ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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第五部 風雲急編

恋のキューピッドの正体

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「……せやけど、ウチはそんな噂聞いたことないですよ? そこまですごいお人がおったら、もっと有名になってるんとちゃいます?」

 色恋の話題には疎い自覚はあるが、恋愛と聞けば首を突っ込みたがる友人がいる身なので、隣国でもこんなスペシャリストがいたら耳に入らないわけがない。

「おそらくエントールでは無名な方だと思います。アディス家はフォーレンに親戚筋がございまして、そこから伝え聞いたそうですから」
「ああ、なるほど……」
「それに、噂は噂ですから真偽のほどは定かではありません」
「そらまあ、噂っちゅーのは勝手に膨れていくモンですから」

「ええ。ですが、それを聞いた奥様は、大層ライバル心を燃やされるようになりまして……」
「ここだけの話、最近は奥様の圧が強すぎて若いお方に煙たがられており、仮面舞踏会の参加者も回を追うごとに減少しているので……」

 そこまで言われれば、ある程度読めてしまった。
 たくさんのカップルを世に送り出してきた……かどうかは知らないが、その自負がある彼女にとって、隣国とはいえぽっと出の小娘が同じ土俵で話題になっているのが気に入らないのだろう。
 自分が落ち目だと自覚しているなら、なおさら神経を逆なでされているに違いない。

 しかも王太子カップルを成立させたと聞けば、自分も同じくらいビッグカップルを成立させればかつてのように返り咲ける、と躍起になるのもあり得ない話ではない。
 だが、残念なことにすでに我が国の王太子カップルは何年も前に成立済み。
 他の二人の王子も社交場に全然出てこないから、えりすぐりの令嬢を引き合わせることもできない。
 そこでジゼルに狙いをつけた、というわけか。

「ははぁ……明らかに貰い手のなさそうなウチに、結婚したくない貴族令嬢ナンバーワンの座を毎年維持し続けとるウチに、誰もが羨む素敵なお婿さんを宛がうことができたら、そら話題になりますわなぁ」
「そ、そのようなことは決して……」
「ただ、その、奥様は一人でも多くの方に、幸せを掴んでほしいだけでございますわ……」

 事実を淡々と述べただけだが、自虐に聞こえたのかお遣いさんたちが委縮したように縮こまりつつ、オロオロとフォローを入れる。

「ジゼル様とご結婚できるなんて、羨ましい限りではありませんか……」
「私が女でなければ、ジゼル様と添い遂げることができましたのに……」
「その権利を放棄する阿呆どもには、ぜひ天誅を下したいですわねぇ……」

 そんな光景の仲、部屋の隅に控える侍女から謎の怨嗟が上がるが、冗談ではなくかなり本気っぽかったので聞かなかったことにした。
 この家の使用人も、主人たち同様に価値観がおかしい。

「アディス夫人の思惑はなんとなく分かりました。それにしても、恋の“キューピッド”、なぁ……」

 元日本人の記憶を持つジゼルは、キューピッドがどういうものかを知っているが、この国にはその姿形も恋の矢にまつわる神話も伝わっていないし、キューピッドやその別名であるクピドやエロースなどの単語もない。
 もしかしたらジゼルが勉強不足なだけの可能性はあるし、隣国にはあるのかもしれないが、少なくとも自分が知る限りでは『異世界語』に分類される。

(ちゅーことは、ウチとアーメンガートとセシリアさんの他にも、転生者がおるってことやな)

 いくら登場作品が違うとはいえ、同一世界内で転生者が多すぎじゃないのかと思うが、文句を並べたところでどうこうなるわけでもない。

「ところで、その慧眼の持ち主はどちらのご令嬢なんです?」

 王太子と縁があるというなら子爵令嬢のヒロインだとは考えにくく、公爵の出である悪役令嬢か、同レベルの爵位を持つモブである可能性が高い。
 隣国の人物なので自分とそう関わることもないだろうが、同郷の出身者の身許は押さえておきたい。

「マクレイン公爵のご息女だとか」
「マクレイン……」

 その名前で思いつくのは、クラリッサ・マクレインしかいない。
 前作の悪役令嬢だ。
 悪役令嬢転生がテンプレとはいえ、三人とも転生者だとは神様の采配はどうなっているのか。いやまあ、こっちはヒロインも転生者だが。

(なんでまた恋のキューピッドなんぞやっとるんかは知らんけど、こっちはええ迷惑やわ。とんだとばっちりやないの……)

 前世では結婚相談所にでも勤めていたのか、はたまた夫人とおなじ世話焼きおばさんだったのか、とにかくジゼルにとっては恋愛も結婚も興味はないし、一生縁がなくても構わない、いっそどうでもいいジャンルだ。
 彼女が悪いわけではないが、間接的な原因を作った以上恨まずにはいられない。
 とはいえ、文句を言いに行くのは筋違いだし、物理的にも無理だ。

