ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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第七部 革命編

ハニートラップとめでたくないおめでた

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「……そこら辺でノックアウトしてる方々は、ひとまず放っておいて。兄上、探りを入れていた軍部から証拠は集まりましたか?」

 パックが不用意に蒔き散らしたフェロモンのせいで、ポワワンとピンクの空気が漂うのを何度か手を叩くことで切り替え、話の道筋を戻すテッド。

「おうよ。あ、いい報告と悪い報告の二つあるんだけど、どっちから聞く?」
「兄上だけではなくハワードも慌てている様子がないので、悪い方はすでに対処済みなんでしょう。いい方を聞かせてください」
「そう? じゃあ、お兄ちゃんが頑張った話からしようか」

 後ろ手に持っていた厚みのある大判の封筒をこれ見よがしにヒラヒラと振ると、パックは子供が得意げに成果を披露するような無邪気な笑みを浮かべ、エヘンとばかりに胸を張る。

「この封筒の中には、アーメンガートとお叔父様の繋がりを示す証言が、たーくさん詰まってる。ついでに、両者の間でやり交わされていた書面も、いくつか収められてるぞ」

 テッドが政治的な根回しをしている間、パックは将校の軍服を着て軍部に潜入して諜報活動に勤しんでいた。
 もちろん、今の色気満載の顔で、だ。
 顔面凶器を利用したハニートラップ、と言えなくもない。

 第一王子として面が割れていないとはいえ、セキュリティのしっかりした軍部で見知らぬ顔がうろついていたら、有無を言わさず処分されそうなものだが……パックは諸国放浪で培った巧みなコミュ術と、魅了フェロモンですべてけむに巻き、有益な証言や情報を次々に入手した。

 血縁者であるドミニオンに見つかれば一発アウトだったが、彼は戦争準備のため各所への指示出しや作戦会議等で多忙を極めていたし、スケジュールもある程度は把握していたので、遭遇することなく無事任務を完了した。
 証言はともかく、物証も出てきたことにはパックも驚いたが、どうやら強請のネタに取っておいたらしい。仮にも王族相手に脅迫などいい度胸だが、未遂のようだし、任務とは関係ないことだったので理由までは聞かなかった。

「嘘だと思うなら読んでみろよ。あ、ちゃーんと写しは取ってあるから、破り捨てても無駄だぞ」

 会議室の隅で控えていた侍従を経由して、封筒をミリアルドに渡す。
 それをひったくるようにして受け取り、中身を無造作に机の上にぶちまけて荒々しい手つきでめくると、そこにはミリアルドが想像もしていなかったことが書かれていた。

 ジゼルを断罪する材料を作るため、偽の証人や証拠をでっち上げたこと。
 ルクウォーツ侯爵領で作られた武器を、軍部が優先的に買い取り前線で使用する契約を結んでいること。
 前国王暗殺未遂事件のすべては、戦争の大義名分を得るため、フォーレンの間者を装った特殊部隊が、ドミニオンの命令で引き起こされたこと。
 軍仕様の強力な自白剤による催眠誘導を用いて、ミリアルドやフレデリックを都合のいいように操っていたこと。

 証人一覧には直筆らしいのバラバラの筆跡の署名がしてあり、要請があれば必ず出頭することにも同意してあった。
 末端の軍人の名前を一人一人覚えているわけではないが、それなりに名の通った貴族やその分家の子息も名を多く連ねている。
 その誰もがジゼルやハイマン家に属する派閥ではなかったことが、これらの真実味を際立たせていた。

「馬鹿な……嘘だ……」
「信じたくない気持ちは分かるが、これが現実だよ。ミリアルド。俺の手元にはシグネットリングの印を入れた署名一覧がある。公的な文書として価値があるモンだ」

