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第五部 風雲急編
予想はもちろん当たりましたよね?
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「お疲れさん、ハーミット殿」
「本当に疲れましたよ……」
ジゼルを馬車まできっちり送り届けたあと、その足で自分の馬車に乗り込んで帰路に就いたハーミットは、車内でカツラと仮面をポイポイ脱ぎ捨てながら深いため息をつく。
「なあ、お嬢サマにお前だってバレなかったのか?」
「そんなヘマはしませんよ。顔を隠して口調を変えるだけで案外バレないものですし、その上で厳重に変装しましたからね」
「お前、従者クビになっても役者で食っていけるな」
「それはどうも」
中から現れたのは――ジゼルの従者テッドである。
カツラや仮面の他、インナーを複数着込んだりシークレットシューズを履いたりして体格や身長をごまかし、使用人らしい動作を封印して堂々と振る舞うことで普段の自分とは印象をガラリと変えていたので、そうそう簡単に身元が割れるはずもない。
現に寝こけたジゼルを馬車まで送り届けた時も、待機していたお付きの侍女や馭者もテッドだと気づかなかった。
そして、その向かいに座るのは、ハーミットの従僕に扮したパック。
仮面舞踏会で偽装恋人になる案を快諾したパックだが、初めからそんな気はさらさらなく、弟にその役を譲ることにしていた。
なにしろ、あの二人は何年経っても進展が見られない。
ジゼルはまったくテッドのことを異性として意識していないし、テッドもお嬢様いじりを楽しむだけで具体的なアプローチをやっている風でもない。
『ジゼル以外と結婚するつもりはない』と豪語しながらも、それは恋愛的な意味ではなく、『彼女以上に興味を引く面白い逸材はいない』ということなので、甘い雰囲気を作れと言われても無理なのだが……いやまあ、日常的に熟練夫婦感満載のやり取りをしているので、これはこれで一つの完成形ともいえるのが悩ましい。
それでも、ケネスと約束した結婚の第一条件が『ジゼルが結婚を承諾すること』なので、異性として意識されるだけの一定の好感度は不可欠だ。そのあたりをしっかり育んでこいと送り出したのだが……
「それで、首尾はどうだ? お嬢サマを見事に落としてきたか?」
「あの人がそう簡単にコロリといくわけないでしょう。めちゃくちゃ警戒されてますよ。まあ、ちょっとからかい過ぎたのは否めませんけど」
「おいこら。俺は女の子の思い描く“王子様”を演じてこいって言ったよな?」
「いつもの癖で、つい」
「……お前、落とす気絶対ないだろ……まあ、一般的な王子様キャラにあのお嬢サマがなびくとも思えねぇけどな」
そもそも、彼女の理想の異性とはどんなものなのか、分からないのが問題なのだが。
「けど、お姫様抱っこはポイント高かったと思うぞ。女の子の夢だってよく聞くし、あのデ……ゲフンゴフン、ふっくらとした御身を軽々持ち上げる腕力は、並みの男じゃ真似できない技だしな」
「基本は従者ですけど、外出時は護衛役も兼ねてますから日々鍛えていますし、奥様から出されている結婚の条件が『ジゼルちゃんをお姫様抱っこできること』ですからね」
「……すげぇ無茶振りすんなぁ、公爵夫人」
どうせできないからジゼルを渡さなくていいと高を括っていたのか、それともそれくらいたくましい男ではないと任せられないという純粋な親心なのか。
どちらにしたって無茶振りだが、その不可能を可能にしてしまった弟もとんでもない奴である。
そこまで頑張るんなら、もう立派な愛じゃないかと思うのだが、そのあたりを突っ込むとものすごい怖い笑顔になるので、さしものパックも言うに言えない。
「あー、えっと、それはそれで置いといて。お嬢サマに酒を出した奴は分かったのか?」
「ええ。会場が薄暗くラベルを見間違えたことが原因で、故意ではないようですが、厳重注意しておくよう夫人に頼みました」
「ま、それが妥当だな。それと、マレッタは?」
「仮面舞踏会の特性上不敬を成立させるのは難しいですが、淑女として品性を欠く言動や、俺の不興を買ったことは夫人に報告しておきましたので、いろんなところで出禁になるんじゃないでしょうか」
ジゼルが当て馬令嬢とのたまわっていた女性はマレッタ。
幼少期のテッドの世話係をしていたさる伯爵夫人の娘で、彼と同じ歳ということで遊び相手に宛がわれていた人物である。
