ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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幕間 女子修道院編

その頃のゲスト悪役令嬢 後編

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 フロリアンにとってテッドは王子としての師だ。
 正室の子だからと勝手に王になることを強要され、兄を差し置いて立太子され、側室から恨まれて何度も暗殺されかけ、心はボロボロで幼いながらにいつも死にたいと考えていた。

 そんな時、父の外遊に付き合って訪れたエントールでテッドと知り合った。
 彼は一を聞いて十を知る天才で、大人顔負けに弁も立ち行動力もあるが、子供らしい可愛げがない上に優秀過ぎることから、周囲からは嫌われ煙たがられていた。
 それを気にするでもなく自分のスタンスを貫くその姿は、孤高のダークヒーローそのものだったが、フロリアンにはとてもまぶしく映った。

 何者にも屈しない強さに憧れ、彼の一挙手一投足をコピーしようと思い立ち、エントールにいる間は理由をつけて付きまとったり、遊び相手になってもらったりした。
 テッドは「俺の真似をしたって嫌われるだけだ」と諭したが、「いっそみんなから嫌われて王太子なんか辞めたい」と言い返すと、面白がって我流の処世術を仕込んでくれた。

 それが始まりで、十年来の友人というか悪友のような関係が続いているらしい。

「なるほど。持つべきは友、というヤツですね。しかし、仮にも王子殿下でしょう? いかに長年の友人とはいえ、国益を損ねる情報を漏らすとも思えないのですが」
「大丈夫。セドリックにとってアーメンガート嬢は憎き仇敵だから」

 フロリアンは王子様フェイスに悪人めいた笑みを浮かべ、声を潜めて続きを告げる。

「ここだけの話、彼は前々からジゼル嬢に求婚してて、ようやく色のいい返事をもらえそうだった。なのに、それをアーメンガート嬢に邪魔された挙句、でっち上げの冤罪で断罪に踏み切られたものだから、そりゃあもうご立腹だよ。どんな手段を使ってでも、ぶっ潰しにかかるだろね」

 ブサ猫令嬢に求婚するとはどんな強者なのか興味はあるが、フロリアンの凶悪版と考えるとロクでもない男なのは想像するまでもない。味方であれば頼りになるが、敵に回すとどうなることやら。

(セドリック王子って、実は魔王的な何かなんじゃ……)

 その予想が実に的確だったと知るのは、もう少し未来の話。

「王族であるセドリック殿下が協力してくださるなら、情報戦で遅れを取らずに済みそうですね。あとは最悪の事態を避けるため、相手の出方を見つつ適宜対処していくしかありませんが……後手後手に回る感じが否めませんね」
「あちらの思惑が読めない以上、対処療法なのは仕方がないよ。でも、セドリックにはこの状況をひっくり返す秘策があるみたいだ」

「秘策?」
「くわしくは教えてくれないけど、どうやらジゼル嬢の出自が鍵を握ってるようだね」

 間者からの報告で、彼女は公爵家の血を引く令嬢ではなく身元不詳の捨て子だったとは聞いていたが……それがただの平民や流民ではなく、エントール王家に匹敵しうる血筋だったということになる。

「まさかジゼル嬢は、どこかの王女だということですか?」
「僕もそう睨んでる。僕の予想が正しければ、セドリック以上に敵に回すとやばいバックがついてるね」
「しかし、このあたりの王族のお顔はおおよそ記憶していますが、彼女と似ているお方は存じ上げませんが……」

 記憶力に絶対の自信があるわけではないが、さすがにあの特徴的な顔面を忘れるとは思えない。それはエントール王家だって同じで、彼女を卑しい身分だと断じたのは、彼らの記録にも記憶にもないからだ。
 交流のない遠方の国や外洋の島国なども候補に挙げればきりはないが、エントール相手の切り札としては弱すぎる。全然愛妾との間に生まれた落とし胤であれば、公的な記録や絵姿が残されることがないので、そちらの方が可能性が高いが、それにしたって取引材料として用いるには厳しい。

