ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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第五部 風雲急編

特許、売ります

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 シエラを招いたお茶会を終えてしばらく経ち。
 薄い雲が日差しを遮り、少し肌寒さを感じるある日。

「おおー! すごいすごい! めっちゃ立派なのができたやん!」

 久しぶりにグリード地区を訪れたジゼルは、約一年かけて完成した公民館を見上げながら感嘆の声を上げる。
 地上二階地下一階建ての役所ほどの大きさで、表向きはレンガ造りのちょっと瀟洒な雰囲気のある建物だが――骨組みの重要な部分は鉄筋コンクリートでできている。

 本音を言えば全部鉄筋コンクリートにしたいところだったが、さすがに予算が足りないし時間がかかりすぎるので、ほとんどの部分は木造ではある。
 しかし、多少の災害ではびくともしない強度があるはずだ。

 コンクリートそのものは石灰石を主原料にするセメントや砂や砂利など、自然界にあるものを混ぜればできるので、この世界でも城壁や橋など大型の建造物に広く使われている。
 そこに鉄製の芯を入れて固め、建物を支える柱や梁を作ったのだ。
 まあ、ジゼルはうろ覚えの知識であれこれ指示しただけで、実際に製作したのはプロなのででかい口は叩けないが。

 これもまた缶詰同様、時代背景的にはまだまだ登場しないものであるが、創意工夫次第で誰かが思いつきそうなものなので、オーバーテクノロジーではないだろう。多分。

 さて、何故わざわざコストのかかる鉄筋コンクリートを選んだかと言えば、純粋にいざという時周辺住民の避難所としても機能させるため、強度のある建築物にしたかったというのもあるが――それとはまた別に、懐事情とも大きく関係している。

 言うまでもないが、グリード地区再開発の資金源はジゼルや王都の商人たちのポケットマネーと、市民から集めた募金だ。今のところ資金繰りに余裕があるとはいえ、いつどこで落とし穴が待っているか分からない。
 経営が悪化すればこの計画から撤退せざるを得ないものも出てくるし、大規模な災害などが起きれば物価が著しく上昇する可能性もある。

 全体のクオリティーを下げずにうまく経費削減できないか……そんな欲深い思案していたところ、ふと特許権の存在を思い出した。
 自分の持っている現代知識で何か特許になりそうなものがあれば、それを“売って”経費に充てるのも悪くないと考えたのだ。

 いくつか技術的にも再現可能と思われるものを羅列し、中でも実用的かつ今回の再開発計画でも大いに利用できそうな鉄筋コンクリートが採用され、売り込んだ先は……公民館建築に関わる大工工房ゲインズ工務店だった。

「親方さん。この画期的な建築資材の特許権をお譲りする代わりに、今回の工賃いくらかまけてもらえませんでしょうか?」

 去年のちょうど今頃。
 公民館建設を前倒しにする決定が下されて数日後。
 ざっくりと製造方法をまとめた書類とサンプル、ついでにお土産の飴ちゃんとシリアルバーをひっさげ、ジゼルは件の工房に乗り込んだ。

 いかにも気難しそうな職人という風体の棟梁を前に、いつもと変わらぬ恵比寿顔で単刀直入に切り出した。
 こういう手合いによいしょ攻撃も腹の探り合いも無意味。
 砕ける勢いでストレートにぶつかるくらいの気概がないと、懐には飛び込めず交渉にすらならない。

 その戦法が功を奏したのか、はたまた見たこともない建築材の存在に興味を持ったのか、棟梁は子供の顔の大きさくらいあるサンプルを片手で持ち上げて、角度を変えながらしげしげと眺めた。

「こいつは……コンクリートの中に、鉄が入ってんのか……?」
「ええ。コンクリートは確かに強固な素材ですけど、所詮は砂の塊みたいなモンですから、一度ひびが入ったらそこからボロボロ崩れてしまいます。そこで鉄製の芯を埋め込んで補強しとるってわけですわ。鉄も空気や水に触れへんから錆びんと長持ちしますし、直接風雨にさらされるわけでもないですから、理論上は百年くらいもつはずです」
「百年……!」
「もちろん、嫌でも経年劣化はしますし、絶対的な安全性を考えればもっと短いと思いますけど、木材よりかはメンテなしで丈夫で長持ちですわ」

 木材は“生きた素材”なので気候による劣化は少ないが、シロアリ等の虫食いや雨漏りによる腐食で倒壊する危険性があるし、なにより火災には脆弱だ。
それゆえに一般的な木造住宅の寿命は二十数年がいいところ。
 定期的にメンテナンスすれば、それこそ何百年でももつ家になるが、素人には見えない部分なだけに危険に気づかないことも多いし、生活するのがやっとで劣化に気づいても放置する庶民も多い。

