ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

文字の大きさ
上 下
166 / 217
第七部 革命編

不穏の兆し(下)

しおりを挟む
 半年ほど前にレーリアの宮に派遣した近衛たちも、任務終了後に死んだ魚のような目をして「辞めたい」と訴えてきたのを思い出した。
 レーリアの血族は基本頭のネジが一本か二本ぶっ飛んでいるので、不当な扱いに対する抗議として多大なストレスを与える何かをやらかしたのだろう。

 ハワードの制止を振り切って辞職した者もいたが、大半は丸々一週間休暇を与えて静養させたら、復職を申し出てくれたので助かった。
 ただ、今回は賊相手に翻弄され、武人としてのプライドをへし折られる事態だ。ゆっくり休めば解決する問題とも思えない。
 答えがそう簡単に出そうもないので、一旦部下を下がらせて一人思案に耽っていると、

「随分と暇そうにしているじゃないか、ハワードくん」

 わざとらしい靴音をコツコツ響かせ、執務室に現れた者がいた。
 ドミニオン・エーゼル。

 皺が深く刻まれた厳めしい髭面の老人で、七十となってもがっしりとした体格を維持し、長いマントのついた軍服を着こなす姿は威厳に満ちているが……戦争もないのにずっと将軍職に居座り権力を握り続ける前国王の弟という、立派な老害でもある。
 ちなみに彼は筋金入りの男色家で、いつも周りにはやたらと見目のいい若い軍人を何人も侍らせている。今日も三人ほど、それらしい色男がいた。

「……エーゼル閣下……」

 ハワードは苦虫を噛み潰したような表情を隠すように、最敬礼で招かれざる客を迎え入れた。
 彼は男色家の老害だから毛嫌いしているわけではない。
 個人の性癖に口出しする気はないし、年をとってもお盛んなのは健康の証で大いに結構。ただ、目のやり場に困るので、あまり大っぴらにしてほしくないのが本音だが……ドミニオンに嫌悪感を生じてしまうのは、それとは別に職業上の理由が大きい。

 軍と騎士団は平和を謳歌するこの五十年の間、ずっと犬猿の仲である。
 戦争という非常事態とはいえ、人殺しで成り上る軍人が嫌われ者の代表格であるのに対し、日々犯罪を取り締まり治安を維持する騎士は、いつの世も人々の憧れと尊敬の的。
 どちらも国民の命と財産を守る尊い職であるにも関わらず、軍人は無辜の民からは表面上の行動で差別され人殺しのレッテルを張られる傾向にあった。年々軍縮傾向で給料もそれに応じてどんどん下がり、そのくせ騎士より厳しい訓練を強いられる待遇の悪さもあり、軍人の不満は募る一方だ。

 騎士の中にもあからさまに軍人差別をする輩もいるが、過半数は相手の職務に理解と敬意を示し対立姿勢を見せる者はほとんどいない。
 しかし、長年蓄積された鬱屈は彼らの神聖な職務意識を曲げさせるだけではなく、身勝手な反騎士思想を増長させ、一方的に突っかかってきたり小さなミスの揚げ足取りをしたりと、悪意ある行動で騎士たちの神経を逆なでするばかり。

 時代の流れや国政の采配など、個々人の心の持ちようだけではどうにもならない溝で両者は深く別たれた彼らは、お互い加害者でもあり被害者でもある複雑な関係に陥っている。
 ハワードは四十代で戦争を知らない世代だが、軍が国防の要であることは認めているし、いつ起こるか分からない有事に備えて必要不可欠な存在だとも思っている。

 この老人のように、自分の欲を満たすためだけに前途ある若者たちを死地へ扇動しようとする、クソッタレどもさえいなれば。
 ……という私情ともかく、わざわざドミニオン自らが敵地に足を運んだことに、嫌な予感を覚えた。

「エーゼル閣下……このようなむさくるしい場所へ前王弟殿下自らご足労いただき、まことに恐悦至極でございます。ご命令をいただければ、我々が御前へはせ参じましたのに」
「ほう、この私を足腰の悪い老人扱いするのか? 将軍職にあるこの私を? 祖国の英雄であり今なお王位継承権を保持する、この私ドミニオン・エーゼルを?」

 ゆっくりとした口調ながらも反論を許さず矢継ぎ早に問い詰め、眼光鋭くハワードを睨みつける。
 社交辞令の常套句すら揚げ足取りの材料にするとは、嫌味な老人そのものである。
 しかも英雄などとうそぶいているが、当時王子の身分でありながら最前線に立っていたとはいえ、本人は大した功績を上げておらず、他人の手柄を横取りしたともっぱらの噂だ。

 ハワードは根拠のない流言を鵜飲みにするタイプではないが……こういう態度を見ていると、真実はどうあれそんな噂を流されてもおかしくない人間だとは思う。
しおりを挟む
感想 191

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。