ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

文字の大きさ
上 下
188 / 217
第七部 革命編

腹黒王子だってキレてるんです

しおりを挟む
「……とにかく、妊娠の可能性がわずかにでもある以上、アーメンガートの扱いは丁重にすべきか。ハワード、今すぐ伝令を飛ばせ」
「すでに部下に走らせました」
「さすがだな。では、ひとまずミリアルドから片付けるか」

 ハワードに目配せして屈強な部下たちを会議室に招き入れ、まだ喚いている義弟を後ろ手に拘束させて両膝を突かせる。

「痛っ……なにを――」

 罪人のような扱いを受け、ミリアルドが抗議の声を上げるが、いつの間にかすぐ目の前にまで来ていたテッドから睥睨されて声を失った。
 高潔でありながら慈悲など感じさせない冷徹なまなざしは、死人の罪をひとつ残らず見通し裁きを下す冥府の王そのものだ。
 賢しく腹黒い言動から、常日頃より魔人だ魔王だと揶揄される彼ではあるが、その表現が生温いと思えるほど絶対零度の気配をまとっている。

「す、凄まじい覇気ですね……」
「あそこまで怒り心頭なのは、俺も初めて見るわ。ジゼルを傷つけられたのが、よっぽど腹に据えかねてたんだろうねぇ」

 そっと距離を取りながら、パックとハワードがささやき合う。
 テッドはいつだって感情を表に出すことはないし、それに判断を左右されることはない。
 嫌味なほど冷静沈着で傲岸不遜で唯我独尊で、利用できるものはなんでも利用する腹黒野郎で、論理や損得で動く冷血人間。それが彼を知る者すべてが抱く素直な感想だ。

 だが、感情そのものがないわけではないし、コントロールがずば抜けて優れているだけだろう、と兄は思う。
 愛だの恋だの浮ついた感情はないにしろ、ジゼルに対し特別な絆を感じているのは確かだし、伴侶にしたいという執着心も本物だ。

 それを土足で踏みにじるような真似をミリアルドはした。
 いかにテッドとはいえキレて当然だし、そのとばっちりを受けるミリアルドも自業自得である。
 
「ミリアルド・イル・エントール。お前は知らなかったこととはいえ、公の場でアウルベルの王女を卑しい者だと罵って断罪し、偽りの大義名分を掲げて侵略行為を正当化し、無辜の民に重税を強い、祖国を滅びの危機にさらした。己の意思に関係なく利用されていた側面があるとはいえ、元より婚約者の色香に誑かされ、言いなりになっていた事実はゆるぎなく、そのせいで付け入る隙を与え、悪しき道へ扇動されていることにも気づかなかった。そのような男が王としてふさわしいかどうか、言うまでもないな」
「あ……う……」

 何か言い訳を述べようと口を開くが、圧倒的な格の違いを見せつけられて、言葉にならない呻きしか上がらない。
 勝敗の如何は誰の目から見ても明らかだ。

 大臣たちから異論の声は上がることなく、騎士たちは縮み上がったままのミリアルドを引っ立て、かつてジゼルも捕えられていた貴人牢へと連れていく。
 テッドはその後ろ姿を一瞥したのち、断罪モードの冷たい気配も表情も引っ込め、先ほどまでミリアルドが使っていた上座の傍へ向かい、ゆっくりと大臣たちを見渡した。

 自分たちもミリアルドと同じように切り捨てられるのかと、一瞬彼らの肩がビクリと揺れるが、テッドの口から洩れたのはまったく違う言葉だった。

「――大事な朝議を私事で乱してすまないが、ちょうどいい機会でもあるから、この場を借りて貴殿らに問いたい。このセドリック・イル・エントールが、ミリアルドに代わって玉座を継ぐにふさわしいか否か……」

 円滑にことを進めるため、あらかじめ根回ししておくことも考えたが、運悪く情報が洩れて義弟に雲隠れされてはかなわないので、宰相と外務大臣以外の重臣たちには王位簒奪の件は伏せてあった。
 ただ、王位簒奪に乗り込んできたテッドたちに対し、それほど驚かなかったところを見ると、こちらの動きをある程度は予想していたのだろう。アーノルドたちがそれとなく匂わせていたのかもしれない。

