ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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第六部 ざまぁ編

ちょろが参りました

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 ジゼルが修道院へと旅立って半月。
 軍と女狐が結託しそれぞれの野望を叶える術を着々と整える一方で、ハイマン家を中心にジゼルの冤罪を晴らし復讐の機会をうかがっていたある日。

 肉体労働者たちが一日の疲れを癒す下町の大衆酒場。
 その一番奥のテーブルに陣取り、酔っ払い独特の品のない笑い声をあげるガンドール人たちがいた。

「はははは! いやぁ、今回は本当に運がよかった!」
「まったくだ! ぼったくり商売で憲兵にしょっ引かれた時は、本気でこの世の終わりかと思ったが……あんなショボい三文芝居に付き合うだけで、無罪放免になったばかりか大金までたんまり積んでくれるとはなぁ!」
「エントール王家様々だぜ! あれが慈愛の女神だとか言われてるご令嬢だそうだが、全然大したことないっつーか、罪人とかありえねぇだろ!」

「あのアーメンガートってお姫様の方が、よっぽど女神様って感じじゃないか?」
「だよな! 女神様はやっぱり美人じゃないとな!」
「言えてる! あのデブスじゃ役者不足もいいところだ!」

 彼らは“シルリー”と名乗る三人組の行商人で、二束三文にしかならない傷物の宝石をタダ同然で仕入れては高値で売りさばく、根っからの悪徳宝石商。
 言うまでもなく、あの断罪劇に関わったガンドールの行商人たちだ。

 昔は祖国で別の名で店を構えて荒稼ぎしていたが、貴族をだましたことで指名手配犯になってしまった。
追手から逃れるために名を変え行商人に扮して国外逃亡し、慣れた手法で路銀を稼ぎつつエントールまで流れてきたのだが……運悪く今回も貴族をだましたことで憲兵に捕まった。
 今度こそ万事休すかと諦めかけたその時、強面の軍人が出てきて取引を持ち掛けられたのだ。

「俺たちの依頼を引き受けてくれれば、今回お前たちが犯した罪をなかったことにしてやるし、売り物の宝石もすべて言い値で買い取らせてもらおう。うまくいったあかつきには、いくらか追加報酬も渡すと約束しよう。どうだ、やってくれるな?」

 その依頼とは、ある女の罪を立証するための証人になること。
 くわしい話は聞かされることなったが、ただ罪人として繋がれ、教えられた台詞を教えられた通りにしゃべるだけで、これまで手にしたことのない大金が手に入った。
 そこで彼らは祝宴と称し、へべれけになるまで飲んだくれているのだ。

 母国語で会話しているのでここにいる人たちに理解できないとはいえ、異国人というだけで非常に目立つし、お世辞にも品がいいとは言えない男たちのたまり場の中にいても、なんでも手づかみで食べている姿は見苦しく、店員も客も皆一様に胡乱な視線を向けていた。
 ガンドールは食事にカトラリーを使わない文化圏なので、食べ物を手づかみにするのは当たり前ではあるのだが、公共の場では非常識と思われないよう旅先のマナーに合わせるのが、行商人たちの暗黙のルールだ。

 郷に入っては郷に従えが実行でいないようでは、地元民の信用を得られず商売が成り立たないし、たった一人の無作法が民族すべての品性を貶めることに繋がる。
 それに……遠い異国でトラブルを起こしたり巻き込まれたら、どう処遇されるか分からないという不安もある。
エントールには異国人を守る法がないのと同じく、罪を裁く法もない。
 違法行為が確認された場合は憲兵が捕らえたのち、適当な罰金を支払わせたり国から追い出したりするのが一般的だが、私的制裁を加えられても訴え出るところがないので、悪目立ちしないようお行儀よく務める必要がある。

 そのことを彼らも普段は肝に銘じているはずだが……国外逃亡から始まった行商人生活の中で、彼らは常に緊張状態と過度の節約を余儀なくされてきた。
 指名手配されている身の上では同胞も頼れないどころか、見かけるたびにすれ違うたびに本国へ連れ戻されるのではと戦々恐々する日々を送っていた。

 そんなある種の極限状態から無罪放免になった解放感と、一攫千金を得た高揚感が合わされば、浮かれ切って羽目を外してしまうのも無理はないし、脳内のお花畑は春爛漫で満開となっていることだろう。
 彼らの中では、常識とか良識とかいうものが吹っ飛んでいると思われる。

 だから何度店員や周りの客が注意しても、言葉が通じないふりをしつつチップを振舞ってやり過ごすし、しつこく食い下がってくる場合には異国語でまくしたて追い払う。
 しかもその横暴が一日限りではなく、ここ十日ほどずっと店を代え時間を代え、いろいろなところでこの調子で振舞っている。

 チップも飲食代もどんぶり勘定で支払ってくれるし、はしごするのが楽しいのか一件一件に長居しなので、モンスター客扱いされつつも大目に見てもらえたのだが……それも今夜限りだった。

「いらっしゃいま――え……」

 ドアベルが鳴るのに振り向いた店員の笑顔が固まった。
 そこにいたのはガンドール人の行商人たち。
 現在進行形で精神的苦痛を味わっている奴らの仲間だという嫌悪感と共に、先頭にいた風刺画に出てきそうな珍妙な髭面の男と目が合って、突発的に笑いがこみ上げてくる。

