ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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幕間 女子修道院編

真の食いしん坊は野菜も好きです

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 流刑生活とは名ばかりの楽しい毎日を過ごしているうちに、瞬く間に三か月の月日が流れた。
 今年は長雨に見舞われることなく平年通りの雨量で雨季が終わり、エントールの夏特有のカラリとした空気と燦燦と降り注ぐ日差しを享受している。

 この分だとよほどの猛暑に見舞われない限り、豊作は間違いなしだ。
 修道院の畑でも順調に夏野菜が実りつつあり、食いしん坊のジゼルは舌なめずりをしながら毎日お世話していた。

「カプレーゼ、ガスパチョ、パンプキンパイ、ミネストローネ、ラタトゥイユ、バターコーン……メニューに幅が出るええ季節になったわぁ……」

 トマト、キュウリ、ナス、ズッキーニ、トウモロコシなどなど。
 そこら中で青々と茂る野菜畑にせっせと水やりをしながら、色とりどりの食卓を妄想する。秋でもないのに食欲フルスロットルだ。

 今からリバウンドが怖いが、きっと野菜料理なら太らないし、たとえ食べ過ぎたとしても運動を増やして消費すればいいだけだし――と、“新たな習慣”によりまた少し痩せたジゼルは呑気に構えていた。
 最近修道院では週に二、三度昼下がりに行われる、ありがたくも眠たいお説法BY院長先生のあとに、ラジオ体操をやるのが恒例になっている。

 雨季の間、散歩代わりの運動としてやっていたところを、修道院を集会場代わりに使っているご隠居たちに見つかったのがきっかけだ。
 奇怪な動きだと笑われたが、真似してやってもらうと単調なようでいい運動になると気づいた彼らは、「最近弱ってきた足腰を鍛えるのにちょうどいい」と言い出し、以来ジゼルと一緒に体操するようになった。

 そこに老年に差し掛かったシスターたちも「健康によさそうだ」と参加し、老人会の集まりのような様相を呈し始めたが、そのうち遊びに来ていた子供が面白半分で真似するようになり、だんだん夏休みの校庭のような光景へと変化していった。
 最初はジゼルが暇な時に人数が集まっていればやる、みたいなアバウトな感じだったが、「お説法のあとは体を動かしてスッキリして帰りたい」という失礼なご要望にお応えして、現在の形式に落ち着いた。

 ちなみに、おなじみのあのメロディは、荘厳なパイプオルガンの音色により奏でられている。
 楽譜は素人の耳コピで起こしたものだが、朝礼でラジオ体操が強制される会社に勤めていたことがあり、大人になってからも毎日のように聞いていたから、再現率の高さには自信はある……というどうでもいい自慢はさておき。

「……あー、枝豆食べたい……」

 超がつく下戸のくせに飲兵衛のようなつぶやきをもらしながら、備蓄用に植えている大豆に目をやる。
 ぷくぷくとした実で膨らむ緑色の房を見るたび、塩茹でとビールを連想してしまうのは、日本人の悲しいサガだ。

(いや、おつまみ的なものやのうても枝豆のスープも美味しいし、ずんだ餡にしてもパンのお供になるし、活用の幅はいろいろあるんやけど……備蓄物を早々に食べてまうのはまずいよなぁ……)

 食糧難を直近で経験しただけに、備蓄の大事さは身に染みている。
 雑念を振り払いながら「大豆ちゃん、早う茶色くなってなー。さもないと引っこ抜いて塩茹での刑やでー」と言い聞かせながら水をやり、今日の畑仕事を終える。

 使った道具を物置小屋に仕舞い、厨房に続く勝手口から修道院の中に入ると――作業台の上に小さな赤い果実が山のように盛られた籠が置かれていた。

「うおっ、なんやこれ?」
「あ、ジゼルさん。お帰りなさい」
「この間お手伝いに行った農場の奥様方からいただいた、採れたての木苺ですよ」
「売り物にならない規格外品だそうですが、どれも美味しそうですよねぇ。どのあたりがダメなのか、素人のわたくしには分かりませんわ」

 直接受け取ったらしいお嬢様たちが、戦利品を前に嬉しそうにはしゃいでいる。
 ついこの間まで家事も奉仕活動もイヤイヤやっていた彼女たちだが、やった分だけ感謝されたり、こうして目に見える形で報われることを覚えたおかげで、すっかり労働の喜びに目覚めたらしい。

「へぇ、ありがたいなぁ。せっかくやし、新鮮なうちにいただこか。せやなぁ、お昼に木苺とヨーグルトで簡単なデザートつけよか。残りはジャムやドライフルーツにしとけば日持ちするやろ」
「いいですね!」

 ここは食うに困らない場所ではあるものの、質素な食生活では甘いものは貴重だ。
 テンション高めに支度を始め、食後の昼下がりは木苺の処理に精を出すことになった。

 まずはさっと水洗いしたのち、手分けしてドライフルーツ用とジャム用に仕分ける。
 形のいいものは虫よけネットのついた網に並べて天日干しにして、潰れたり崩れかけたりしているものは鍋に放り込む。
 時々中に隠れていた虫がにょっきり出てきて可愛らしい悲鳴が上がるが、涙目でプルプルしながらも自分でそっとつまんで捨てていた。

 お嬢様たちが短期間で田舎暮らしに適合していく様に、親戚のオバチャンみたいな感動を覚えながら、ジゼルは調味料の準備をしつつ保存用の瓶を煮沸していた。

「……なんで洗ったばかりの瓶を煮てるんですか?」
「殺菌のためや。きれいに見えても雑菌がようさんおるからなぁ。こうやっとかんと、きちんとフタしとってもカビが生えやすくなったり、腐りやすくなったりするねん」
「ええ? ジャムって、こんなにお砂糖が入ってるんですか?」
「まあ、こんだけダバダバ入れとったら、普通にビビるよなぁ。せやけど、これくらい入れへんかったらすぐに腐ってまうで」

「ジゼルさんはなんでもご存じなんですね」
「さすが公爵家のご令嬢ですわ」
「いや、多分他の公爵令嬢はこんなん知らんと思うで」 

 ワイワイ言い合いながら貰い物の木苺を煮て瓶詰めしたのち、鍋底にへばりついた煮汁を余っていたパンでご削げ落としてつまみ食いする。

「お行儀悪いですけど、洗い流すなんてもったいないですものね……」
「お砂糖は貴重ですものね……」

 誰に聞かれてもいないのにボソボソ言い訳しながら、シスターたちに内緒でおやつタイムを堪能し、何事もなかったかのように片付けて夕食の支度にかかった。
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