ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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第四部 思春期編

辺境の現状

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「ジゼル・ハイマンか……興味本位で顔を合わせただけだが、なかなか興味深い令嬢だったな。商人たちから崇められるだけのことはある」

「興味本位の割には、ものすごい食いつき方でしたがね」
「猫と同列に扱われて喜ぶ令嬢がどこにいるんですか」
「ガンドールの品位が著しく下がったとしたら、殿下の責任ですからね」

 来客が去ったのち、ガンドールの民族衣装に袖を通していたゼベルが誰にともなくひとりごちると、側近たちが口々に容赦ない突っ込みを入れた。
 それにばつ悪そうに眉根を寄せつつも、ゼベルは反論する。

「仕方ないだろう。あんなにそっくりだとは思わなかったんだ。あー、またヨルドみたいな猫が飼いたくなってきたなぁ……あの不細工な顔がたまらなく恋しい……!」
「いけませんよ。第一夫人は猫好きですが美猫派ですし、第二夫人は猫アレルギーですし、第三夫人は大の猫嫌いじゃないですか」
「どこにも飼える要素ないですね、殿下……」
「だ、だから、この姿絵だけで我慢してるんじゃないか……」

 等しく愛しい妻たちであるが、何故か猫に関してだけは相容れない。娘や息子たちにもブサ猫のよさを広めてはいるが、各々の母親の影響かいまいち反響がない。
 そもそも、ヨルドのような猫は探しても案外見つからないもので、子供の頃拾ったのは本当に幸運だったとしか言いようがない。

 ゼベルは外遊を有利に進めるための情報収集要員として、世界各地を巡る行商人たちに伝手を持っている。
国政の中枢に直接乗り込んで諜報活動するにはリスクが伴うが、一般人の噂話を集める程度ならほぼ危険はないし、商人同士の繋がりから思いがけず面白い情報が拾えたりする。商人ネットワークはワールドワイドである。

 しかし、そのネットワークを駆使してもヨルドのようなブサ猫は見つからない。
 ……ブサ猫令嬢は釣り上げたが、人間を猫扱いするほど落ちぶれてもいない。

「ま、まあ、その話はそれくらいにして――それで、どうだったんだバルザ」

 愛猫恋しさのため息をつきつつも、ゼベルは気持ちを切り替えて側近の一人を振り返る。
 軽口の応酬に参加せず一人黙考に耽っていた、中年を通り過ぎ初老に差しかかろうかという一番年かさの彼は、伸ばした髭を撫でながらゆっくりとうなずいた。

「……なにぶん老いぼれの遠い記憶ですので確信は持てませんが、あれほど特徴的なお顔ですから十中八九間違いありません。あのお嬢様は――」

 バルザが核心に触れる言葉を発する前に、控えめなノック音が聞こえてくる。

「なんだ?」
「殿下、そろそろお戻りください。不在が不審がられているようです」
「分かった、すぐ行こう。バルザ、話はあとで」

 思ったより長く中座していたようだ。
 会場の熱気に当てられたからと一旦控室に下がっていたが、一国の代表者たるものがその程度の理由で長時間離席していていい理由にはならない。
 あまりに姿が見えないと間諜を疑われるかもしれない。

 ドア越しに聞こえてきた護衛の声にうなずき、さっさと身支度を整えて部屋を出る。
 今回の主目的は同胞から女神と呼ばれるジゼルと対面し、褒美を授けがてらを確かめるためあったが、もう一つ忘れてはならない用件もある。
 ダンスには不向きな民族衣装で会場に舞い戻ると、残念そうにしながらもぼんやりと見惚れる令嬢たちの視線が刺さる。それを営業スマイルで軽くいなしながらサラリと無視していると、外務大臣がこちらにやってきた。

「おや、ゼベル殿下。ご気分が優れないとおっしゃっておられましたが、お加減はよくなりましたか?」
「ああ。少し休めばこの通りだ。もしや窮屈な服のせいだったのかもしれんと思い、慣れた衣装に着替えてきたのだが……周りからやけにジロジロ見られるのだが、やはり場をわきまえぬ装いだっただろうか?」
「いえいえ、そのようなことは決して。珍しいお召し物に皆興味津々なだけでございます」
「そうか、ならばいいのだが」

 両者の間で前もって口裏を合わせていた不在の理由を、聞えよがしな音量で周囲に知らしめたのち、おもむろに声のトーンを落として問いかける。

「それはそうと、そなたに一つ頼みたいことがあるのだ。辺境の治安を任されているのは、確かヘンドリック辺境伯だったな。会わせてもらえないだろうか? 行商人たちの安全を守ってもらっている礼が言いたいのだ」
「なるほど。ですが、辺境伯は今宵の宴には出席されておりません。後継の子息でよければお取り次ぎしますが」
「構わない。頼む」
「……では、呼び出しますのでお待ちください」

 傍を通りがかった従僕に指示を出し、辺境伯令息を呼び出す。
 ついこの間まで訪れていた隣国フォーレンで、近頃辺境の民に変化が訪れていると、馴染みの商隊から情報を得た。

 よほど金回りのいい商人出ない限り、エントールとフォーレンを行き来するのに陸路を使う。
 ほぼ内陸国のエントールは港が少ないので利便性が悪く、おまけに利用料が割高なのだ。

