ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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幕間 女子修道院編

何をやらせても”オバチャン”な十七歳とは……

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 一通り掃除が終わってもぼんやり休む時間はなく、昼食の支度が待っている。
 近所の家からもおすそ分けてもらう食材もあるが基本は自給自足で、修道院の裏手にある畑から野菜や、飼っているニワトリやヤギの副産物を収穫して食材を確保するのだが……これもまたお嬢様たちの苦手とする分野である。

 畑は虫がウヨウヨいるし家畜は獣臭いしで、お嬢様育ちには拷問に等しい。
 そういう時もジゼルの出番だ。

「今日のお昼は茹でイモとベーコンのトロトロチーズ添え――っちゅーことで、一番大事なおイモさんを収穫するで!」
「はーい!」

 軍手とアームカバーと首掛けタオルと麦わら帽子を装備し、青々とした葉が茂るイモ畑に君臨するジゼルは、農業経験などほとんどないのに完全に農家のオバチャンであった。
 教え子ポジションの令嬢たちは、プロに弟子入りしている農業系アイドル、といえば雰囲気が伝わるだろうか。

「ほんならまずは、イモの周りの土を掘る……そうすることで抜けやすくなるんや」
「なるほど……力技ではいけないということですね」
「最近気づきましたけど、土いじりってなんだか楽し――きゃあ!」

 掬った土からミミズがにょっきり出てきて悲鳴が上がる。
 ジゼルはそれをヒョイと摘まんで、手の届かないところに放り投げた。

「うう、無益な殺生はよろしくないとは思いますけど、虫を野放しにしていては畑が台無しになりません?」
「心配せんでええで。ミミズさんはああ見えて、ゴミを食べて土の養分を作ってくれるええ虫さんなんや。ちょっとキモいけど、美味しいお野菜を作るためには我慢したってや」
「へ、へえ……」
「ジゼルさんがそうおっしゃるなら……」

 ちょっとどころではなく気持ち悪い虫だが、目の前から消えたことで平常心が戻ってきた彼女たちは、言われるまま土を掘ってほぐしていく。

「ええ感じやな。ほんなら、そこの茎の根元あたりを持って……引っ張る!」
「えい!」
「あ、抜けました!」
「私も!」

 キャッキャと可愛い声を上げる令嬢たちの手には、小ぶりな新ジャガがゴロゴロと生った株があった。

「けど、おイモってこんなに小さかったかしら……?」
「これは新ジャガ――まだ若いイモの実なんや。これをまだもうちょっと土の中に置いとくと、もっと大きくなるで」
「あらやだ。それじゃあ、早く収穫しすぎたってことですか?」

「これはこれで一般に流通してるモンやから大丈夫や。普通のおイモと違うて皮が柔らかくて丸ごと調理できるから、面倒な皮むきせんでもええんやで。楽チンでええやろ?」
「そうなんですね!」

 調理スキルゼロの令嬢たちの危なっかしい包丁さばきでは、野菜の皮むきをさせれば実が半分はなくなってしまう。
 今世では包丁を握ったことのない不器用なジゼルも褒められた腕前ではないが、前世で自炊経験があるだけにすぐに勘を取り戻して、食品ロスを減らすことに成功した……といってもプロからみて分厚い皮を量産している事実は変わらないが、家畜のエサや出汁になっているので問題はないはずだ。

「せや、向こうのハーブ畑にパセリも植わっとったやろ。緑があると料理が映えるから、ついでにそれも収穫しとこか」
「ええー……パセリって美味しくないじゃないですか……」
「せやなぁ、ウチもあんまり好きやないけど、パセリは美容健康にええハーブやで。お肌をきれいにしてれるし、一口だけ我慢して食べよ」
「ひ、一口だけなら……」

 お肌のためと言われれば断れない年頃の女の子の心理を利用し、うまく丸め込んでパセリも山盛り収穫して厨房に向かう。
 野良仕事装備を外して土汚れを落とし、エプロンと三角巾を装備し直せば、あら不思議。
 育ち盛りの貧乏学生にこっそり大盛りにしてくれそうな、気のいい食堂のオバチャンに早変わりである。

「新ジャガがよく洗ってそのまま塩茹でにして、ベーコンは厚切りにしてしっかり焼いて……スープはブクブク煮立たせへんように、弱火をキープやで。えっと、とろけるチーズを炙る準備をせんと……あ、朝焼いたライ麦パンを温め直すんは最後な。カチカチのパンだけはかなわんわ」

