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第六部 ざまぁ編
ブサ猫令嬢、勇退!
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「このたびは……王太子であらせられるミリアルド殿下に数々の無礼を働きましたこと、ならびに、エントール貴族としてあるまじき罪により祖国の栄光に傷をつけ、紳士淑女の皆様に多大なご迷惑とご心配をおかけいたしましたことを、ここに深く反省し陳謝いたします。誠に申し訳ありませんでした。二度とこのような過ちを犯さぬことを誓い、贖罪のため生涯をかけ誠心誠意祖国のために尽くす所存でございます」
思ってもない台詞にできるだけの感情を込め、額を床につけんばかりに頭を下げつつも、「これってテレビでよく見る謝罪会見ぽいわぁ」と他人事のように感じていた。
(うーん、我ながら白々しいっちゅーか、パフォーマンス感半端ねぇぇぇ……)
本人もしくじったかと感じるおざなりな謝罪定型文では、上から目線でダメ出しされるのではと懸念していたが……そこに、勝ち誇ったかのようなミリアルドの笑い声が響き渡った。
「……ふ、ふふ、ふはははっ! ようやく己の罪を認めたか、ジゼル・ハイマン! よくも長々と白を切り通したものだが、私のアーメンガートの方が何枚も上手だったということだ! お前もついに年貢の納め時だな!」
顔を伏せているジゼルには見えないが、もはやメインヒーローの面影ゼロの悪役王太子と化したミリアルドが、鬼の首を取ったかのような宣言をした。
功労者である婚約者をちゃんと立てているのは偉いが、自分のやらかしをなかったことにして威張っているあたりは、為政者としても男としても三流だ。
そのうち愛想をつかされて捨てられるんじゃないかと、どうでもいい心配をしてしまうが、アーメンガートは気にする様子もなくはにかんだ笑みを浮かべ、婚約者にそっと続きを促す。
「殿下、わたくしのことはいいですから、ジゼル嬢への沙汰をお願いします」
「え? あ、ああ……そう、だな」
「このように丁重な謝罪も下さいましたし、とても反省しているご様子ですから、寛大なご判断をお願いしたいですわ。たとえばそうですわね――」
「……ふむ、なるほど……確かに……」
ジゼルに膝をつかせただけで満足していたらしい彼は、アーメンガートがフォローしてくれたことについて、すっかり頭から抜け落ちていたようだ。
あまりにポカンとしていたからか、アメンガートは扇で口元を隠して耳打ちをする。
文武両道の優等生だという噂を、根こそぎ疑いたくなるような体たらくである。
この王太子がいずれは王になるのかと思うと、この国の行く末が本気で心配になるが、アーメンガートが牛耳っていれば安泰な感じがするのも、それはそれで彼の無能感が倍増していたたまれない。
ややあって婚約者の入れ知恵で裁量を決めたらしいミリアルドは、居住まいをただして咳払いをすると、皆が憧れる王太子の仮面を被り直して朗々とした声で告げた。
「これより罪人ジゼル・ハイマンに沙汰を下す。かの者の犯した罪は重いが社会に大きな混乱をもたらしたものではなく、本人に反省の意志があり更生の余地ありと考える。よって……二年間ラングドン女子修道院にて奉仕活動を命じる。模範生であれば期間の短縮も検討する。
ハイマン家への処遇については、今回提示した罪への直接の関係は認められず、出自を偽った件に関しても同情すべき点があり、厳重注意に留め不問とする」
彼が示した行先は、罪を犯した貴族令嬢がぶち込まれる更生施設である。
ジゼルも名前しか聞いたことがないのでくわしくないが、贅沢に慣れた令嬢にはとんでもなく劣悪な環境だとはよく耳にしている。根は庶民だが前世とは文明水準が違いすぎるし、転生して以来至れり尽くせりの暮らしをしてきたジゼルにとっても、あまりよろしくない左遷先なのは決定事項だ。
しかし、首と胴体が繋がっただけでも今はありがたいし、家族がお咎めなしというならなおのことよろこばしいことだ。
頑張れば早く出てこれられる可能性もあるとなれば、謹んで受け入れようと思っていたが、これで終わらないのが女狐の謀略だった。
「なおこの沙汰は、同人が行っていた貧民街再開発計画を今後は国家主導で行うものとし、なおかつ同人の経営する乗合馬車会社を国営化することで、収益を一部を被害者への賠償に当てつつ、国の発展の礎とすることが前提条件である。この二つを拒否する場合は、国家反逆罪を適応することとなるが……どうする、ジゼル・ハイマン?」