 なので両国の国境を越える際には、辺境の民が住まう緩衝地帯を通るのだが……そこで彼らは、一部の部族が近代的な武器を所有しているのを目撃した。
 軍に配備されるような最新のものではなく、地方の自警団などに払い下げされるような型落ち品ではあるが、それが辺境まで流れてくることはまずない。武器や火薬を辺境の民に売ることは、両国とも法律で禁じている。

 理由は言うまでもなく、祖国に攻め入られる危険性があるからだ。
 違法売買に手を染めれば極刑一択。国だけでなく辺境伯家も厳しく取り締まっているので、いかにがめつい商人であっても決して手を出さない。

 それゆえに長年辺境の治安は保たれ来たわけだが、それが突然崩れ始めている。しかもエントール側でのみだ。
 念のためフォーレンでも探りを入れてみたが、これといって疑わしい点はない。

 あちらの国王も王太子も内政にこと力を入れているので、領土拡大の野心はなさそうだし、国力の差から鑑みて戦争を吹っかけても勝ち目は正直ない。
 政争により廃嫡された側室腹の第一王子が国境警備隊に属しているが、義弟の失脚を狙って辺境に武器をばら撒いたところで、クーデターを起こす前に自らの首を絞める公算の方が高い。百害あって一利なしだ。
 辺境伯が金欲しさにやったとも考えられるが、周囲から伝え聞く質実剛健とした人柄からしてその線も薄い。

 フォーレンはおそらくシロ。となると、エントールが火種と考えるのが自然だ。

 今はまだ慣れない武器を振り回す様子もなく、目立った混乱は起きていないが、近いうちに部族間の抗争から飛び火して、民間人が犠牲になる事件が起きないとも限らない。
 無論、遠い異国に住むゼベルからすれば、この国の人間がどうなろうと些事ではあるが、同胞が巻き込まれる可能性がある以上調べないわけにもいかない。

 ややあって現れたのは、やけに細身で色白な青年だった。執務室に引きこもっている文官ほど貧弱ではないが、到底荒事には向きそうにない。
 これで辺境で生きていけるのか、他人事ながら心配になるような容貌ではあるが、生まれ持っての個人の資質を変えるのは難しいし、上に立つのであれば単純な武力より知略と人徳がものを言う。
 ましてやゼベルは部外者だ。口を挟むことではない。

「……お待たせいたしました。ビクトリカ・ヘンドリックでございます」
「わざわざ呼び立ててすまない。辺境の治安を守るそなたらに直接礼を述べたくてな。近頃を持った異民族がいるにも関わらず、行商人たちが安全に商売をできるのは、ひとえに辺境伯家が治安を守ってくれているおかげだ。すべての同胞に変わって感謝する。エントールの民のためにも、より一層奮闘してくれることを願うよ」

「……もったいないお言葉でございます。今も領地に留まり、勤めをまい進する父に伝えれば、さぞ喜ぶことでしょう」

 辺境の民の持つ武器が近代的なものだと知っているぞ、とさりげなく示唆すると、わずかにビクトリカの顔色が変わった。
 それは自分の知らない事実を示されて驚いているというよりも、やましいことを突かれて動揺している風ではあるが……断定できるほど明確な反応ではない。

 若いとはいえ貴族の端くれ、そう簡単に尻尾は出さないようだ。
 もう少し言及したいところだが、これ以上深追いをすれば内政干渉になりかねない。藪蛇の前に話題を逸らすことにする。

「ぜひお伝えしてくれ。ところで――辺境には一風変わった生き物が見かけられるというが、猫はどうだろう?」
「は……猫、ですか?」
 いきなり話がブサ猫に飛び、ビクトリカは間の抜けた声を上げる。
 カマかけで警戒していたところに、突拍子もない話題を振って思考を麻痺させ、けむに巻こうという作戦ではあるが……その実、己の欲望に忠実なだけだったりする。

 皇子だとか外交官だとかいう外面はどうにか保っているが、隠し切れない好奇の光が瞳の中でキラキラしている。

 傍にいた側近にはそれがはっきりと伝わったが、「またか」と思いつつも眉ひとつ動かさず、きれいにスルーした。

「そう、猫だ。個人的なことで一等不細工な種を探しているのだが、そういうのはいないのか?」
「一等、不細工、でございますか。さ、さあ……危険な獣については熟知しておりますが、人の飼うような猫についてはさほどくわしくなく……」
「獣の中には猫の仲間もいるだろう? 多少大型でも狂暴でも構わん。国元には虎や豹を飼いならす優秀な猛獣遣いがいるのでな」

「そ、そうはおっしゃられましても……獰猛な顔つきの獣は多々おりますが、ゼベル殿下がお求めになるような種はいなかったと存じます。お力になれず、申し訳ありません」
「そうか。いや、こちらこそ変なことを訊いてすまなかった。気を悪くしないでくれ。もう下がってよいぞ」
「……では、御前を失礼します」

 深く頭を下げて去って行くビクトリカの脳裏には、痛い腹を探られたことなどすっかり吹き飛び、何故異国の皇子が執拗に不細工な猫を探しているのかという疑問が渦巻いていた。
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