42 / 217
第四部 思春期編
寒波と炊き出しと
しおりを挟む
瞬く間に季節は流れて、冬が訪れた。
過ごしやすかった夏と違い、底冷えするような寒さは心身に沁みるが、オフシーズンは領地に引きこもれるし、煩わしい社交の場に出なくて済むので気楽でいい。
……しかし、今年は呑気に冬期休暇をエンジョイしている場合ではなかった。
年の瀬を前に近年まれにみる大寒波が訪れ、各地で大雪に見舞われたのだ。
ジゼルの倍以上生きる両親も記憶にないというのだから、五十年に一度などという枕詞がつく異常現象と思われる。
冬の嵐は四日ほど続き、その後も例年より厳しい冷え込みが続いている。
ベイルードもその影響が出ており、山間部では雪に埋もれそうな集落もあると報告があった。そこで、除雪作業が追い付かないところの住民は、温泉の湧くポルカ村周辺に一時避難させている。
ポルカ村は温泉水が通るパイプが地下を走っているので、積雪による被害が少なく、周辺の集落も天然の熱湯で雪を溶かしつつ対処しているので、甚大な被害を逃れていた。
ベイルードの中心街でも、軒並みニ十センチ以上の雪が積もり、稀に見る銀世界となった。
例年この季節に雇っている低所得者たちに、街中の雪かきや雪下ろしを頼んでいるので、家に閉じ込められたり倒壊したりという危険は回避できているし、小型の荷馬車であれば問題なく走れるくらいには整備されているが……乗合馬車は当面休業状態である。
いくら除雪しても石畳はアイスバーンと化している。そこを大型車両で走ることは自殺行為だ。
年末を前に、職員たちにはボーナスを出しているし、組合を通じて休業手当が出る予定なので、おそらく生活に困ることはないだろうが……すべての労働者がそんなホワイトなところで働いているわけではない。
寒波襲来でいつも配布している薪や食料の備蓄が一気に減った上に、流通が滞っているせいで慢性的な物資不足となり、なんでも物の値段が高騰している。その上仕事がなくなれば、普段通りの備えでは厳しい冬を越すことができない。
父や兄は大急ぎで見舞金や追加物資の手配をしているが、それもこの雪が落ち着かないことには領民に行き渡ることは難しい。
なのでジゼルは、出来る範囲で領民のサポートをすべく、ブサネコ・カンパニー職員と屋敷の使用人の有志を募り、炊き出しを行うことにした。
晴れて公爵家の一員になったロゼッタも行きたそうにしていたが、風邪気味だったので留守番をさせた。医療の発達していないこの世界では、たかが風邪でも油断したら命取りになる。
ジゼルも万全を期するように、防寒具をグルグル巻きにされて送り出された。
雪の影響で物流は滞っているが、大規模な災害を見越した食料備蓄はちゃんとあるし、ジゼルが声をかければいくらか融通してくれる商店もある。コネの正しい使い道だ。
屋敷だけは場所が足りず、方々の飲食店の厨房を借りて、パンを焼いたりスープの具材を下ごしらえさせてもらったりして、ロバの引く荷車に分けて乗せて一行が向かったのは――役所前に鎮座する乗合馬車の停留所だった。
食器や鍋などが乗った作業台と、作業用のテントはいくつか張られているが、炊き出しに不可欠なかまどはどこにもない。
「お嬢様、こんなところでやるんですか?」
「ふふふ、そう言うと思ったで。ほら、アレやアレ」
今日も護衛を兼ねて付き添うテッドの疑問に、ジゼルが指さしたのは待合用のベンチだ。
役所は毎日利用人数が多いので、三台ほど並んでいる。
横から見ると“E”の字に見えるようレンガで土台を組み、その上に板の座席が乗っている、一風変わった作りではあるが、どこからどう見てもベンチでしかない。一同が首をかしげる中、ジゼルは座席部分の板を取るように指示する。
訝りながら指定されたものをどけると――そこには長い金網が敷かれていた。
下部のぽっかりと空いたスペースと合わさって、見覚えのあるものに変身した。
