ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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第四部 思春期編

間の悪い男

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 それからしばし世間話をしている間に、会場に流れる曲がイージーリスニング調からワルツに変わる。
 通常なら国王夫妻のファーストダンスを皮切りに始まるのだが、今宵はアーメンガートを前面に押し出す作戦なのか、婚約者カップルのダンスがスタート合図となった。

 さっきまで一緒だった友人たちも、婚約者やお付き合いしている男性にダンスに誘われ、名残惜しそうにジゼルの傍を離れていく。
 一人減り、二人減り、そのうちにトーマと二人きりになる。

 兄夫婦とは最初から別行動で、両親は見えるところにいるが、おしゃべりな知り合いに捕まっているようでこちらに来る様子はない。

(うーん、お腹減った……)

 そこそこイケメンと二人きりだというのに、ときめきではなく空腹を覚えるジゼル。
 とことん恋愛スキルが陥没しているが、朝からバタバタしていて消費エネルギーが半端でなく、一口二口摘まむ軽食だけではぽっちゃり体形を維持するには燃料不足なのだ。仕方がない。

 しかし、中身は面の皮の厚い大阪のオバチャンでも、一応は淑女の端くれ。色気より食い気を晒すのは気が引ける。
 恋人でも婚約者でもないのに、付き添いのような真似をさせるわけにはいかないし、いつゼベルが接触してくるかもわからない。
 巻き込んだら可愛そうなだし、どうお別れを切り出そうかと考えていると、

「ジゼル嬢……その、このあとのご予定は?」

 なんだか落ち着きのない様子でトーマが問うてくる。
 トーマとしては邪魔者のいない絶好のチャンスを生かすべく出方を窺っているのだが、そのあたりの機微に疎いジゼルは、「他に誘いたい女性がいるから、こいつのお守りをどうにか切り上げたい」という風に捉えた。

 いつもくっついているアンもおらず、気になる相手と急接近するまたとない機会だ。それを逃させては、末代まで祟られること請け合いである。

「あ、ウチのことは気にせんと、どうぞご自由にお過ごしください。ウチはその辺におるお父ちゃんらを捕まえますんで」

 馬に蹴られたくないジゼルは、何か言いたげなトーマに片手を上げて制すると、にこやかに「ほな、ごきげんよう」と踵を返そうとしたが、

「ま、待ってください」

 何故か引き留められる。

「どないしましたん?」
「あー、その……もしよろしければ私とおど――」
「ハイマン嬢、コーカス伯爵。火急の用にて、お取込み中失礼します」

 誤った方向に空気を呼んでしまったジゼルの軌道修正に乗り出すべく、トーマが意を決してダンスに誘おうとした時、何者かが割り込んで来た。
 出鼻をくじかれムッとしたトーマが思わず睨み返すが、その人物がマグノリア外務大臣と娘のリインだと気づき、慌てて居ずまいを正して礼を取る。

 コーカス家はそれなりに財力のある家柄であるが、所詮は伯爵だし特別な役職についているわけでもなく、地位も身分も格上の相手にはへつらうしなかい。
 一方のジゼルは同格の公爵家だし、リインとは友人でもあるので、気負うことなく軽めの挨拶だけで済ませる。

「マグノリア公爵、どないしはりましたん?」
「その、ご歓談のところ誠に恐縮ですが、例の件で少々お時間を拝借したいのですが……」

 第三者の耳があるからかもったいぶった言い回しをしているが、きっとゼベルに関わる話だろう。娘と一緒なのは、いくらと父親と同年代とはいえ、男と二人でどこかへ行ったなどと噂されることを避けるためか。
 事情を知らないトーマは怪訝な顔をしているが、高位の者同士の会話に口を挟むほど命知らずではない。

「分かりました。それで、ウチはどないしたらいいんです?」
「ここではなんですので、場所を変えましょう。コーカス伯爵、無粋な真似をして大変申し訳ありません」
「い、いえ……どうぞ私のことはお構いなく……」

 格上の相手から丁重に謝られ、しどろもどろになりながらも笑顔をキープするトーマ。
 ジゼルとの距離を縮めるチャンスをふいにしただけでなく、完全に蚊帳の外に置かれて放置されるなど非常に面白くないが、保身のためにもそう答えるより他はない。

「ところで、ウチ一人だけやと失礼があっても困りますし、両親も同席させてほしいんですけど」
「ご夫妻はすでに別の者がご案内しておりますので、どうぞご安心を」

 そう言われて初めて、さっきまで見えるところにいた両親がいなくなったことに気づいた。仕事が早すぎる。
 いや、家族が一度にゾロゾロと動いては目立つから、気を利かせてくれたと思うべきか。

「ほ、ほんならよろしいですわ。すんませんね、伯爵。ほな、今日はこれで失礼します。事業の件でなんかありましたら、いつでもご連絡くださいね」
「え……ええ……」

 ジゼルにまったく悪意はないが、この言い方だとビジネス以外で関わる気はないと言ってるのも同義だ。こうも意識されていないのは、虚しいを通り越していっそ清々しい。
 さっきまで一応は二人きりだったというのに、名残惜しさなど微塵も感じさせない笑顔で、お手本通りのカーテシーで挨拶をし、外務大臣父娘と共に遠ざかっていくジゼルを見送りながら、トーマは人知れずため息をつく。

 出会ってこの方、距離を詰めようとすれば邪魔が入ったり無邪気に線引きされたりと、何一つうまくいかない。
 見た目も言動も貴族令嬢らしからぬ少女で、相手がよっぽど特殊な性癖でもない限り、どう転んでも結婚できそうにないと見たから、少し押せばすぐに手に入るとばかり思っていたのに、こんなに悪戦苦闘するなど想定外だ。

 初めは夢見がちな少女にありがちな、法外な理想の高さゆえに相手にされないのかと思ったが、類稀な美丈夫である従者にも恋情の欠片も見せないし、美貌と権力を合わせ持つ王太子にも見惚れる様子もない。

 ジゼルは鈍感という次元を通り越して、恋愛や異性に対する興味がないのだと早々に気づき、他にも候補として考えている令嬢へターゲットを切り替えようと思っていたのだが……どういうわけか踏ん切りがつかない。
 みすみす逃がすには惜しい獲物だからか、すげない態度を取られるからムキになっているだけなのか、それとも――

「いやいやいや、ないないない……」

 妹と変わらない年頃の少女に、ましてや見目も悪い上に型破りすぎる令嬢に、成人して何年も経つ自分が本気になるわけがない。
 いつものようにそう結論づけたところで知り合いに声をかけられ、知らない間に本心に蓋をしたトーマだった。
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