しかし、人並み外れて早熟だったテッドの相手がすぐに務まらなくなり、夫人が第二子を身籠ったことをきっかけに、母娘共にレーリアの宮を去ることになった。
それこそ物心つく前の知り合いで、その存在をついこの間まですっかり忘れていたくらいだが……なんの因果か、諸々の準備のため母の実家に滞在していた時に、侍女として働いていた彼女と再会したのだ。
一度は結婚したものの紆余曲折あって離婚したが、出戻りゆえに実家に居場所もなく、昔の伝手を使ってあの屋敷で働いていたらしい。
テッドとしてはどうでもいい出来事だったが、マレッタはこの偶然の再会に運命を感じたとかなんとか言って、しつこく結婚を迫ってくるようになった。
鬱陶しいので害虫でも払うようにあしらっていたのが裏目に出たのか、あんなところまで追いかけてきて、あまつさえ公爵令嬢のジゼルに喧嘩を売るとか、本当にやめてほしい。
仮面舞踏会の招待状は生家のコネで得たものにしろ、ここにテッドが参加することも、あの装いで来ることも公にはしていなかったはずだが……仕事しながら諜報活動をしていたのだろう。
伯爵令嬢だから身分はギリギリ釣り合うにしても、普通に考えてバツイチ女が王子と結婚できるはずもないのに、とんだお花畑女である。
……ちなみに、マレッタが何故こんな阿呆な行動をとったかと言えば、『純愛カルテット2』のスピンオフ作品として発表された短編漫画のヒロインだからである。
言うまでもなくヒーロー役はテッド。
幼少期に結婚を約束した幼馴染が再会して始まるラブロマンス、というありがちな筋書きで、パックはマレッタに横恋慕する当て馬として登場するのだが――蓋を開けてみれば、兄弟そろって彼女に興味ゼロ。
しかもヒーローが本編の悪役令嬢とイチャついているのだから、そりゃあヒロイン役からすれば面白くないし、あれだけ攻撃的にもなるというもの。
結果的にシナリオを過信したお花畑ヒロインの典型的な結末になってしまったが、あれだけのバイタリティがあれば別の幸せを掴むこともできるだろう。
「あの無駄な不屈の根性と諜報能力を別に使えばいいんじゃねぇのか、あいつ……」
「母上に相談して、隠密部隊に入れてもらいます?」
「思い込み激しいから無理じゃね?」
そんな兄弟のくだらない会話がきっかけで、稀代の女スパイが爆誕することになるのだが、この時は誰も予想すらしなかった。
「本当に疲れましたよ……」
ジゼルを馬車まできっちり送り届けたあと、その足で自分の馬車に乗り込んで帰路に就いたハーミットは、車内でカツラと仮面をポイポイ脱ぎ捨てながら深いため息をつく。
「なあ、お嬢サマにお前だってバレなかったのか?」
「そんなヘマはしませんよ。顔を隠して口調を変えるだけで案外バレないものですし、その上で厳重に変装しましたからね」
「お前、従者クビになっても役者で食っていけるな」
「それはどうも」
中から現れたのは――ジゼルの従者テッドである。
カツラや仮面の他、インナーを複数着込んだりシークレットシューズを履いたりして体格や身長をごまかし、使用人らしい動作を封印して堂々と振る舞うことで普段の自分とは印象をガラリと変えていたので、そうそう簡単に身元が割れるはずもない。
現に寝こけたジゼルを馬車まで送り届けた時も、待機していたお付きの侍女や馭者もテッドだと気づかなかった。
そして、その向かいに座るのは、ハーミットの従僕に扮したパック。
仮面舞踏会で偽装恋人になる案を快諾したパックだが、初めからそんな気はさらさらなく、弟にその役を譲ることにしていた。
なにしろ、あの二人は何年経っても進展が見られない。
ジゼルはまったくテッドのことを異性として意識していないし、テッドもお嬢様いじりを楽しむだけで具体的なアプローチをやっている風でもない。
『ジゼル以外と結婚するつもりはない』と豪語しながらも、それは恋愛的な意味ではなく、『彼女以上に興味を引く面白い逸材はいない』ということなので、甘い雰囲気を作れと言われても無理なのだが……いやまあ、日常的に熟練夫婦感満載のやり取りをしているので、これはこれで一つの完成形ともいえるのが悩ましい。
それでも、ケネスと約束した結婚の第一条件が『ジゼルが結婚を承諾すること』なので、異性として意識されるだけの一定の好感度は不可欠だ。そのあたりをしっかり育んでこいと送り出したのだが……
「それで、首尾はどうだ? お嬢サマを見事に落としてきたか?」
「あの人がそう簡単にコロリといくわけないでしょう。めちゃくちゃ警戒されてますよ。まあ、ちょっとからかい過ぎたのは否めませんけど」
