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第五部 風雲急編

オバチャンではあってもバーチャンではない

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「ご飯よりも先に、お話をちゃんと聞かんかったアンタらは、この騎士さんと、王子様たちにごめんなさいをしてからやで」
「ええー……」

 キラキラした顔が一斉に曇り、口々に不満が上がる。
 幼いなりに悪いことをした自覚はあっても、目の前にご飯があるのにお預けされ、堅苦しい行事を押し付けられた子供たちからすれば、『悪いのは自分だけじゃない』という論理が展開されて当然だろう。
 それに、いきなり剣を抜いて怖い思いをさせられたのに謝りもしない相手に謝罪しろというのも、納得いかないのも理解できる。

 とはいえ、同じような過ちを繰り返させないためにも、彼らの行動のよくなかったところはきちんと指摘してあげないといけない。

「ええー、やあらへんわ。まあ、気持ちは分かるけどな。ウチも長ったらしい演説は嫌いや。せやけどもしも、アンタらがパパやママやお友達に大事なお話があって、一生懸命伝えようとしとるのに、つまらんからって黙ってどこかに行ってもうたら……どう思う?」
「それは……ヤなやつだっておもう」
「かなしい……」

「せやな。王子様かて、きっと同じ気持ちやで。ほんでな、この騎士さんは王子様のことをとっても大事にしとるんや。アンタらかて、家族や友達を馬鹿にされたら怒るやろ? 喧嘩して手が出てまうこともあるやろ? それと同じや。せやから、ちゃんとごめんなさいしぃや? 分かったか?」
「うん……」
「ちゃんとあやまる……」

 我が身に置き換えてようやく納得いったのか、子供たちは謝罪する決意を固めたようだ。

「おにいさん、おうじさまのわるぐちいって、ごめんなさい」
「へ? あ、お、おう……その、俺も、怖がらせて、悪かったな」

 そろってペコリと頭を下げる子供たちに、騎士は面食らってしどろもどろになりながらも自分のしでかしたことの謝罪を口にする。
 剣を突きつけられた恐怖はすぐに消えないかもしれないが、彼らの間に深い禍根を残さずに済んだのなら、いずれ「ガキの頃は怖いもの知らずだったなぁ」と笑い話に代わるかもしれない。

「よっしゃ、ええ子やな。この調子で王子様にも謝るんやで?」
「はーい!」

 子供たちの頭を撫でてやりながら次のミッションを与えると、元気のいいお返事が返ってくる。
 まあ、ちびっ子が数人脱走したことをミリアルドたちが察しているかどうかは不明だが、バレていないなら大丈夫と小ずるいことを小さな頃から教えるわけにもいかない。

「さすがジゼル嬢。こちらの孤児院によく慰問されているから、子供の相手に慣れていらっしゃるのですね。アン嬢に慕われるのもよく分かります」
「いやいや、そないなことはありませんよ」

 マシューが婚約者を完全に子供扱いしているのがちょっと可哀想だったが、事実なのでフォローのしようがない。

「それより、マシューさんにこの子らのことをお願いしてええですか? ウチが付き添ってあげたいところやけど、あの人らと顔合わせるとややこいことになると思うんで、今日のところはお暇しようかと」
「ええ、それがよろしいかと。喜んでお引き受けしますよ」

 社交界に疎いながらも、それとなくジゼルとアーメンガートたちとの微妙な関係は悟っているらしく、マシューは快くうなずいてくれた。ここで彼と会えたのは運がよかったといえる。

「さ、君たち。みんな君たちがいなくなって心配してるだろうから、そろそろ帰ろうか」
こちらもアンに好かれるだけあって子供の扱いに慣れた様子で、ちびっ子たちの手を取って歩き出そうとしたが、
「ジゼルさま、かえっちゃうの……?」
「ボクたちわるい子だから、きらいになっちゃった……?」

 こちらの事情などまるで知らない子供たちに、ウルウルとした目で見つめられると、激しく後ろ髪を引かれる。
 しかし、だからといってホイホイ彼らについていくこともできない。