 逃げ道をふさがれた上、愛する人からの裏切りを確たるものとしたミリアルドは、色を失った面に乾いた笑みを浮かべた。

「僕は、利用されていたのか……いつからだ? 初めから? それとも……」

 哀れを誘う義弟の姿に同情の念が湧かないわけではなかったが、テッドは生憎と答えを持ち合わせていない。

「さあな。それは本人に訊け。断罪の場で引き合わせてやる」

 問いかけともひとり言とも知れないつぶやきを冷たく切り捨てると、ミリアルドは弾かれたように顔を上げた。

「断罪、だと? ま、待て、アーメンガートを捕えたのか!? 無体は働いていないだろうな!?」
「それは兄上の管轄だが……」
「えーっと、ごめん。これはテッドくんにとって悪い方のお知らせでもあるんだけど、残念ながら逃げられた」

 ちらりとテッドが振り返ると、パックが茶化すことなく殊勝な顔で謝り、その横でハワードが沈鬱な表情を浮かべて深々と頭を下げた。

「申し訳ありません、セドリック殿下。我々が捕縛に駆けつけた時には、もぬけの殻でした。居室付近を警備していた者たちが異変を察知し、脱出を手引きしていたようで……部屋がまだ暖かかったので、まだ王都を出ていないと判断し、市中にいる騎士全員に伝令を飛ばして厳重な検問を敷いております」
「そうか。迅速な対処に感謝する、ハワード」

 自分の非を理解し、打つべき手を打ってあるなら叱責する理由はない。

「お、お前ら、なんてことをしてくれたんだ! 彼女は……僕の子を身籠っているんだ!つわりがひどく、公務どころか起き上がれないほど苦しんでいるのに、無理に動かしたらどうなるか……アーメンガートに、腹の子に何かあれば、ただではおかないぞ!」
「は、はいいいいいい!?」

 ミリアルドが投下した爆弾発言に、一同は悲鳴にも似た驚愕の声を上げた。
 エントールに限らず、婚約者同士なら婚前交渉もそれほど厳しくない時代背景が形成されてはいるが、あくまで避妊が前提の話であり、よほど後継ぎ問題で困っていない限り授かり婚は歓迎されない。
 それを象徴するように、大臣たちからは非難が続出した。

「へ、陛下……!?」
「なんと不埒なことを……」
「婚前でのご懐妊など前代未聞! どうしてご懐妊が分かってすぐ、先に我らにご報告くださらなかったのか!」
「お前たちみたいな頭の固い外野がうるさいから、黙っていたんだ!」
「……こんなところで身内の恥をさらすとは。こちらの調査不足です。愚弟に代わり、お詫びします」

 ギャンギャン喚き散らすミリアルドと大臣たちを尻目に、テッドは話の展開についていけないアンソニーとゼベルに頭を下げる。
 目の前の出来事に集中しすぎていて椅子を勧めるのを忘れていたが、訳知りの宰相と外務大臣により席を譲られて、円卓から少し離れた場所に腰かけていた。

「セドリック殿が気に病むことではない。どんな経緯があろうと、新たな命が誕生することは喜ばしいことだが……」
「ふむ。無事に御子がお生まれになれば、非常に厄介なことになるな」

 テッドが玉座に就き戦後処理が落ち着けば、ミリアルドもアーメンガートも法にのっとった裁きにかけるが、どれだけ重くとも『二人の婚約を破棄し、ミリアルドは王族の身分をはく奪して田舎で蟄居。アーメンガートは遠方の修道院送り』で落ち着くだろう。

 だが、そこに赤ん坊が加わると面倒な事態になる。
 産まれた赤ん坊をそのままどちらかが育てるにしろ、身元を隠してどこかへ養子に出すにしろ、王家の血を引く子である事実は揺るがない。その子が生きている限り、テッドが足をすくわれる危険にさらされ続けるのだ。
 しかし、テッドはアーメンガートの妊娠に懐疑的だった。

 彼女は戦争を望んでいた。いかなる目的かは謎のままだが、それが果たされるまで身動きの取れなくなるようなことを、あの狡猾な女狐がするとは思えない。
 身もふたもないが、医師に金を積んで懐妊の診断書を欠かせることもできるし、女狐の演技力をもってすれば、体調不良もお芝居で乗り切るのも難しくないはず。
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