「おいこら。俺は女の子の思い描く“王子様”を演じてこいって言ったよな?」
「いつもの癖で、つい」
「……お前、落とす気絶対ないだろ……まあ、一般的な王子様キャラにあのお嬢サマがなびくとも思えねぇけどな」
そもそも、彼女の理想の異性とはどんなものなのか、分からないのが問題なのだが。
「けど、お姫様抱っこはポイント高かったと思うぞ。女の子の夢だってよく聞くし、あのデ……ゲフンゴフン、ふっくらとした御身を軽々持ち上げる腕力は、並みの男じゃ真似できない技だしな」
「基本は従者ですけど、外出時は護衛役も兼ねてますから日々鍛えていますし、奥様から出されている結婚の条件が『ジゼルちゃんをお姫様抱っこできること』ですからね」
「……すげぇ無茶振りすんなぁ、公爵夫人」
どうせできないからジゼルを渡さなくていいと高を括っていたのか、それともそれくらいたくましい男ではないと任せられないという純粋な親心なのか。
どちらにしたって無茶振りだが、その不可能を可能にしてしまった弟もとんでもない奴である。
そこまで頑張るんなら、もう立派な愛じゃないかと思うのだが、そのあたりを突っ込むとものすごい怖い笑顔になるので、さしものパックも言うに言えない。
「あー、えっと、それはそれで置いといて。お嬢サマに酒を出した奴は分かったのか?」
「ええ。会場が薄暗くラベルを見間違えたことが原因で、故意ではないようですが、厳重注意しておくよう夫人に頼みました」
「ま、それが妥当だな。それと、マレッタは?」
「仮面舞踏会の特性上不敬を成立させるのは難しいですが、淑女として品性を欠く言動や、俺の不興を買ったことは夫人に報告しておきましたので、いろんなところで出禁になるんじゃないでしょうか」
ジゼルが当て馬令嬢とのたまわっていた女性はマレッタ。
幼少期のテッドの世話係をしていたさる伯爵夫人の娘で、彼と同じ歳ということで遊び相手に宛がわれていた人物である。
しかし、人並み外れて早熟だったテッドの相手がすぐに務まらなくなり、夫人が第二子を身籠ったことをきっかけに、母娘共にレーリアの宮を去ることになった。
それこそ物心つく前の知り合いで、その存在をついこの間まですっかり忘れていたくらいだが……なんの因果か、諸々の準備のため母の実家に滞在していた時に、侍女として働いていた彼女と再会したのだ。
一度は結婚したものの紆余曲折あって離婚したが、出戻りゆえに実家に居場所もなく、昔の伝手を使ってあの屋敷で働いていたらしい。
テッドとしてはどうでもいい出来事だったが、マレッタはこの偶然の再会に運命を感じたとかなんとか言って、しつこく結婚を迫ってくるようになった。
鬱陶しいので害虫でも払うようにあしらっていたのが裏目に出たのか、あんなところまで追いかけてきて、あまつさえ公爵令嬢のジゼルに喧嘩を売るとか、本当にやめてほしい。
仮面舞踏会の招待状は生家のコネで得たものにしろ、ここにテッドが参加することも、あの装いで来ることも公にはしていなかったはずだが……仕事しながら諜報活動をしていたのだろう。
伯爵令嬢だから身分はギリギリ釣り合うにしても、普通に考えてバツイチ女が王子と結婚できるはずもないのに、とんだお花畑女である。
……ちなみに、マレッタが何故こんな阿呆な行動をとったかと言えば、『純愛カルテット2』のスピンオフ作品として発表された短編漫画のヒロインだからである。
言うまでもなくヒーロー役はテッド。
幼少期に結婚を約束した幼馴染が再会して始まるラブロマンス、というありがちな筋書きで、パックはマレッタに横恋慕する当て馬として登場するのだが――蓋を開けてみれば、兄弟そろって彼女に興味ゼロ。
しかもヒーローが本編の悪役令嬢とイチャついているのだから、そりゃあヒロイン役からすれば面白くないし、あれだけ攻撃的にもなるというもの。
結果的にシナリオを過信したお花畑ヒロインの典型的な結末になってしまったが、あれだけのバイタリティがあれば別の幸せを掴むこともできるだろう。
「あの無駄な不屈の根性と諜報能力を別に使えばいいんじゃねぇのか、あいつ……」
「母上に相談して、隠密部隊に入れてもらいます?」
「思い込み激しいから無理じゃね?」
そんな兄弟のくだらない会話がきっかけで、稀代の女スパイが爆誕することになるのだが、この時は誰も予想すらしなかった。
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