ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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第四部 思春期編

投げるな危険

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 血は繋がってなくても親子……なんてのんきな感想を漏らしている場合ではない。

「え、えっと……それは、ガンドール式のジョークでございますか?」
「エントールではジョークで求婚するのか?」
「……いえ、失礼しました」

 笑っていいところか訊いてみたが、どうやら違うらしい。
 さて、どう答えるのが正解なのか。

 公爵家は王家の分家筋に当たる家柄で、ガンドールの皇族に嫁ぐことに問題はないが、同じ玉の輿でも自国の王子に見初められるのとは次元が違う。
 文化や言葉を一から覚え直しだとか、外交以外では家族に会えないとか、会社を手放すことになるとか、いろいろ個人的に困ることも多々あるが、そんなことよりも国家を揺るがす大問題がある。

 相手が皇位継承戦から外れている第六皇子だとしても、皇族と婚姻を結ぶということは、ただの友好国以上の強い政略的繋がりを両国の間に築くということ。
 半泣きになりながら学んできた歴史の中でも、この国ではガンドールに嫁いだ者はいないはずなので、仮にそうなったとすればジゼルがエントール人の代表として帝国国民に紹介され、彼女の一挙一動がエントールを示す振る舞いと認識される。

 つまり、ジゼルが彼の元へ嫁げば『エントール人=大阪人』という誤った方程式がガンドールを含めた東大陸の周辺諸国に根付き、一歩間違えればこの国の品位や価値を著しく貶めることもありえる。
 いや、これまでもやらかしている自覚があるだけに、むしろそんな未来しか見えない自分が悲しい。

(つーかその前に、ウチの素性がバレたら人生アウトやけどな!)

 なにしろジゼルは屋敷の前に置き去りにされていた、どこの馬の骨とも知れない拾い子である。
『曾祖母と生き写し』というでっち上げ工作で、家族と似ていないことへの説明をつけているし、堂々としていれば案外ばれないので困ったことはない。
 たまに血縁を疑う人間もいるが、積極的に追及されることはない。

 それは公爵家を敵に回したくないというよりも、「あんな不細工を養女にする意味がない」という、至極単純かつごもっともなご意見からである。
 アーメンガートのように美しければ、自慢もできるし政略の駒にもなるしで利用価値は高いが、ブサ猫令嬢では価値がないどころか汚点にしかならない。
 なのに、目の中に入れても痛くないほど溺愛しているのだから、あれは間違いなく血縁なのだろうと誰もが考えている。

 しかし、本格的に調べられたらあっけなく露見する。
 ひとたびその事実が白日の下に晒されれば、ハイマン家は没落確定。
 縁もゆかりもない拾い子を実子として戸籍に乗せているのだから、場合によっては爵位の降格あるいは剥奪も考えられる。

(そう思ったら、ウチはミリアルドと婚約せんでホンマよかったわ。シナリオ通り婚約破棄されることになったら、粗探しのために突っ込んで調べられたやろうし、そうなったら家族まで破滅するところやったで)

 どんな意図があったか未だに分からないが、アーメンガートの闖入には感謝だ。
 そんなタラレバはともかく、仮にその事実を伏せたままガンドールに嫁ぎ、のちのち露見すれば国際問題に発展し、一族郎党処刑されてもおかしくない。

 これが最初で最後の求婚かもしれないが、わざわざ自ら破滅フラグをぶっ立てに行くことはあるまい。
 というかよく見たら、冷や汗混じりに頭をフル回転させるジゼルを見下ろす彼の口角は、楽しげにニヤついている。本気で求婚しているわけではないのは明白だ。

 なんだか腹が立つが、おかげで少し冷静になれた。

「……もしも本気でゼベル様がそう望まれているのでしたら、ウチやなく国王陛下にお許しを得てください。国の大事を左右することですから、ウチの一存で勝手に返事をしたら、家族もろとも処罰されてしまいますわ」
「おや、振られてしまったな。まあ、皇帝以外の皇族は三人までしか妻は持てないから、どの道無理なのだが」

「端から無理ゲーか!」――と突っ込みたいところをグッと堪えた。
 その反動で、膝がカックンっとなって地面に崩れそうになるが、すぐに持ち直す。
 大阪人は、何かしらリアクションしないと落ち着かない生き物なのだ。