 悩むセシリアを試すような視線で見つめる無駄にイケメンな王子に、ときめきよりも苛立ちを覚えるが、テーブルを挟んでいるので物理攻撃を仕掛けることができない。
 胸中で舌打ちをしつつも、このままでは癪なので自力で答えを見つけるべく、持てる知識を総ざらいしていく。

(……ああ、でも。ひとつだけ心当たりがあるような……)

 詰め込みで行われている妃教育で得た知識が、セシリアの脳裏で閃いた。
 圧倒的な軍事力を持ちながら、徹底してどことも同盟を組まず中立を保ち、必要最小限の交易以外どことも交流を持たず鎖国を続ける孤高の王者。

 約十八年前に王弟によるクーデターが起きて政権交代、国王とその家族は処刑を免れるため国外逃亡した。
 しかし去年、新政権による政治が終わりを迎えた。彼は武装中立を保つ国の在り方を否定し、大陸制覇を掲げて周辺国を蹂躙しようとしたが、そのことで国民から猛反発を受け、舞い戻って来た前王が弟を追い出し再び玉座に就いた。

 散り散りになった国王一家もすぐに合流したらしいが、末の娘だけが未だに行方知れずだという。
 それがもしもジゼルだとしたら……助けた側はあの国にとんでもない恩を売ることができるし、彼女を不当に扱ったアーメンガートたちの処遇は想像したくもない。
 まだ可能性の段階だが、核のスイッチさながらの危険人物だ。

(ジゼルが善良な転生者で本当によかったわ! シナリオ通りのわがまま悪役令嬢だったらどうなってたことか!)

 内心冷や汗をかきつつ、勝手に“最終兵器ブサ猫”と命名する。

「……確かに、あそこの協力を取り付けられれば無敵でしょうね。ですが、あの国が話し合いに応じるとは思えませんけれど」
「その辺もセドリックは抜かりないよ。ガンドール帝国を間に入れるらしい。今、外交担当のゼベル殿下と交渉中だって」

 茶葉もスパイスも国内で賄えないし、可能な限り鎖国状態を保ちたいあの国にとって、ガンドールの行商人に様々な国の輸入品を融通してもらっている。貴重な外部との取引相手であり、限りなく友好国に近いポジションだ。
 そこの皇子から会談の要請があれば無碍にはできないし、それが行方知れずの娘に関する情報が手に入るとなれば、二つ返事で引き受けるだろう。

 うまく事が運べば、セシリアたちが手も口も出す前に試合終了。
 アーメンガートを始めとした反ジゼル勢力はおろか、最悪ミリアルドもざまぁ確定コース。
 めでたしめでたし、だ。エントール国内は荒れに荒れるだろうが、こちらの知ったことではない。

「……なんと言いますか、私たちは当事者なのに妙に蚊帳の外の感じがしますね」
「だね。でも、だからといって気を抜くわけにはいかない」
「ええ、心得ています」

 どちらの国も物理的な距離がありすぎて交渉に時間はかかるし、会談の席を設けて正式に話をまとめるとなるともっと先の話になる。
 そしてそれが、こちらの望む結果になるという確証もないし、成否如何にアーメンガー側の方が動きが早ければ、戦争は避けられない可能性もある。

 そんな悪い予感を示唆するように、不意に分厚い灰色の雲がかかって日差しが遮られたかと思うと、パラパラと小雨が降って来た。

「雨か……」
「西の空は明るいですから、ただの通り雨でしょう。そのうち止みますよ」

 今自分たちに降りかかろうとしている女狐の災厄も戦争の機運も、この小さな雨雲の切れ端のように何事もなく流れ去っていってくれればいいのに――嫌な胸騒ぎを抑えながら、セシリアはそう願わずにはいられなかった。
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