「すまなイ、客じゃナイんダ。あいつラに用があル。少し邪魔しテいいだロウか?」

 同時に沸き起こった二つの感情の爆発を必死にこらえた結果、なんとも言えない微妙な表情で出迎えることになった店員の様子に気づくことはなく、珍妙顔のガンドール人がカタコトで告げながら一番奥の席にいる同胞たちを見やる。
 こちらに対しては紳士的に応じてくれているものの、彼らを見る目はお世辞にも友好的とは言えない。
 同業者であればなんらかの因縁があるのだろうが……喧嘩なんぞやらかさないでくれよ、と心の中で祈りながら異国人たちを奥へ通すことにした。

「え、ええ……どうぞ……」
「ありがトウ」

 店員の軽い会釈に応えるように丁重に頭を下げたガンドール人の一団が、ゾロゾロと店内に入っていくのを、客たちはおしゃべりも飲み食いもやめて静かに見守った。
 こいつらがあのモンスター客をたしなめるなり、同郷のよしみで引き取ってくれるならそれでよし。一緒になって無作法をしでかすなら、仕事柄鍛えた筋肉でまとめて摘まみ出してやろう。

 自然と店内がそういう空気が固まる中、呑気に酒をかっ食らっていたシルリーたちだが、こちらに向かってくる同胞の姿を見つけて警戒をあらわにした。
 酒と大金に酔っていても、追われる身であることは骨身にしみている。
 条件反射で身構える悪徳商人を前に、珍妙な顔のガンドール人――ムサカが代表して口を開いた。

「悪徳宝石商の“マサグ”一味だな。我らの女神を貶める手助けをしたお前らを許すわけにはいかない。本国で犯した罪も含めて、きっちり償ってもらおう」
「……一体なんの話だ? 我々はシルリーといって、マサグなとどいう名ではない。だいたい、悪事に手を染めたことなど一度もないぞ。まあ、人違いくらい誰でもすることだ。今ならなかったことにしてやるから、さっさとこの場から消えるんだな」
「ほう。この手配書を見ても同じことが言えるか?」

 そう言って、ムサカは懐から出した数枚の紙を扇状に広げて見せる。
 そこには目の前にいるシルリーたちそっくりの似顔絵が描かれ、その隅には帝国の紋章が焼き印されている。間違いなくガンドールで発行された手配書であり、彼らが指名手配犯であることの証明だ。

 一商人に過ぎない男が手配書を持ち歩いているなど思いもしなかったが、賞金目当てだとしたら納得がいく。証拠がこれしかないならさっさと処分すればいい。酒浸しにするかランプで燃やすかすれば、二度と確かめることはできまい。

「ちっ……そいつを寄こせ!」

 リーダー格の男のアイコンタクトと同時に、一味はすかさずムサカの手にある手配書を奪い取ろうと立ち上がるが、酩酊状態で急に動けばふらつくのは道理。
 どいつもこいつも一歩を踏み出す前にたたらを踏んで、それでも踏ん張り切れずバタバタと床に倒れた。そこをすかさず仲間が縄でふん縛って、店の外へ連れ出していく。

 あっけない幕切れであったが、三流どころか三下悪役にはお似合いの末路ともいえる。
 ムサカは憐れみと呆れが入り混じった視線でそれを見送って手配書を仕舞い、店内を見回しながら詫びを述べた。

「同胞が迷惑ヲかけてすまナイな。元よリ素行のよくナイ連中だが、これほど品もなク礼儀がなってなイとは思わなかっタ。こいつらは我々ガ責任ヲもって本国へ送リ返シ、二度とこの国に出入りできナイようにする」
「お、おう……そうかよ……」
「まあ、俺たちはあいつらがここからいなくなりゃ、それでいいんだが……」

「つーか、さっきのって手配書だろ? あいつら犯罪者だったのか?」
「人殺しはしてなイぞ。悪質な商売ヲしてボロ儲けをしていた」
「ふ、ふーん?」
「詐欺師? 悪徳商人? みたいな感じか……」

「ビンボーな俺らはおたくらみたいな行商人とは買い物しねぇから、誰も騙されちゃいないから関係ねぇけど、悪い奴ならちゃんとブタ箱にぶち込んでおけよ」
「分かっタ。こいつラにはこれまデの報いはきちんと受けさせルが、まずはアンタたちに詫ビをしないとな。わずかだガ、迷惑料だト思って受け取ってクレ」

 そう言ってムサカは、テーブルの上に金貨を五枚ほど乗せて出ていった。

「ひっ……金貨だぞ……」
「ほ、本物か……?」

 金貨一枚あればひと月暮らせるというが、下町に住む庶民の給料といえば日当か週一でもらうのが普通で、だいたい銅貨かよくて銀貨しか財布には入っていないものだ。
 金貨そのものを見る機会といえば、コツコツ貯金した小銭をかさばらないよう換金する時くらいだし、それも数年に一度あるかないか。
 激レアな黄金色の輝きを目の当たりにして感動しつつも、無造作に置かれたお宝に触れることすら恐れ多いとばかりに店員も客も遠巻きにしていた。

 のちに、他の店にも同様にムサカらしいガンドール人が現れ、同胞が迷惑をかけたと詫びて金を置いていったという話が下町を席巻した。
 この事件をきっかけに、ガンドール人は気前がいいのか金銭感覚がおかしいのかと物議をかもすことになるが、話の矛先がずれたこともあり民族的な風評被害は避けられたという。
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