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第六部 ざまぁ編

差し入れと熱血指導③

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 他の作業や練習の邪魔にならないよう、舞台の隅っこに移動した。

「お初にお目にかかります、この度の劇で悪役令嬢マルギットを務めますヒルダと申します。ジゼル様直々にご指導いただけるとは光栄です。よろしく、お願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ほなヒルダさん、いくつか台詞読み上げてみてください。ああ、ネタバレにならんところだけでええですよ」
「分かりました」

 台本はすべて頭に入っているのか、ヒルダは身振り手振りを加えながら、スラスラと台詞を並べて己の役を演じる。
 相当な名女優なのか、軽く演技しているだけでも悪役令嬢的な傲慢さや嫉妬深さが伝わってくるが――案の定『標準語の人が無理して大阪弁で話している』状態で、演技力が突出しているだけに余計に残念感が目立つ。
 本物の大阪弁を知らなければ気づかないだろうが、ジゼルと比べればイントネーションや接続詞の使い方の違いは歴然だ。

 それを自分でも感じるのか、ヒルダは時々言い回しを変えながら台詞を読み上げるが、そのうちに小さく肩を落としてしまった。

「力不足で申し訳ありません……」
「気にせんでください。字面だけ見せられてこんだけ流暢にしゃべれるんやし、発音の強弱が掴めたらもっとええ感じになりますわ。ほんなら、僭越ながらウチがお手本をば――なんでやねんっ!」

 プロ相手だから本気で取り組まねばと、世の中の不条理をぶった切らんばかりの渾身のツッコミワードが炸裂させると……何故かざわめいていた場が一瞬にしてあたりが静まり返った。

「……ん?」

「おい、聞いたか今の声量……」
「まさに腹の底から出た、迫力のある声だったな……」
「痺れるわ……」
「さすがは本物の公爵令嬢様、威厳が半端ねぇってことか……」

 全力のツッコミではあったが、畏怖に誤変換されるとは予想外である。
 ヒルダですら「これが選ばれし者の気迫なのですね、勉強になります!」などとキラキラした目を向けてくるので、非常にいたたまれない。

「ぶっ! くくく……いだっ」
「やかましいわっ、ボケ!」

 後ろで遠慮なく噴き出すテッドの脇腹に肘鉄を入れて気を取り直すと、声量を控えめにしながらお手本を示しつつ、紙に劇中でよく出る台詞を書き出してもらったところに、発音記号や矢印を加えて視覚的にも分かる簡易マニュアルを作った。

「こんな感じで、どないですやろ?」
「すごく分かりやすいです。ありがとうございます。これでいつでもマルギット役を受けることができます」
「いやいや、そんなに何度も同じネタせぇへんやろ……」

 プロパガンダ目的の演目だから続編はなさそうだし、リバイバル公演のことだろうか。
 まあ、なんにしても当初の目的は達成したし、回転焼きの宣伝もしたし、長居するだけ気を遣わせるだけなので、この舞台の成功を祈りながら帰路についた。

 さて、この『ハッピー・ロイヤルウエディング』がそれからどうなったかといえば――関係者だけを集めたプレ公演の段階で大絶賛された。
 おかげで初日から千秋楽までチケット完売、満員御礼、スタンディングオベーションのトリプル大盛況だったという。もちろん興行収入も爆上がりして過去最高を記録。
 ジゼルが広げてしまった大風呂敷が、現実のものとなった形で幕を下ろした。

 また、主役の二人を食いつぶしてしまいかねない、ヒルダの迫力満点の演技には「悪役のくせに目立ちすぎ」「何様のつもりだ」という批判的な意見も一部あったが、「この強大な障害を乗り越えて結ばれたと思うと感慨深い」「悪役はキャラが濃い方が面白い」と称賛する感想も多く聞かれ、彼女が劇団の看板女優になる最大の後押しとなったという。
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