ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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第四部 思春期編

懐かしのあの味

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「なるほど。皇子さんが悪いお人やないのは分かりました。ほんなら、緊急回避以外に、ここを訪問する理由に他に心当たりはあります?」
「そうですナァ……申し訳ありまセンが、我々には分かりかねマス……」
「あなた方が噂する女神様を拝みに来た、なんて線はありませんか?」

 おもむろに投げかけられたテッドからの質問に、商人たちは首をひねる。

「どうでしょウ……我々の間では女神様を崇める者は多いですが、皇族まで噂が浸透しているカまでは、分かりかねマス」
「ですガ、もしご存知であれば可能性はあるかト。ゼベル様はとても信心深い方と聞きマス」

 気まぐれなのに信心深いというのは、どこか矛盾している気もするが、今はそこを掘り下げている場合ではない。

「もし私の考えが合っているなら、王宮に正しい情報が入ってこない理由も説明がつきます。大国の皇子がお嬢様に会いに来たと事実そのままが伝われば、連動してお嬢様のかつての善行が世間に知られ、アーメンガート様のお立場が悪くなります」
「せやねぇ……もしそうなら、ヒューレンの領主はミラのお父ちゃんやから、ウチに気ぃ遣うてくれたんやろうな」

 アリッサ侯爵家とは昔から友好的な関係を持ち、当主も女だてらに商売をするジゼルを応援してくれているいい人だ。

 デビュー以来、ミリアルドの同伴が必須という条件下で、王宮以外の社交場にチラホラと顔を出し、美貌の王太子妃として絶賛売り出し中のアーメンガートだが、際立った実績がないと言うところは以前と何も変わらない。
 それに対してジゼルは、母の手伝いで子供の頃から慈善活動をしており、グリード地区では有名な“飴ちゃんのお嬢様”だ。王都の商人たちとも手広く繋がり、見た目はともかく損得勘定で付き合うなら、断然ジゼルに軍配が上がる。

 だから、王宮の一部ではジゼルを王太子妃に選び直すべきでは、という声もささやかれており、こっそりその計画に乗らないかと打診されたこともあったが……本人にその気はまったくないし、あれほど婚約者を溺愛するミリアルドが、不細工で因縁のあるジゼルに乗り換えるなど、天地がひっくり返ってもあり得ない話だ。
 あのヤンデレ王太子の執着心は半端ではない。たとえ大国の皇子がジゼルにこうべを垂れたとしても、彼の心は揺らがないだろう。

 しかし、世間は美しいだけの箱入り娘より、人徳があり利益をもたらすブサ猫を選ぶだろう。
 身分が物を言う超縦社会であっても、案外世論は馬鹿にできないもので、国民感情をあおらないためにも『ジゼルを正室に、アーメンガートを側室に』なんてオチもありえなくはない。
 そうなれば、ジゼルはお飾り王妃まっしぐらだ。

 ミリアルドに愛されたいなど毛の先ほども望まないが、公務だけ押し付けられて二人のキャッキャウフフを傍から眺めるだけの人生は、まっぴらごめんである。 

「面倒臭いわぁ……こうなったら、パパッと王宮以外でその皇子さんとご挨拶して、舞踏会では素知らぬ顔してもらうしかないやん。こうなったら侯爵にお願いして、皇子さんと密会できるよう取り計らってもらわなアカンか……」
「それはそれで逆に目立ちますよ。熱愛疑惑とか変な噂が立ったらどうするです? 火のないところに煙を立てるのが、人の世の習いですよ」
「テッドは性悪説派かいな。まあ、否定はせぇへんけどな。うああ、もうなんもかんも面倒臭いなぁ……」

 少し冷めたスパイスティーを飲み干し、さてどう動くのが正解かとポンコツ頭を高速フル回転させる。

「……ほんなら、ゼベル様とやらの情報をできるだけ王宮に持ち込んで、アーメンガートに外交の手柄を立てさせてあげれば、どうにかトントンで収まるやろか」
「それが妥当でしょうね。たとえお嬢様が目的ではなかったとしても、貸しを作っておいて損はないでしょう」

 悪役令嬢がヒロインに関わるとロクなことがないのはライトノベルのテッパンだし、そんなことをしても貸しを作るどころか、逆に恨みを買うだけな気もするが、国際問題が目の前に突きつけられてはそうも言っていられない。

「ほな、そちらさんが知ってはるゼベル様のこととか、お国で流行ってることとか、いろいろと教えていただけます? ウチかて商売人の端くれですから、タダでとは言いません。あとでゆっくりお買い物させてもらいますんで」

 ジゼルたちがこちらの都合の話をしている間、商人たちは気軽に聞いてはいけない話を前に居心地悪そうにしていたが、女神の役に立てる上に商売の話も出てきてパッと顔色を変え、あれこれ親切丁寧に教えてくれた。
 忘れないようにメモを取り、お礼と一緒に「王宮からの買い付けにはできるだけ対応してほしい」とお願いしてテントを辞すると、約束通り小間使いの子供たちに飴玉を配って歩き、露店の商品を見て回る。

 どれも庶民が普段使いするには高いが、滅多に手に入らない異国の商品としては良心的な価格だ。
 神話の動物をモデルにしているらしい、なんともシュールなディテールの民芸品を冷やかし程度に眺めつつ、家族へのお土産を物色したのち、私欲を満たすためにカレーの元になる香辛料も見繕うことにした。

 チリパウダー、コリアンダー、クミン、フェネグリーク、ガラムマサラ――日本製乙女ゲーム世界だからか、おおよそ物の名前が前世と変わらないのがありがたい。
 だが、どんな香辛料を使っているかは知っていても、何をどれだけ配合するかまでの知識はない。

「すんません、おにいさん。カレー作れる香辛料をください」
「カレー……カリーのコトですカ?」
「あー、そうそう。ガンドール風に発音するとそうやと思います」

「女神様ハ、カリーをご存知なのデスか?」
「食べたことはないですけど、そちらさんでは有名なお料理なんは知ってます。どんなモンかいっぺんウチも食べてみたいなぁと思うたんやけど、何がどんだけ入ってるか分からんし、おにいさんのお勧めブレンドいただけます?」

 素人があれこれ悩んで失敗作を量産するより、プロにお任せする方が確実に美味しいものが食べられる。

(よっしゃー! これでカレー粉ゲットや!)