「なっ……!?」
予想もしなかった交換条件を突き付けられ、思わずうつむきっぱなしだった顔を上げそうになったが、どうにか踏みとどまる。
アーメンガートの真の狙いはジゼルの社交界追放ではなく、彼女が持つ利権を体よく掻っ攫うことだったのか。
底辺の名声を回復させる慈善事業と、国庫を潤す新たな財源……どちらも今後のことを考えれば必要不可欠な要素だが、刑期の軽減と引き合いに出すにはあまりに暴利で、どう計算しても全然釣り合いが取れない。
そりゃあもちろん、それで国家反逆罪を見逃してくれた上、家族にも累が及ばないというなら安いものかもしれないが、こんな強欲で理不尽な要求をするなど思考回路がどうかしている。
しかし、いかに大阪のオバチャンがノーと言える日本人であっても、その本領をここで発揮するわけにはいかない。繰り返すが命あっての物種であり、生きていれば何度でもやり直せる。
それに……奪われたものを奪い返すチャンスだってくるかもしれない。
臥薪嘗胆。急がば回れ。待てば海路の日和あり。
いろいろな格言を思い浮かべながら、今は時期ではないと自分に言い聞かせるが、どうしても言っておきたいことだけは、はっきり告げておくことにした。
「殿下の仰せのままに。せやけど、一つだけお願いがあります」
「聞くだけは聞いてやろう」
立場が完全に逆転したことに気をよくしたのか、ミリアルドは鷹揚にうなずいた。
「うちの社員も再開発計画のメンバーも、ウチのやったこととはなんも関りのない善良な人らばっかりです。罪人の一味として不当に扱われたり悪意に晒されたりせぇへんよう、関係者や市民に周知徹底してください。ウチが望むのはそれだけです」
「ふむ……まあ、いいだろう。私とて無辜の民が苦しむ姿を見るのは忍びない。そのようなことが起きないよう、エントールの王太子として努めよう」
「ありがとうございます。そのお言葉が聞けただけで、ウチは十分です」
口約束ではあるが、大勢の前で公言した以上守られねば王家の権威は失墜する。
少なくとも本当に無関係な人間が、この騒動によっていわれのない誹謗中傷を受けることだけは避けられそうで、ひとまず安堵する。
「――ほかに言い残すことはないな? では、この件は以上だ。ジゼル・ハイマンの身柄を拘束し、ラングドン女子修道院への出立までこちらで預からせてもらう」
「そ、そんな……!」
「ジゼルを牢に入れるというのですか!?」
てっきり一度は帰宅できるものと思っていた家族から、悲痛な叫びが上がった。
いつの間にか砂被り席へ舞い戻ってきたらしい。
口を挟むなと言ったはずだが、一応ケリがついたあとだし、突っ込んでいい場面でもないので黙認する。
「心配するな。形の上ではハイマン家の令嬢だ、貴人牢で丁重にもてなす」
「だ、だからと言ってあんまりですわ! たとえ一時自由の身となっても、ジゼル様はお逃げにはなりません! 一度お決めになったことを覆すような方ではありませんもの!」
「遠く引き離されるというのに、別れを惜しむ時間もいただけないのですか!?」
「逃走の可能性云々ではない。長く厳しい修道院生活を平穏に送るためには、今のうちからあらゆる甘えを捨てさせるべきだ。下手に里心を抱かせれば更生への道は遠のくばかりか、心を病むかもしれないぞ」
件の更生施設の過酷さをジゼルよりも知っているらしい家族は、ミリアルドの言い分に言い返せない様子で悔しそうに口をつぐむ。
……どれだけやばいところにぶち込まれるのか不安しかないが、斧で首を狩られるより何万倍もマシだと思うことにする。
「さて、今度こそ異論はないな……連れていけ」
ミリアルドが指示を出すと、ジゼルの両脇に騎士がやってきた。
てっきり先ほどのガンドール人たちのように強引に連行されるのかと思いきや、掴まれることも縛られることもなく、自分で立って歩くようジェスチャーで促される。
彼らはただ逃走防止の監視役、あるいは牢までの案内人のようだ。
ふん縛られてボンレスハムにならなくてよかったと安心しつつ、粛々とそれに付き従うことにしたが。
「ジゼル!」
「ジゼル様!」
自分を引き留める声に後ろ髪を引かれて足が止まる。
騎士たちが鋭い目つきで急かしてくるが気にせず振り返り、涙目でこちらを見つめてくる家族に、しばしの別れを告げる言葉を送った。
「アイル・ビー・バック」
――ダダダンダン!