 だが、鉄筋コンクリートが台頭してくれば、その常識は覆る。
 メンテナンス費を出さずとも、百年住める家。

 無論、木材よりコストがかかるのは明白で、普通の木造住宅より格段に初期費用を投じることになり、初期段階では庶民にはなかなか手が出せない代物だ。
 しかし、何世代にも渡って住み続けられるとなれば、金を惜しまない者も出てくるはずだし、特許権の使用切れや技術の進歩と共に価格が下がり、いずれはジゼルの知る現代のように一般の住宅にも浸透していくだろう。

「……この鉄筋コンクリートとやらがすごいのは分かった。だが、木材より生産コストがかかる上に特許料までとられるんじゃ、そう簡単に使いたがる奴が出てくるとは思えん。その場合ワシらが丸損することになる」
「ウチの読みでは、結構な儲けが出ると踏んでるんですけどねぇ。親方さん、記録的な大雪やったあの冬を覚えてはるでしょう?」

 缶詰誕生のきっかけとなった、あの大雪である。
 屋根が抜けて商品が台無しになったのは、なにもベイルードだけではあるまい。王都も結構な積雪があったというし、皆一様に何かしらの被害を受けているはずだ。
 今のところ物価も景気も安定しているし、まだまだ災害の記憶も新しい今なら、需要はかなり見込めるとジゼルは予測している。

「ウチの領地でも、雪害で崩れた建物も多かったと報告がありました。まだその教訓が生きてる時期ですし、頑丈な建材を発表したらみんな飛びつくと思うんですけど、どないですやろ?」
「うむ……」

 棟梁もその言葉に納得を示しつつも、やはり踏ん切りがつかない様子で明確な返事は避けた。
 ジゼルは鉄筋コンクリートの建物がどれだけ頑丈なのか、前世で地震やら台風やら数々の災害を乗り越えてきたからこそ売れる自信があるが、そうでない人にとってはこれが金になるのか信じ切れていないのだろう。
 ジゼルは説得方法を切り替えることにした。

「親方さんが慎重になる気持ちも分かりますし、ほんなら一旦お約束の工賃はお支払いしましょう。その代わり、特許権で利益が出たら、割引してもらうつもりやった分を再開発計画の基金にキャッシュバック……えーっと、お金で返還してもらう形にしましょか。それやったら、ウチもそちらさんも損はありません。特許がヒットしたら、普通にお仕事するより儲かりますよ。どないです?」

 まず確実に収入が得られることで相手は安心する。特許が鳴かず飛ばずだったとしても自分が損をしないと理解すれば気持ちは前向きになるし、ジゼルの言うように逆にヒットすればボロ儲けだ。
 工賃の値引き額を差し引いても、工房にとって利益しかない。
 ジゼルの方も基金にキャッシュバックされればまた違う利用方法を考えるし……今回のことを恩に着せることができれば、今後も仕事を頼むときに値引き交渉しやすくなる。
 お互いウインウインな関係というわけだ。

「ふむ……お嬢さんがそこまで言うなら……」
「ほな、交渉成立ですな」

 ……そこから有無を言わせないスピードで契約書や誓約書を交わし、ついでにブンブン握手も交わして帰った。
 テッドから「悪徳業者みたいですね」と突っ込まれたが、きれいさっぱり無視した。騙すつもりなんかこれっぽっちもないからだ。

 それから一年。
 鉄筋コンクリートは予想以上に普及し始めている。

 どんなに物がよくても知名度がなければ意味がない。
 単に商工組合に登録しただけでは誰も見向きもしない。
 というわけで、工房の若い職人たちに頼んで、実演販売を真似た街頭デモンストレーションをやってもらったのだ。

 金槌で何度叩いても割れない、たき火の中に突っ込んでも燃えない、優れた新建材を周囲に知らしめたら問い合わせが殺到し、富裕層の自宅や商品倉庫などのリフォーム素材として重用されているらしい。
 ゆくゆくはフル鉄筋コンクリートの家ができるかもしれないが……工場で大量生産できる時代が来ない限り実現は難しい。きっとまだまだ遠い未来の話だろう。

 などとぼんやり考えていると、

「お、遠くから見てもしやと思って来てみたら、やっぱお嬢サマと我が弟じゃねぇか!」

 ジゼルを“お嬢サマ”呼びする、どこかで聞いたような声。
 それに弟という単語。
 二つが結び付くと導き出される該当者は一人しかいない。
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