 ドミニオンに傾倒して自分たちの意見に耳を貸さず、あまつさえ利益なき戦争を強行するミリアルドを快く思っていなかった彼らのことだ。愚王を引きずり下ろしてくれるなら誰でもよかったと思う。
 だが、それとテッドを王に据えることに同意するかどうかは、話が別だ。
 今度は自分たちの思い通りに政治を動かすため、傍系の王族を引っ張り出して傀儡に据えよう、なんて腹積もりの者もいないとは限らない。

 そんな野心があるか否かは不明だが、仲間内の二人以外もろ手を挙げて歓迎してる雰囲気なく、かといって彼を表立って反対することもなく、玉虫色とたとえるのが一番の曖昧な空気だ。
 とはいえ、このくらいなら想定の範囲内だ。
 強硬的に反発されない限り、説得は難しくない。

「私が王となっても、貴殿らや他の重臣たちに退陣を迫ることはない。これまで通りの地位を保証するし、国益を乱すようなことがあれば必ず諫言してほしい。ミリアルドが吹っ掛けた戦争に関しても、すぐさま終結させ和平を進める。私はフロリアン殿下とは昵懇の仲だ。可能な限り“負の遺産”を軽減する条約締結させる。以上の公約を成すことを、この首をかけて誓おう。その上で改めて問う、私が王にふさわしいか否か――賛成を示す者は起立願いたい」

 彼らの利益や身分を保証しつつ、誰もやりたがらないミリアルドの尻拭いを買って出れば、まず否とは言えまい。
 それでも渋るようなら、アーノルドやヒューゴに扇動させようと思ったが、テッドの目論見はうまくヒットした。
 大臣たちはお互いの顔色を窺うように視線を交わし合い、小声で二言三言やりとりをしたのち、一人二人と起立を始め、最終的には満場一致でテッドの即位を認める議決が下された。

「ありがとう。必ずや貴殿らの期待に応え、エントールの平和と繁栄に粉骨砕身尽くそう。ではまず……取り急ぎ形だけでも即位式を行い、フォーレンへ和平として私が立とう。
「セドリックで……いえ、へ、陛下自らが、ですか?」

「あちらも王太子自ら前線へ出てきているんだ。こちらが適当に立てた使者を送りつけてお終いではフェアではないし、道すがら妻となる人を迎えに行かねばならないからな」
「つ、妻ぁぁ!?」
「え、ど、どこのどちら様でございますか!?」

 婚約者すらいないというのに、一足飛びに妻だと言う新国王に大臣たちは悲鳴を上げた。
 画家として放浪しているパックだけではなく、彼もまた理由不明で長らく王宮を不在にしていたのは周知の事実だ。
 まさか氏素性も分からぬ平民女を手籠めにし、あまつさえ落とし胤もいるのでは……なんて恐怖のシナリオが『ミリアルドが婚約者を孕ませた』と聞かされたばかりの中高年の脳内に駆け巡る。
 もちろん、とんだ邪推なわけだが。

「ハイマン公爵令嬢であり、アウルベルの王女であるジゼルだ。彼女が潔白であることは証明されているし、元より王太子妃にと推されていた人物でもある」

 何か問題でも? と言いたげな目で大臣たちを見やれば、反論を返す者はいない。
 ただ、「新国王はデブス専だった」という誤情報はしっかりインプットされたが。

「……え、えっと……ああ、その、アーメンガート様のことは……」

 話の矛先を変えるべく、アーノルドが逃亡中の女狐の話題を上げる。

「アーメンガートは捕らえ次第、ミリアルドと同様に貴人牢へ収容しろ。私は悪趣味な吊し上げでも国王権限による命令でもなく、法にのっとった公開裁判で彼らを捌くつもりだ。数多の証言と証拠を検証精査するには時間がかかる。決着は和平が成立してからだ」

 いかに狡猾な女狐であっても、ハワードの手腕で包囲網を敷けばすぐに捕縛されるだろう――そう楽観視していたが、数日と経たずその判断を後悔することになった。
しおりを挟む
感想 191

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。