というBGMが聞こえた人間が何人いたかはさておき、聞き覚えのない言語をドヤ顔&サムズアップで投げかけられたハイマン一家は、口が半開きの状態で硬直した。
というか、この場にいた全員が同様の顔で呆気にとられていた。
会場に居並ぶ美男美女たちの間抜け面に笑いをかみ殺しながら踵を返し、ジゼルは罪人とは思えない悠々とした足取りで退場したのだった。
思ってもない台詞にできるだけの感情を込め、額を床につけんばかりに頭を下げつつも、「これってテレビでよく見る謝罪会見ぽいわぁ」と他人事のように感じていた。
(うーん、我ながら白々しいっちゅーか、パフォーマンス感半端ねぇぇぇ……)
本人もしくじったかと感じるおざなりな謝罪定型文では、上から目線でダメ出しされるのではと懸念していたが……そこに、勝ち誇ったかのようなミリアルドの笑い声が響き渡った。
「……ふ、ふふ、ふはははっ! ようやく己の罪を認めたか、ジゼル・ハイマン! よくも長々と白を切り通したものだが、私のアーメンガートの方が何枚も上手だったということだ! お前もついに年貢の納め時だな!」
顔を伏せているジゼルには見えないが、もはやメインヒーローの面影ゼロの悪役王太子と化したミリアルドが、鬼の首を取ったかのような宣言をした。
功労者である婚約者をちゃんと立てているのは偉いが、自分のやらかしをなかったことにして威張っているあたりは、為政者としても男としても三流だ。
そのうち愛想をつかされて捨てられるんじゃないかと、どうでもいい心配をしてしまうが、アーメンガートは気にする様子もなくはにかんだ笑みを浮かべ、婚約者にそっと続きを促す。
「殿下、わたくしのことはいいですから、ジゼル嬢への沙汰をお願いします」
「え? あ、ああ……そう、だな」
「このように丁重な謝罪も下さいましたし、とても反省しているご様子ですから、寛大なご判断をお願いしたいですわ。たとえばそうですわね――」
「……ふむ、なるほど……確かに……」
ジゼルに膝をつかせただけで満足していたらしい彼は、アーメンガートがフォローしてくれたことについて、すっかり頭から抜け落ちていたようだ。
あまりにポカンとしていたからか、アメンガートは扇で口元を隠して耳打ちをする。
文武両道の優等生だという噂を、根こそぎ疑いたくなるような体たらくである。
この王太子がいずれは王になるのかと思うと、この国の行く末が本気で心配になるが、アーメンガートが牛耳っていれば安泰な感じがするのも、それはそれで彼の無能感が倍増していたたまれない。
ややあって婚約者の入れ知恵で裁量を決めたらしいミリアルドは、居住まいをただして咳払いをすると、皆が憧れる王太子の仮面を被り直して朗々とした声で告げた。
「これより罪人ジゼル・ハイマンに沙汰を下す。かの者の犯した罪は重いが社会に大きな混乱をもたらしたものではなく、本人に反省の意志があり更生の余地ありと考える。よって……二年間ラングドン女子修道院にて奉仕活動を命じる。模範生であれば期間の短縮も検討する。
ハイマン家への処遇については、今回提示した罪への直接の関係は認められず、出自を偽った件に関しても同情すべき点があり、厳重注意に留め不問とする」
彼が示した行先は、罪を犯した貴族令嬢がぶち込まれる更生施設である。
ジゼルも名前しか聞いたことがないのでくわしくないが、贅沢に慣れた令嬢にはとんでもなく劣悪な環境だとはよく耳にしている。根は庶民だが前世とは文明水準が違いすぎるし、転生して以来至れり尽くせりの暮らしをしてきたジゼルにとっても、あまりよろしくない左遷先なのは決定事項だ。
しかし、首と胴体が繋がっただけでも今はありがたいし、家族がお咎めなしというならなおのことよろこばしいことだ。
頑張れば早く出てこれられる可能性もあるとなれば、謹んで受け入れようと思っていたが、これで終わらないのが女狐の謀略だった。
「なおこの沙汰は、同人が行っていた貧民街再開発計画を今後は国家主導で行うものとし、なおかつ同人の経営する乗合馬車会社を国営化することで、収益を一部を被害者への賠償に当てつつ、国の発展の礎とすることが前提条件である。この二つを拒否する場合は、国家反逆罪を適応することとなるが……どうする、ジゼル・ハイマン?」
「なっ……!?」
予想もしなかった交換条件を突き付けられ、思わずうつむきっぱなしだった顔を上げそうになったが、どうにか踏みとどまる。
アーメンガートの真の狙いはジゼルの社交界追放ではなく、彼女が持つ利権を体よく掻っ攫うことだったのか。
