界で生きてきたラングドンの住民は、コロリと信じてしまった。
 実際に身分詐称していないので、彼らの判断は間違ってはいないが、男たちの思惑まで読み切れなかったのは痛恨のミスだった。

「まあ、騎士様なの!?」
「よく見たら育ちのよさそうな、いい男じゃないか!」
「じゃあ、ジジちゃんは本当に、ナントカって国のお姫様なのか!?」
「だから違っ……!」

「ええ、左様です。我々はアウルベル国王の密命を受け、姫様を探すため大陸中の国々を回っておりました」
「そして長き旅路の果て……ついに! この地で! 我々は姫様と巡り合ったのです!」
「これを奇跡と呼ばずして、なんと表現すればいいのか!」
「いい加減黙れっつってんだよ! この詐欺師! ペテン師! 三文役者! テメェの×××をみじん切りにすんぞ!?」

「きゃー! 素敵! おとぎ話みたい!」
「ジジちゃんすっげー美人だし超気品あるし、実はどっかのお姫様なんじゃないかって思ってたんだよ!」
「こっちの話聞けよぉぉぉ!?」

 勝手にヒロインのように祭り上げられ、きゃあきゃあ盛り上がる住人たちと、それを巧みに煽る自称騎士たちに挟まれたジジは口汚く罵り、必死に声を張り上げるが誰も聞く耳を持たない。
 それどころか、騎士たちが「言葉遣いが珍妙なのも噂通りです!」「やはり本物の姫様だ!」と狂喜乱舞し、ジジの左右を固めてダブルで恭しく手を取り、人混みをかき分けてエスコートしようとしだすではないか。

「さあ、姫様! 陛下が今か今かとお待ちでございます!」
「あちらに馬車をご用意しております! さあさあ、ずずいとお乗りください!」
「姫様にふさわしい装いは当方でそろえさせておりますので、身ひとつでおこしいただいて大丈夫ですから!」
「うああああ! 待って待って、これって完璧拉致事件じゃない! 誰か助けて!」

 本気で涙目になりながら振り返るが、住人たちはツヤツヤとしたすこぶるいい笑顔で見送るばかり。

「よかったわね、ジジちゃん! じゃなかった、ジゼル姫様!」
「王子様とお幸せに!」
「修道院には俺たちから言っとくから、心配しなくて大丈夫ですよ!」
「だーかーらぁぁぁ! 私じゃなくてジゼルが本物の姫様だって言ってるだろぉぉぉがぁぁぁ! テメェら全員あとから吠え面かくことになるからなぁぁ! 首を洗って待っていやがれぇぇぇ!」

 我ながら三下悪役みたいな捨て台詞を喚き散らしながら、こぢんまりとした二頭立ての馬車に押し込められた。
 アウルベルの騎士二人がジジの前の席に陣取り、エントールの騎士が御者台に乗ると、鞭の音と馬のいななきが聞こえて軽快に走り出した。

 外観は平民が使うような小さな古ぼけた箱馬車だったが、内装は金箔を使った凝った柄の壁紙が張られ、クッションの効いた皮張りの座席がしつらえられてある。狭いことを除けば、貴族が使うような豪勢な仕様だ。
 しかし、拉致同然に連れ込まれたジジは、それを呑気に鑑賞する気にはなれない。

「……あなたたち、私をジゼルの代わりに差し出そうとしてるんでしょ。馬鹿な真似はやめて、すぐに引き返すべきよ。今ならまだ人違いで済むわ」

 ひとつふたつ深呼吸して気持ちを落ち着かせたのち、彼らの思惑を探るついでに説得を試みる。

「へぇ。お嬢さん、本物のジゼル・ハイマンと知り合いか?」

 さっきまでの慇懃で芝居がかったセリフ回しはどこへやら、これが本性なのか砕けた口調で問い返してくる。

「同じ修道院で暮らしてる友達よ。ついでに名乗っておくと、私の本名はジゼル・シーラ。シーラ侯爵の娘よ。庶子だけどちゃんと認知されてるから、あなたたちは貴族令嬢の誘拐犯ってことになるけど、いいの?」
「いいも悪いも、庶子だろうが嫡子だろうが娘が異国の王女で、しかもこの国の王妃になるんだ。喜ばない親はいないぞ。お嬢さんもド田舎で若さと美貌を腐らせるより、王の寵愛を受けて国の頂点に立つ女になる方が嬉しいだろう?」

 貴族は皆狡猾で打算的だとひとくくりにされてむかっ腹が立つが、それ以上に気になることが聞こえた。

「王妃? 今の国王はミリアルド、様でしょう?」
「王都でセドリック様がクーデターを起こし、戦争を扇動した愚王としてミリアルドを引きずり下ろし、自らが即位された。今の国王はセドリック様だ。戦争も本格的な開戦を前に終結させるらしい」

 ジゼルを断罪した馬鹿王がざまぁされたことも、無意味な戦争が起こらないことも喜ばしいことだ。
 でも、王妃になるべきはジゼルであって、ジジではない。

「……待って。セドリック様が求婚したのってジゼルでしょう? 仮面舞踏会で三度も連続で踊られたってことは、恋人か婚約者だって喧伝してるようなものだわ。それに、サプライズで千本のバラを贈られたなんて素敵な逸話も聞いたし、本気で愛していらっしゃるのだと思うけど?」

「夢見がちなお嬢さんだな。この程度はパフォーマンス、クーデターを起こすための布石だよ。ジゼル・ハイマンを自分の虜にして、公爵家の後ろ盾や財産を都合よく利用し、うまく立ち回るつもりだったんだ。クーデターが成功した今、もはやあの女は用済み。身も心も楽しませてくれる、美しい伴侶を求めているに違いない」

 セドリックについて語る時のジゼルは、どの角度から見ても恋愛の“れ”の字も感じない。嫌ってはいないようだが、ありがた迷惑という雰囲気だと思う。
 全然虜にできていないし、バラはジャムになっているし、踏んだり蹴ったりだ。

 というか、そんな打算まみれのハニートラップを仕掛けるなら、もっと脳内お花畑の恋愛体質の令嬢を選ぶはず。
 それなのにわざわざ、恋愛スイッチ行方不明の鈍感女を選んだということは、セドリックはジゼルにぞっこんなんだろうなとジジは想像する。

 そんな奇特な変態男が今更、外見がいいというだけで心変わりするだろうか?
 というか、明らかな偽者を持ってこられて激怒しないだろうか?

 恋愛フラグより死亡フラグがちらつく雲行きだが、ジジに現状を打開する術はない。
 できることといえば、聖職者らしく神に祈るくらいだ。

(神様、このクズ男どもは全身みじん切りにして鯉の餌にしてくれていいですけど、無関係な私は五体満足で修道院に戻してください。お願いします)

 この超自己中なお願いが叶うかどうかは、文字通り神のみぞ知る。
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