 多分日本人の想像するカレーではなく、本場のインドカレーだと思うが、転生して以来食べていない懐かしい味に出会えるかと思うと、心が弾んで仕方がない。
 ついでにチップと飴ちゃんを弾んで、念のためカレー粉を使ったレシピも手に入れたジゼルは、帰宅するなり厨房に突撃して、その戦利品たちを料理人たちに託した。


 かくして、今日は離れで新婚生活を満喫する兄夫婦も招き、カレーの試食会を催すことになった。

「――っちゅーわけで、今晩はバターチキンカレーや!」

 珍味以外で辛い料理を食べる習慣のないエントール人にも受け入れやすいよう、ハイマン家の食卓に上ったカレー料理第一弾は、お子様にも人気なマイルドな口当たりのバターチキンカレーとなった。
 市販のルーでも辛口以上が当たり前で、エスニック系ならグリーンカレーが好みなジゼルには少し刺激が物足りないが、あれは初心者にはハードルが高すぎる。

「ふむ、これがガンドールの伝統料理なのか。煮込み料理なだけに、見た目はシチューに似ているな」
「お父様は、ガンドールの特使や皇族が招かれた宴には、何度か参加したんじゃなかったっけ? その時食べなかったの?」

「いや、宴の時に出された食事はいつもと変わらなかったし、晩餐会までは参加しなかったからな。もっとも、そこでも我が国の宮廷料理が出されただろうがね」
「そうですわね。お父様からも晩餐の席で、ガンドールのお料理を召し上がったと聞いたことはありませんわ」
「あー……そっか。せっかく異国に来たのに自国の料理を食べるとか、本末転倒だもんね」

 そんな会話をしつつ、カレー独特の空腹を刺激する香りに背中を押されてか、しっかり煮込まれホロホロになった鶏肉をルーに絡めつつ、好奇心半分緊張半分の面持ちで一口食べた。
 すでに先に厨房で味見をしていたジゼルは、家族の反応を見るべくじっと観察していると、瞬く間に彼らの目が見開かれる。

「あら? ガンドールのお料理は香辛料をふんだんに使うと聞いたけど、思ったより辛くないのね。濃厚なバターの風味のおかげかしら。初めて食べる味だけど、とても美味しいわ」
「本当ですわね。このまろやかな味わいと香辛料の香りが、妙に癖になりそうです。これで十何種類もの香辛料を組み合わせているなんて、信じられませんわ」

「このように美味いものがすぐそこで売られているというのに、何故今まで広まらなかったのか不思議だな――ジゼル、この白く平たいパンもガンドールのものなのか?」
「それは“ナン”っちゅーガンドールのお食事パンや。こうやって一緒に食べると、めっちゃ美味しいんやで」

 ナンを一口大にちぎり、スプーンですくった鶏肉とルーを乗せ、即席のミニカナッペのようなものを作って食べる。
 シチューのような煮込み料理やスープなどの汁物に、パンを直接つけて食べるのはマナー違反だ。肉や魚にかかったソースをつけるくらいなら問題はないが、本場の食べ方はきっと貴族的にはアウトである。
 まあ、パンにおかずを乗せるということ自体よろしくないことだが、カレーとナンは一体化して初めて真価を発揮するので、ちょっと見逃してほしい。

(ふふっ、モチモチのナン美味っ! ほんのり甘い中にヨーグルトの酸味が効いてて、それが濃厚なバタチキと合体したら……そらもう最高傑作間違いなしや! アカン、ナンボでも食べれるわぁ……)

 脳内で食レポを展開しつつ「またダイエットが遠のくわぁ」と嘆きながらも、ホクホク笑顔でバターチキンカレーを堪能するジゼル。
 その満足げな顔に指摘する気も失せたのか、身内だけだからいいかと妥協したのか、家族もそろってその真似をしてみたところ……すぐに顔をほころばせた。

「なるほど。カレーだけを食べるより、一緒に食べる方が確かに美味しいね。これがあれば、もう少し辛くても食べられそうだよ」
「せやろ。まあ、お行儀はようないから、別々に食べてもええと思うで。それでも美味しいし」
「でも、ガンドールではそのようにいただくのでしょう? それって、それが一番美味しいいただき方だからだわ。郷に入っては郷に従えとも言うしね」

 よく孤児院の子供と接しているからか、貴族の夫人にしては柔軟な思考を持っている母は、異国の文化をあっさり受け入れて、カレーとナンをせっせと合体させている。
 よもやこれがカレーの魔力か……と密かに慄いたジゼルだが、そのおかげでお世辞にもお行儀のよくない食卓でも気まずい空気にならずに済んだ。母の空気読み力というか、空気を制する力に助けられたのかもしれない。

 そうして初めてのカレーを堪能したのち、食後にラッシーを飲んでお開きとなった。
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