底辺の名声を回復させる慈善事業と、国庫を潤す新たな財源……どちらも今後のことを考えれば必要不可欠な要素だが、刑期の軽減と引き合いに出すにはあまりに暴利で、どう計算しても全然釣り合いが取れない。
そりゃあもちろん、それで国家反逆罪を見逃してくれた上、家族にも累が及ばないというなら安いものかもしれないが、こんな強欲で理不尽な要求をするなど思考回路がどうかしている。
しかし、いかに大阪のオバチャンがノーと言える日本人であっても、その本領をここで発揮するわけにはいかない。繰り返すが命あっての物種であり、生きていれば何度でもやり直せる。
それに……奪われたものを奪い返すチャンスだってくるかもしれない。
臥薪嘗胆。急がば回れ。待てば海路の日和あり。
いろいろな格言を思い浮かべながら、今は時期ではないと自分に言い聞かせるが、どうしても言っておきたいことだけは、はっきり告げておくことにした。
「殿下の仰せのままに。せやけど、一つだけお願いがあります」
「聞くだけは聞いてやろう」
立場が完全に逆転したことに気をよくしたのか、ミリアルドは鷹揚にうなずいた。
「うちの社員も再開発計画のメンバーも、ウチのやったこととはなんも関りのない善良な人らばっかりです。罪人の一味として不当に扱われたり悪意に晒されたりせぇへんよう、関係者や市民に周知徹底してください。ウチが望むのはそれだけです」
「ふむ……まあ、いいだろう。私とて無辜の民が苦しむ姿を見るのは忍びない。そのようなことが起きないよう、エントールの王太子として努めよう」
「ありがとうございます。そのお言葉が聞けただけで、ウチは十分です」
口約束ではあるが、大勢の前で公言した以上守られねば王家の権威は失墜する。
少なくとも本当に無関係な人間が、この騒動によっていわれのない誹謗中傷を受けることだけは避けられそうで、ひとまず安堵する。
「――ほかに言い残すことはないな? では、この件は以上だ。ジゼル・ハイマンの身柄を拘束し、ラングドン女子修道院への出立までこちらで預からせてもらう」
「そ、そんな……!」
「ジゼルを牢に入れるというのですか!?」
てっきり一度は帰宅できるものと思っていた家族から、悲痛な叫びが上がった。
いつの間にか砂被り席へ舞い戻ってきたらしい。
口を挟むなと言ったはずだが、一応ケリがついたあとだし、突っ込んでいい場面でもないので黙認する。
「心配するな。形の上ではハイマン家の令嬢だ、貴人牢で丁重にもてなす」
「だ、だからと言ってあんまりですわ! たとえ一時自由の身となっても、ジゼル様はお逃げにはなりません! 一度お決めになったことを覆すような方ではありませんもの!」
「遠く引き離されるというのに、別れを惜しむ時間もいただけないのですか!?」
「逃走の可能性云々ではない。長く厳しい修道院生活を平穏に送るためには、今のうちからあらゆる甘えを捨てさせるべきだ。下手に里心を抱かせれば更生への道は遠のくばかりか、心を病むかもしれないぞ」
件の更生施設の過酷さをジゼルよりも知っているらしい家族は、ミリアルドの言い分に言い返せない様子で悔しそうに口をつぐむ。
……どれだけやばいところにぶち込まれるのか不安しかないが、斧で首を狩られるより何万倍もマシだと思うことにする。
「さて、今度こそ異論はないな……連れていけ」
ミリアルドが指示を出すと、ジゼルの両脇に騎士がやってきた。
てっきり先ほどのガンドール人たちのように強引に連行されるのかと思いきや、掴まれることも縛られることもなく、自分で立って歩くようジェスチャーで促される。
彼らはただ逃走防止の監視役、あるいは牢までの案内人のようだ。
ふん縛られてボンレスハムにならなくてよかったと安心しつつ、粛々とそれに付き従うことにしたが。
「ジゼル!」
「ジゼル様!」
自分を引き留める声に後ろ髪を引かれて足が止まる。
騎士たちが鋭い目つきで急かしてくるが気にせず振り返り、涙目でこちらを見つめてくる家族に、しばしの別れを告げる言葉を送った。
「アイル・ビー・バック」
――ダダダンダン!
というBGMが聞こえた人間が何人いたかはさておき、聞き覚えのない言語をドヤ顔&サムズアップで投げかけられたハイマン一家は、口が半開きの状態で硬直した。
というか、この場にいた全員が同様の顔で呆気にとられていた。
会場に居並ぶ美男美女たちの間抜け面に笑いをかみ殺しながら踵を返し、ジゼルは罪人とは思えない悠々とした足取りで退場したのだった。
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