ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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第七部 革命編

腹黒王子のプレゼンテーション(下)

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「……ぐうの音も出ん正論だな、セドリック殿。嫁ぎ先が異国にしろ自国にしろ、ジゼルが健やかに過ごすためには、鎖国を解き国際社会の一員となることが必須か」

 若造の生意気な忠告を素直に聞き入れてくれたことに拍子抜けするが、きっとアンソニー自身も、祖国がこのままでは破綻するだろうという憂いを、少なからず持っていたのだろう。
 彼が話の分かる御仁でよかった。
 こちらも知恵を絞って弁舌を振るった甲斐があったというもの。

「アウルベルの国交回復に関しては、エントールとフォーレンが橋渡しをいたしましょう。私はあちらの王太子と個人的に親しくしておりまして、今回の開戦につきましても私が王位につき次第、戦争を中断し和平会談に臨む算段は整っております。両国間の関係にひびがはいることはございません」

 フロリアンが危険を顧みず前線に出陣しているのも、劣勢と目される自軍の士気を高めるだけではなく、戦が幕引きするのと同時に速攻で和平を結ぶためだ。
 もちろん、テッドによる根回しである。
 すでに両国の大臣クラスが条約の草案をまとめ始めており、会談当日までには十分間に合うだろう。

 ただ、義兄のカーライルまで前線に連れて来るとはテッドも意外だったが、長く国境警備隊に属していた知識を傍で生かしてほしいという気持ちと同時に、かつて王太子暗殺未遂事件で生じた兄弟間の確執が、完全に払しょくしたと国内外に示すパフォーマンスだと考えられる。

 テッドの申し出に二つ返事で了承が帰って来たのには、あちらはあちらで今回の戦争を利用しようという腹積もりがあったということだ。
 持つべきは友……いや、この場合は類は友を呼ぶ、というべきか。
 まあいずれにしても、今後とも腹黒同士仲良くやれそうなのは結構なことである。

「貴殿は若いのに知恵が回るだけではなく、随分と用意周到だな。そこまでしてジゼルが欲しいのか?」
「それはもう。私が伴侶にと望むのは彼女だけですので、打てる手はすべて打たせてもらいますよ。悪魔に魂を売っても構いません」

 そこまで強く求めているのに、愛がないというのはアンソニーには理解できないが、彼が非常に有能な王になるのは間違いないし、浮気の心配もなさそうだとも感じられる。
 国王としても父としても高い評価をつける男ではあるが……いかんせん腹の底が読めないところが、少々、いや正直かなり不安だ。

 しかし、これくらい“あくが強い変人”なければ為政者など務まらないのも、また事実。特に彼は異母弟から王位を奪おうというのだから、十把ひとからげの凡人であるわけがない。
 そんな男と添うことがジゼルにとって幸か不幸かは未知数だが、無理強いはしないと明言しているし、娘が否を突き付ければ速攻アウルベルに連れ帰るだけだ。

 最悪の事態に備えて帰国し次第早急に国内の意識改革を行わなければ――アンソニーは一抹の不安を抱えつつもそう決意し、さっさとこの話をまとめて生き別れの娘に会うことだけに注力することにした。

*****

 一通りの会談を終えて公的な文書をまとめたのち、テッドはアンソニーとゼベルを伴って王都を目指した。
 仲介役はすでにお役御免だし、大国の外交官は多忙な職業のはずだが、

「腹違いとはいえ実の兄弟間での王位簒奪ともなれば、いらぬ憶測が飛び交うだろう。エントールの国際的地位だけではなく、慈愛の女神たるジゼルの名誉にも関わる問題だ。ガンドール人の代表として、彼女を守らねば祖国の商人たちに示しがつかない。なので、私がこの目で見たことを他国に伝える役割を担おう」

 とかもっともらしいことを言いつつ、

「そなたの求婚が断られたあかつきには、ジゼルを養女にする手続きをせねばならんからな!」
などと、ドヤ顔で欲望まみれの本音を漏らしていた。

 断らせる選択肢など与えるつもりはないので、養女の件は無駄足に終わると思うが、彼が率先して事実を喧伝してくれるなら助かる。
 非のない国へ一方的に戦争を吹っ掛けたというだけで、こちらの心証はよくないというのに、そこに王位簒奪という醜聞がくっつけば、周辺国からどう思われるかなんか想像もしたくない。

 どれだけこちらが誠意ある対応をし、正しく情報を発信しようと、受け取り側が信用しなかったり曲解したりすれば、非常にややこしい事態に発展する可能性もある。
 テッドとしてはそれらを挽回する自信はあるが、途方もない労力や時間がかかるし、首脳陣が死屍累々になること間違いなしだ。その大いなる手間を解消する一翼を、ゼベルが担ってくれるなら心強い。

 ガンドールは国力そのものも高いが、スパイスや茶葉など生活に欠かせない貿易品を扱っており、ガチガチの鎖国をしていたアウルベルですら国交を開いていた国だ。その影響力が利用できるなら利用しない手はない。
 しかし、ゼベルがここまで協力的なのはジゼルがもたらした奇跡だ。

 ムサカが率いる小さな行商隊に手を差し伸べたことがきっかけで、慈愛の女神などと呼ばれる存在に格上げされ、巡り巡って皇子の耳にまで届くなど本当に奇跡的な確率。
 ここまでの大物を引き当てることができたのは、ただの人徳や行動力の賜物というだけではなく、持前の天運の大きさだろう。

 運やツキというものは為政者にとってなくてはならないものだが、努力ではどうにもならない天賦の領域。
 それを持つ彼女は自分が王として立つ上で必要不可欠だ。何がなんでも逃すわけにはいかない――とかゲスなそろばんを弾きながら、テッドがジゼル捕獲作戦を脳内シミュレートしているうちに、高貴な面々を載せた王都に到着した。

 城下町へ通じる城壁をくぐった時点ですでに日が暮れかかっていたので、“決戦前夜”はハイマン邸で過ごしてもらうことになった。
 事前に通達はしておいたが、国賓を二人同時に滞在させることになり、屋敷の使用人たちは緊張マックスで迎えることとなったが……ゼベルもアンソニーも人の上に立つ威厳は持ちながらも、民には気さくに接する性分のようで、ブサ猫萌えも手伝ってあっという間に馴染んでしまった。

 公爵家の面々も迎えた当初は、実の親の登場によってジゼルが奪われるのではと懸念していたが、アンソニーが自ら丁重にこれまで養育してくれたことへの礼を述べたのち、テッドと結婚するなら国元へは戻さず、このままエントールで暮らすことを許す旨も伝えられて、一同胸を撫で下ろした。
 これまでテッドとの結婚はもろ手を挙げて歓迎できない、むしろこんな腹黒王子とだなんて断固反対だった彼らだが、ジゼルがこの国に留まってくれるなら喜んで妥協する気満々だった。ゲンキンなものである。

 ただ、身元を保証するためアウルベルの国籍を取得し、その上で王族として正式なお披露目をするために、一時帰国する必要はあると付け加えられたが、一生離れ離れになることを考えれば、これもまた妥協すべきポイントだった。

 翌日には国家を揺るがす大事件が起きるだろうというのに、実の親と養い親が和気あいあいと談笑し、そこにブサ猫萌えをちょいちょい突っ込んでくる皇子が加わって、なんとも緊張感のない夜を過ごし――夜明けと共に決戦の舞台へと旅立った。
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