ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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第七部 革命編

忍び寄る黒い影(下)

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 ただ間違えて開封してしまっただけならあれほど気が動転することもないだろうし、懺悔室なんて閉鎖空間ではなくあの場で渡せばいい。

「……なんか、やばいことでも書いてた?」
「やばいわよ。知らない方が幸せって感じの内容よ。でも多分、ジゼルは知ってた方がいいと思う。転生悪役令嬢としては」

 雑談ついでにここが乙女ゲーム世界だとも話したこともある。
 ジジはゲームは全然やらないが、転生モノのライトノベル愛読者だったようで、

「転生悪役令嬢ってことは、ラノベじゃヒロイン枠じゃん! しかもお花畑ヒロインに馬鹿王太子もいるとか、マジテンプレだし! そいつらにざまぁされちゃって可哀想だけど、スローライフからのチートとか溺愛とかもあるから、異世界人生あきらめちゃダメよ!」

 と、目をキラキラさせながらサムズアップしてきた。
 チートも溺愛もいらないし、ただ平穏に平凡に過ごしたいだけなのだが。

「……その理屈はよう分からんけど、とにかく部屋でゆっくり読ませてもらうわ」

 そう言って出ていこうとするが、何故かジジに再び肩を掴まれて止められる。

「ここで読んだ方がいいわ。ちょっとくらい騒いでも外に聞こえないし。てか、全然事情が呑み込めなくて気持ち悪いから、それ読んで説明してほしいんだけど」
「うん。ジジのそういう遠慮ないところ、ウチ的には嫌いやないで」

 侯爵令嬢としてはアウトやけど、という本音は胸中に留めながら呆れ半分で返し、見慣れた兄の字が綴られる文面に視線を滑らせる。

 フレデリックの暗殺未遂を企てたのはフォーレンの間者と公表され、新国王となるミリアルドが音頭を取り報復のための戦争が計画され、準備が進められているということが書かれていた。
 これまで穏健派を貫いてきた王家が開戦に踏み切った背景には、軍部が大きく影響しているらしい。なんでも騎士団がみすみす逃した暗殺者を捕えたことで株を爆上げし、フレデリックから気に入られ王宮内で権力を持ったとか。
 王亡きあとも息子のミリアルドが支持を続け、フォーレンへの敵意を芽生えさせるようなプロパガンダを王都中でばら撒き、戦争の機運は日に日に強まっているらしい。その余波は近いうちにエントール全土を巻き込むだろうとも。

 国民の意識改革だけにとどまらず、開戦準備のための根回しもすでに各地へ伸びており、増税や防寒対策品を中心とした物資の徴収が進められ、さらに兵糧を効率よく手に入れるため、国営の缶詰工場をすべて軍の支配下に置いたとか。
 ジゼルが最初に缶詰を考案した時の懸念が、こんな形で現実になってしまったことはショックだったが、それより衝撃的なのは、開戦はセオリーを無視した冬になるだろうということ。

 基本的に戦争では防衛する側が有利ではあるが、それは地の利を生かした戦術以上に、潤沢な兵站による籠城作戦が大いに影響している。
 他の季節であれば籠城も容易だが、冬はどうしても物資が不足しがちだし、士気そのものも低下しがちだ。その劣悪な状況下で美味い飯と温かい寝床を提供すると唆せば、寝返る者が続出して敵軍は瓦解してしまう。
 また、冬では他の同盟国が参戦することも難しい。周りが手をこまねいている間に戦線を急速に押し上げ、雪解けを前に無条件降伏を求めることも理論上は不可能ではない。

 ……ただし、フォーレンを敵視させるのは完全なるフェイクで、本当は戦争の口実が欲しかった軍部が暗躍した結果だという。フォーレンの間者はまったくの無実で、国王暗殺事件も華麗な逮捕劇もすべて自作自演。
 長年の国境問題にケリをつけたばかりのフォーレンに、いわれのない罪を擦り付けてまで戦争を仕掛けたい理由は不明だが、アーメンガートの意向だという説が有力らしい。

「う、うーん……これの詳細を説明しろっちゅーてもなぁ。ウチも寝耳に水なことばっかりで、お兄ちゃんは書いてること以外は、なんて言うたらええかサッパリやわ……」
「えー、そんなぁ。めっちゃ消化不良なんだけど」
「知らんがな。とにかく転生者として言えることは、ヒロインが隣国になんかの目的があって、軍とつるんで戦争しようとしてるってことだけやな」

 その目的が皆目見当がつかないから、ジジもジゼルも消化不良に陥っているわけだが。

「……確かフォーレンって、同じ乙女ゲームシリーズの舞台なのよね? 転生ヒロインといえば逆ハー志望が多いし、違うシリーズでも手が届くところにイケメンがいればゲットしたくなるかも。けど、正攻法じゃ無理だから力づくで奪っちゃえ! みたいな感じじゃない? 私、冴えてるかも!」
「アホか」

 ジジがドヤ顔で人さし指を突き付けてくるが、それを手のひらで包んでやんわりと折り曲げる。
 ただ、その推理があながち間違いだと言い切れないところもあった。

 ミリアルドがころりと騙された一方で、フロリアンは一ミリも心動かされた様子がなかった。気持ち悪いほど……失礼、小気味いいくらい婚約者ベタ惚れだった。
 それがアーメンガートの癇に障ったという可能性もゼロではないし、男を手玉に取ることを得意とする彼女が身近な人間だけでは飽き足らず、他の攻略対象に魔の手を伸ばそうとしても不思議ではない。

 とはいえ、それしきのことで戦争という手段を使うほど愚かではない――と断言できればよかったが、同じようなでっち上げの罪で理不尽な断罪を受けた身としては、完全に疑念を払しょくすることはできない。

「ここでウチらがナンボ頭ひねっても分からんモンは分からんし、今後の政治に気を揉んどってもしゃあないけど、ホンマ先行き不安やな……」
「ジゼルは悪役令嬢なんだし、ここでパーッと国を乗っ取って、お花畑ヒロインと馬鹿王太子をギャフンとざまぁしちゃえば? あ、即位したから馬鹿王か」
「いや、ウチはポンコツやから無理」

 ライトノベルマニアらしい痛快ざまぁ劇を提案するジジに、ブンブンと首を横に振るジゼル。
 そもそも地位も権力も興味ないし、国を背負って立つなんて絶対やりたくない。

 しかし、その思いとは裏腹にテッドが目論む王位簒奪計画に巻き込まれていたことを、この時の彼女は知る由もなかった。
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