 それよりまずは夫人への対処を考えねば。
 お遣いたちを追い返したのち、母に頼んでアディス家に抗議してもいいのだが、このまま容易く引き下がるとも思えない。
 身分は上とはいえ、相手も相応に権力を持つ家柄。押さえつけてお終いというほど圧倒的な差はなく、拗れるとややこしくなりそうだ。
 打開策がないわけでもないので、ここは素直にうなずいておく。

「……話は分かりました。そういうことでしたら、出席させてもらいます。一筆書かせてもらうんで、少し待っててくださいね」

 侍女に目配せして便箋とペンを持ってこさせ、先日の非礼を詫びるとともに出席を表明する旨を書いて、お遣いたちに渡した。
 ジゼルが首を縦に振るまで帰ってくるなとでも言われていたのか、彼女たちは解放された奴隷のように表情を輝かせ、何度も「申し訳ありません」「ありがとうございます」と頭を下げて帰っていった。

「はぁ……えらいことになったわ……」

 彼女たちが去ったあとも、自室に戻る気力もなく応接室のソファーでぐったりと体を預けて、淹れ直してもらったお茶をすすりながらため息をつく。

「だらしないですよ、お嬢様」
「誰も見てへんからええやんか……」
「私、見てますけど?」
「従者はノーカンや、ノーカン」

 窘めてくるテッドを軽くいなしつつ、今後の対策を練ることにした。
 ああでも言わないと丸く収まらなかったとはいえ、墓穴を掘ったことには変わりない。

 クラリッサに対抗意識を燃やし、カップル成立に血眼になっているだろうアディス夫人のことだから、婿候補となる男性を抜かりなく見繕っているだろう。ジゼルがそのうちの誰かとくっ付かない限り、スッポンのように噛みついて離しそうにない。
 嘘でも一度切りでも夫人の前でカップル成立しなければ、仮面舞踏会以降もしつこく付きまとってくるのは目に見えている。

 しかし、ジゼルの婿の座を狙うとしたら、公爵家とコネを持ちたい者か、あるいはブサネコ・カンパニーの利権を奪いたい者かの二択になる。どちらにしろ相手にしたくない。
 となると「黙ってたけど、実はカレシいるんですよねー」と言ってそういう連中を遠ざけ、二度とこういう集まりに呼ばれないようにするのがベストか。

(ラノベやったら、知り合いに偽装恋人を頼むところやけど……)

 ジゼルが親しくしていて恋人候補になりそうな男性と言えば、トーマしかいない。
 だが、可愛らしい婚約者を溺愛しているのは知っているし、下手に噂になったら元準男爵令嬢のシエラの肩身がもっと狭くなる。彼らには幸せになってほしいので、立場が悪くなるような真似は絶対にできない。
 残りは父親くらい年の離れた人で、もちろん全員既婚者なので論外だ。

 男友達がいないというのは、こういう時にピンチに陥るらしい。
 いっそ婚約話が持ち上がっているかもしれない第二王子を派遣してもらえるよう、レーリアに頼むか、あるいは――

「せや、パックさんに頼んだらええわ!」
「……何を頼むんです?」
「偽装恋人。二度と夫人と関わらんようにするためには、カレシおるでってアピールするんが一番やからな」

 ドヤ顔で名案を告げると、珍しくテッドから表情が消えた。
 いつもならジゼルが阿呆なことを言い出しても、鼻で笑うか笑顔でスルーするか胡乱な目になるかのどれかだが、こんな風に無表情になるのは多分初めてだ。

「ん? ウチ、なんや的外れなこと言うた?」
「いえ、確かに有効な手段だとは思いますが……何故それを兄に頼むんです?」
「パックさんは社交界に顔が売れてへんから、どこの誰か調べたところで足もつかへんし、そのうちおらんようになるから後腐れないやろ。それに、ガサツに見えて育ちがええのは分かるし、口が達者でノリええからアドリブも利きそうやし、夫人の前に出しても偽装やって疑われることはないと思うんやけど」
「……間違ったことを言ってないだけに突っ込めない……」

 額に手を当ててため息混じりに嘆き出したテッドだが、ややあってはたと何か閃いたように天を仰いだ。

「ですが、ただ一緒に参加するだけではインパクトが足りないのでは? 二度と関わりたくないなら、もっとお芝居のような恋愛劇というか、運命の出会い的な場面を見せつけるべきだと思うのですが」
「んー……それもええけど、それやったらパックさんの分の招待状もいるやろ?」
「それについてはご心配なく。実家の母に頼んで用意してもらいますので」

 エントール国王の正室母親の権力をバリバリ使う気のテッドの真意など知らないジゼルは、やっぱりこの従者はタダ者ではないなぁという程度にしか思っていなかった。
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