 ジゼルはテキパキと指示を出しつつ作業に精を出し、時には他の子たちのフォローをして回る。
 最上級の箱入り娘である公爵令嬢とは思えない手際のよさに、初めはジゼルに全部丸投げしていたお嬢様たちだが、そのうち興味が湧いたのか一人二人と参加を始め、今ではそろって厨房に立つまでになった。
 どの子もまだまだ手元のおぼつかない素人料理人たちで、思いがけない失敗もハプニングも多いが、調理実習のような雰囲気でなかなか楽しい。

「ジゼルさん、おイモの茹で加減を確かめるのって、竹串を刺すんでしたっけ?」
「せや。スッと通ったら大丈夫やし、芯がある感じならもうちょい茹でて」
「あら? なんだかこのお皿だけパセリが多いような……」
「誰や! 食べたないからって、自分のパセリを人の皿に横流ししたんは!?」

 ワイワイガヤガヤ言いながら食事の支度を進め、皿に盛り付けトレイに並べてあとは食堂へ運ぶだけとなった頃、黒の修道服に身を包んだシスターたちが厨房に現れた。
 言わずもがなだが、この女子修道院は不良令嬢の更生施設であると同時に、れっきとした宗教施設でもあり、俗世を捨てて神に仕えるシスターが院長を含めて五人在籍している。

 彼女らは国からの要請で、収容された不良令嬢たちの再教育を任されてはいるが、実際には単なる監視役と言った方が正しい。
 生活に必要な仕事は教えるし、規律を守らせるために注意や罰を与えたりはするが、腐った性根を叩き直してやろうという気概を持った人はいない。
 何故なら――

「ふふふ、お肉の焼けるいい匂いがするわねぇ……」
「今日のメインディッシュは何かしら?」
「イモとベーコンのトロトロチーズ添えですよ」

「まあ、あのチーズを炙ってトロってするヤツね!」
「あれって見た目も面白いけど、熱々のチーズを絡めて食べるのが最高だわ」
「院長先生もお席でお待ちだし、お食事を向こうに持っていくわね」

「ありがとうございます。ほんならウチらはお水の準備してから行きますんで、もうちょいお待ちください」
「分かったわ」

 キャッキャと少女のようにはしゃいでいるが、皆老女と言っても過言ではない中年から初老の女性たちだ。
 動きが機敏でかくしゃくとしているものの、顔や手に刻まれたシワは深く、緩く腰が曲がった者もいる。
 そう、ここにいるシスターたちは、ほぼほぼ“おばあちゃん”なのだ。

 一番の若手が五十手前、最年長の院長に至っては七十という、限界集落ならぬ限界修道院となっている。
 ここに来るまで知らなかったが、聖職者とはかなり多忙なお仕事である。
 朝夕欠かさず神前で祈りを捧げたり、人を集めて聖典や訓話の朗読をしたり、信者の冠婚葬祭を取り仕切ったり、悩める人々の相談を受けたり懺悔を聞いたり、共同墓地の掃除や手入れをしたり、時には薬師や産婆としての役割を任されることもあり、想像よりはるかにハードだ。

 特に自然相手の仕事をしている土地柄か、毎月何回もよく分からない儀式やら祭事やらが盛りだくさんで、そのたびにシスターも駆り出されるのだから、おちおち休んでいる暇もない。
 献身的に貢献しているからこそ多額の喜捨や寄付をいただけるのだが、さりとて贅沢三昧が許されないのが聖職者の悲しい現実。

 毎年俗世に嫌気がさした出家希望者は現れるが、想像とは違う修道院生活を目の当たりにすると、だいたいひと月足らずで還俗するか都心部の教会に行ってしまうので、一向に若者が増えない。
 そうこうしているうちに年々高齢化が進み、現在に至る。
 ……ここまで語ると薄っすらお気づきかもしれないが、この修道院で不良令嬢を預かっているのは、国から指示されているからというだけではなく、ぶっちゃけ若い労働力もとい雑用係が欲しいからだ。

 それがたとえド素人集団であっても、いないよりはマシと割り切っていた――ジゼルがやって来るまでは。
 ジゼルは手先が不器用ながらも意外に家事スキルの適性が高く、その上うまく他の令嬢たちをまとめて仕事への意欲を持たせていったので、今では老体に無理を強いなくても済む生活を送れているそうだ。

「あなたみたいな出来る若い子が、この修道院には必要不可欠なの」
「三年なんて言わず、ずっとここにいていいのよ。ここはもう、あなたの家も同然なんだから」

 この逸材を逃してなるものかと、真顔で出家を求められることもしばしばあるが、今のところ丁重にお断りしている。
 田舎暮らしも悪くはないが、期間限定だから楽しめていると思うし、何より「ほな、出家するわ」などと言い出せば家族が引きずってでも連れ帰りそうで怖い。

 ちなみに、従者がぶっ立ててきたフラグは、ジゼルの中では冗談だろうときれいさっぱり流され、すでに忘却の彼方だ。
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