「で、殿下……」
「ははは、そう怒るな。妻にはしてやれないが、代わりにこれを受け取るといい」

 ゼベルは左右の袖口のボタンをおもむろに外すと、それをジゼルに向かってひょいっと放り投げた。

「ひゃあ!?」

 慌てて両手を差し出して、見事キャッチする。
 コントロールがよかったのか、すんなりこちらの手元に落ちてはきたが、物を投げられたことなどないおっとりとした令嬢相手だったら、そのまま地面に転がっていてもおかしくない。

 ほっとしながら手のひらのものを観察すると……父や兄が使っているカフスボタンよりやや大ぶりの、常夜灯の明かりでキラキラと輝く金の土台に、大粒の翡翠が埋められたカフスボタンだった。

 皇族が使っているのだから、メッキということはあるまい。十中八九純金か、それに近い純度があるに違いない。しかも翡翠は、東の方では金より価値がある宝石として重用され、高額で取引されていると聞く。

 それを一対、つまり二個だ。
 概算のお値段だけでもゾッとするのに、裏にはガンドール皇族の紋章と、シリアルナンバーらしい数字が刻まれているではないか。

(これ、絶対に投げたらアカンヤツやろ!?)

 戦慄と共に脳内絶叫する。
 従者にポイポイお駄賃の飴玉を投げているジゼルが、お行儀の良し悪しを言えたクチではないが、さすがにこんな大事なものを放り投げないだけの常識はある。
 そもそも渡し方以前に、皇子の私物は気軽に下賜していい代物ではない。

「ちょ、ちょっと殿下……!?」
「ははっ。見かけによらずいい反射神経だな、女神殿」

 言いたいことが多すぎて喉元で渋滞して、うまく台詞にならないジゼルを楽しげに見下ろしつつ、褒めているのか貶しているのか分からない発言を飛ばすゼベル。

「あの、さすがにこんな大層なモンいただくわけには……」
「いいから受け取れ。これはそなたとガンドールとの友好の証だ。その証を持つ者には礼を尽くすよう、同胞に伝えると約束する。特にこちらに赴く商人には広く周知させよう。困りごとがあれば遠慮なく頼るといい」
「えええ……」

 なんなんだ、その伝家の宝刀的アイテムは。
 しかし、なんとも効果が限定的なお助けアイテムである。

 あの商隊のように定期的にやってくる者たちがいるとはいえ、街中でガンドール人を目にすることは少ないし、公爵令嬢が異国人に頼らねばならないことがそうそう起きるだろうか。

 そう考えると、目玉が飛び出るような代物も無用の長物だが……アーメンガートが未だ敵視してくるし、まだシナリオを完遂したわけでもないし、悪役令嬢としてざまぁされて国外追放される可能性がないわけではない。
 どの程度便宜を図ってもらえるかの確証はないが、路頭に迷わないための切り札としては有効だ。

 ……だが、国に黙って褒美を賜るのは、いかがなものだろう。
 もしこのことが王族に知れたら、内通だの反逆だのの疑惑をかけられて処罰の対象になるかもしれない。

 かの源義経も、朝廷から勝手に官位を賜ったばかりに頼朝の怒りを買い、追討されることになったと聞く。
 抜け駆けは身を亡ぼすもとである。
 先人に倣えばお断りすべきだが、突き返すのも失礼に当たる。

 無い知恵を絞って、己の保身と国の面子を保つ落としどころを探す。

「……誠に恐れながら、王家に忠誠を誓った身ですので、褒美としては受け取ることはできません。殿下が落とされたものをウチが偶然拾い、次にお会いした時にお返しするために一時的に公爵家が保管している――ということでよろしいですか?」
「ふむ。まあ、仕方がないな。そなたの平穏が守るには、一番もっともな建前ではある。もしエントールからクレームが来れば、そのように対処するようにしよう」
「ありがとうございます」

 カフスボタンを捧げ持ちながら、深々と頭を下げて感謝を示したのち、それをハンカチでしっかり包んで父に預け、上着の内ポケットに仕舞ってもらった。
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