ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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幕間 変革の予兆編

ツッコミはオートスキルです

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 グロリアから衝撃の伝言をもらって一週間後。
 ジゼルは馬車に揺られて王宮へと赴く道すがら、先日のやり取りを回想していた。

「……活用法って言われましても、源泉から使いたい場所までパイプで引っ張ってきて、ポンプで汲み上げるだけでよろしいですけど? そりゃあ、温泉の温度や質によって水で薄める必要はありますし、湯舟は陶器やのうて木や石で作るのがベストではありますけど、注意するのってだいたいそれくらいですから、ウチより建築の専門家呼んでもらう方がええと思いますけども」

 温泉の質によっては、湯から発生するガスが原因で呼吸器に異常が起きたりするが、密閉空間でガンガン源泉かけ流しにするわけでもなく、必要な分を汲み置きするだけならそう危険はないはずだ。

「ああ、そういうことではないようの。あの温泉を使って領地の収益を上げられないか、というご相談のようね」
「はい? まさか、領地経営のご相談ですか? バレたらえらいことになりません?」
「ふふ、そう深刻に考えなくてもいいのよ。あくまで世間話の過程で温泉を利用する方法を訊くだけであって、経営の補佐をさせようというわけでもないし、王領といっても実質レーリア様が治めている領地だから、陛下といえど軽々しく踏み込めない領域よ。ジゼルさんが過剰な見返りを要求しない限り、王家に対する背任行為には当たらないわ」

 いやまあ、うろ覚えの知識を披露しただけで対価を要求しようなど考えてもいなかったが、グロリアがそう言ってくれるのなら安心だ。
 ただ、領地経営として温泉を活用するなら、ポルカ村の時のように思いつきを並べるだけでは不十分である。いくつか案を考える時間がいるので、一週間ほど猶予をもらって現在に至る。

(そういえば、王宮にこんな形で行くのは初めてやなぁ……)

 実を言えば、ほぼ強制参加の舞踏会以外で王宮に行くことはない。
 普通なら上級貴族の一員として、王宮で開かれる茶会や花の鑑賞会など様々な催し物に招かれても不思議ではないが、そういう場を仕切るのは大抵が王妃権限をもつ側室のバーバラ。

 ただでさえ、ミリアルドとの婚約が内々定状態だったにも関わらず、息子の勝手で反故にしたことで後ろめたい気持ちがある上に、アーメンガートと懇意にする過程で彼女自身ジゼルに対して悪印象が植え付けられている。
 義理でも呼ばれるはずがない。

 それに、長年王宮に住まうアーメンガートが、でっち上げのいじめ話や悪評を流してきたせいで、使用人や下級役人の多くがジゼルのことを“悪役令嬢”として認識しているものだから、用がなければ行きたい場所ではない。
 そのため、公爵令嬢という身分があっても王宮とは絶縁状態。

 それでいて社交界で爪弾きに会わずやっていけているのは、身分に加えて上級貴族の友人たちとの付き合いと――正妃レーリアの後ろ盾だ。
 政界から退いた半隠居のような身の上ではあるが、グロリアのように個人的な付き合いをしている者は少なからずいるし、側室の分際で大きな顔をするバーバラを快く思わない権威主義者などは、レーリアの派閥に属しているので、『敵の敵は味方』という理屈ではあるが対立せずに済んでいる。

 そう思うと、本当に自分は運がいいというか、他人によって生かされていることを痛感し、ありがたいやら情けないやら……と、話しはずれたが、ともかくレーリアには浅からぬ恩があるのは間違いない。
 エントール王国における温泉の第一人者として、適切なアドバイスをすることで少しでもそれを返せたらいいと思う。

「はぁ。せやけどレーリア様のお招きとか、めっちゃ緊張するわぁ。なんか粗相をやらかさへんか心配や……」

 前世での社会人経験も踏まえて社交スキルはまあまあの自負はあるが、普段付き合いがあるのは家格的に同格か格下の人間が相手なので、年功序列の問題で気を遣うことはあっても、不敬に関してはさほど気負うことはない。
 公爵令嬢という恵まれた身分のおかげで、自分より身分が上の人間と接する機会が少なく、うっかり何かやらかすのではないかと不安だ。

 落ち着かない気分を紛らわすため、今日のために用意したプレゼン資料や、父に頼んで出してもらったポルカ村の温泉設備建設時の設計図や帳簿を、意味もなく眺めたり整理したりしていると、対面に座るテッドがクスリと笑う。

「心配なさらずとも、お嬢様は常にやらかしておいでですが、毎度どうにかなっているので大丈夫でしょう」
「なんやねんそれ、フォローになってへんし! ていうか今さらやけど、なんでテッドがここにおるん?」
「お嬢様の従者ですから、お供することになんの不思議もないはずですけど」

 二十歳を過ぎた男が、小鳥のように可愛らしく小首をかしげても様になるのは、イケメンの特権か。
 普通の乙女ならキュンとくるかもしれない場面だが、イラッとしてもときめかないのがジゼルである。
 生まれた時から恋愛スイッチが行方不明のブサ猫令嬢には、今日もフラグは立たないらしい……というつまらないモノローグはさておき。

 ジゼルが出かけるとなれば護衛も兼ねて同行するテッドだが、それはあくまでグリード地区の慰問や商談の時など貴族としてはオフモードの場合がほとんど。
 爵位を守る後ろ盾欲しさにジゼルを狙っていたトーマを警戒するため、コーカス邸に行く時だけが例外だったが、それ以外の時は屋敷で留守番をしているのが常で、ロゼッタが結婚前にビショップ邸に行く時も同行した覚えがない。

 だから、知り合う前に社交界に顔向けできないような、とんでもないことをやらかしたのかとジゼルはこっそり疑っていたが……テッドはロクデナシ王子の片割れとして有名で、社交界に滅多に顔を出さなかったとはいえ、高位の文官武官や要職に就いている上級貴族には面が割れている。
 仮にも王子が使用人をやっているなど世間に知られたら厄介だったので、そういう外出先を避けるしかなかっただけだが、元々自分の住んでいた宮に行くなら別問題だ。あらかじめ母親には通達してあるし、あそこに勤める使用人たちの情報統制は完璧だから、外部に漏れる心配もない。

 そんな事情を何も知らない主に、あらぬ疑いがかけられていたテッドだが――その程度のことを彼が察していないわけがなく、あれこれ想像して百面相をするジゼルが面白いので放置している。

「まさかとは思うけど、レーリア様のところまで一緒に来るなんてことあらへんよな?」
「おや? 私がご一緒しては、何かまずいことでも?」
「レーリア様の前で漫才リスクが上がるっちゅーことは、めっちゃまずいことやろ。頼むから、余計なことは言わんとってや」

「私は至極真っ当な返しをしているだけで、どちらかというと、お嬢様が余計なことをおっしゃってるだけだと思いますが」
「そういう可愛ないところが突っ込みどころなんや! なんでもええから、レーリア様の前では置物みたいに黙っとり!」
「はーい」
「……絶対信用ならん返事やなぁ……」

「そんなに嫌なら無視して突っ込まなきゃいいじゃないか」と他県民は言うかもしれない。
 しかし、ツッコミは大阪人の本能というか条件反射というか、もはや生理現象のようなもので、我慢すると体によろしくないのだ。もちろん突っ込んでいい相手かどうかの見極めはするが、できる相手をスルーし続けるのはストレスが溜まる。

 いらぬ不安材料を抱えることになったが、さすがのテッドもレーリアの前で無駄口を叩かないだろうと思い直し、到着する前に今一度プレゼン内容を練り直すことにした。
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