「そ、そんなことないで! ええ子やからとか悪い子やからとか関係なく、ウチはみんなのこと大好きや! せやけどその……――そう! ウチ、めっちゃお腹ペコペコやねん! ウチが行ったら、みんなのご飯横取りして全部食べてまうで! それでもええんか!?」
「こ、こまる!」
「ジゼルさま、いっぱいたべるもん!」
「ぶふっ……!」

 ない知恵を振り絞って出した言い訳に激しくうなずかれるし、従者は人目をはばからず思い切り噴き出すし、マシューを含めた騎士たちはむっちりボディを見て「さもありなん」みたいな顔でそっと目を反らすし、心にいろんなものがグサグサと刺さる。
 だが、この流れを利用するより戦線離脱する方法はない。

「せ……せやろ、せやろ。せやからウチは行ったらアカンねん。分かったか?」
「うー……わかった」
「ねぇ。こんどまた、あそんでくれる?」
「もちろんや。今度は新しい絵板芝居持って遊びに行くからって、みんなにも言うといて」
「あたらしいの? やったー!」
「ジゼルさま、またねー!」

 聞き分けのいい子たちで助かったが、同時に女子として大事なものを失った気もする。
 マシューに手を引かれながら去って行く子供たちを見送りながら、アハハハと乾いた笑い声をあげるジゼルだった。

「お嬢様の食い意地のおかげで丸く収まりましたね」
「結果オーライとはいえ、なんも嬉しないけどな」

 主のフォローもせず笑っていた従者を睨みつつも、ここに留まる理由はないのでさっさと立ち去ることにする。

「……ほな、ウチらはええ加減引き上げますわ。どうもお騒がせしました」
「いえ……こちらこそ、お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした。無礼な態度も、どうぞお許しください」

 頭に上っていた血が正常に戻って、自分のしでかしたことをようやく自覚したらしい彼は、顔を青くしながらジゼルに頭を下げる。
 ちょっと、いやかなりの直情型なだけで、根は悪い人間ではないのだろう。

「誰でもついカッとなってまうことはありますし、あの子らの言い方も悪かったんですから、しゃあないことですわ。ちゅーか、こんなところでじっと立ち番しとったらイライラもしますしねぇ。飴ちゃんでも舐めて気分転換してください。ああ、あの子らには内緒にしとってくださいね。ごねてまうんで」
「は、はあ……」
「どうも……」

 騒ぎを起こした彼だけではなく、そこら辺で立ち番している騎士たちにも押し付けるように飴玉を配り、「ほな、さいならー」と残してスタコラサッサと帰路についた。
 それを唖然として見送る騎士たちは、飴玉を握りながらポツポツとささやき合う。

「なんか、話に聞いてたのとは全然違うな、ハイマン嬢……」
「ああ。全然貴族令嬢っぽくはないんだけど、普通にいい人っつーか、超大らかっつーか……」
「そういう人、どっかにいたような……」
「なんつーかオレ……あの人見てると、田舎のバーチャン思い出したわ」
「ああああ! それだぁ!」

 ある一人が発したセリフに、残る全員が彼に指を突きつけながら叫びを上げた。

「そうだよ。バーチャンだよ、バーチャン!」
「あの無駄な包容力と、ほどよい押しつけがましさ! まさにそれだ!」
「バーチャン、元気にしてっかなぁ……あっちの畑は不作だっていうし、なんか送ってやらなきゃいけないなぁ」
「あー、田舎帰りてぇ……!」

 喉に小骨が刺さったようなモヤモヤが晴れた男たちは、思い思いにふるさとに思いを馳せながら、薄紙をめくって飴玉を口に入れる。
 が、

「ぐはっ!」
「酸っぱ! いや、しょっぱ!?」
「な、なんじゃこりゃ!?」

 公爵令嬢を田舎のバーチャン扱いした報い……ではないはずだが、塩味と酸味のコラボした塩レモン飴の洗礼を受けて悶えることになった。
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