「ああ、かまどになるんですね」
「せや、これはかまどベンチやで!」
ジゼルが子供の頃に開発され普及した災害用の設備で、公園などの公共施設によく置いてあった。もしもの時に役立つだろうと思い停留所に設置したのだが、こんなに早く出番があるとは思わなかった。
「ここだけやのうて、全部の停留所で同じように使えるんやで。後発隊には別のところで炊き出しするようお願いしとるんや。ここは広場に面してて人が集まりやすいところやけど、密集されるといらん混乱が起きるからな」
前日にお触れを出しただけだが、すでにかなりの住民が集まっている。
凍えないよう部屋を暖めるだけで大量の薪を使用するから、みんな温かな食事を摂ることがままならないのだろう。
そうでなくともどこの商店も品薄で、何もかもが割高になっている。貧しい家庭でなくとも食うに困る状態だ。
そんな中、長時間待たされたら苛立って騒ぎを起こす者も出てくるかもしれない。家の近くで炊き出しがある人は、そちらに向かってもらえればその分スムーズに、かつ安心して配給が進めることができる。
ジゼルはテッドら使用人たちを伴い、他の炊き出し場所を住民たちに伝えつつ、ここに並ぶ者たちを整列させ誘導をする。
公爵令嬢には調理担当が任されることがないし、置物のようにじっとしているのも退屈で寒いだけだ。
「まあ! ジゼル様にお声をかけていただけるなんて、とってもついてるわ……!」
「この寒空の下、我々のような下々にも気を配ってくださるとは、さすがジゼル様ですな!」
「ありがとうございます。せやけど、すんませんなぁ。このご時世ですから、今日は褒めてもろうても大人さんには飴ちゃんは出ぇへんのです。チビちゃんらにあげなアカンので」
「幼子のことまで思い遣られる、そのお優しいお心だけで十分でございます!」
「せやから、褒めてもなんも出ぇへんって言うてますやん……」
偽善の自覚があるだけに、こうもキラキラした顔で褒めたたえられると尻がむずがゆい気持ちになるが、喜んでもらえているならやりがいもある。
ジゼルをあまり知らない人たちも、そのオーバーリアクションに『人徳のあるご令嬢のようだ』と認識してくれたので、一声かければみんなおとなしく従ってくれた。
ただ、親に連れられた小さな子供にはそんな忖度は関係なく、寒いし人ごみだしで帰りたがってグズっていたが、宣言通り飴玉を配ってあげるとすぐに笑顔になった。
飴ちゃんはやっぱり正義である。
「おや、あちらの方は……」
そうしてあちこち歩き回り、あらかた宣伝し終えたかと思ったところで、テッドが群衆の中に何かを見つけたようだ。ジゼルも何気なくそれを追うと、夫婦と二人の幼児というありふれた家族が、最後尾を探しているのかウロウロしているところだった。
子供はともかく、あの夫婦には見覚えがある。
乗合馬車の開通式で立ち往生していた夫婦だ。妻の方は出産と育児で容貌が少し変わっていたが、夫の方は相変わらず貧弱な体つきですぐに分かった。
「もしもーし、お並びはこちらからお願いしまーす。他のところでもやってるんで、お急ぎでしたらそっちもご案内しますよー」
「わっ……ジゼル様!?」
パタパタと手を振って声をかけると、夫婦は目を丸くしたのち、服やら髪やらを慌てて整えて深々と頭を下げる。
「そ、その節はお世話になりました」
「このように無事子を産み育てることができるのも、すべてジゼル様のおかげでございます」
「いやいや、ウチはただあれこれ指示しただけですし、たいしたことはしてません。一番頑張りはったんは、お母さんですからね」
「まあ、そんな……」
「かぁちゃ、そのひと、だれ?」
「とぉちゃ、だあれ?」
恐縮しきる夫婦とは裏腹に、二人にひっつく二人の幼児は小さな手でジゼルを指さしつつ、舌足らずな言葉で問いかける。
その無邪気さゆえの無礼に夫婦は青くなったが、ジゼルは笑顔を崩さずしゃがんで目線を合わせる。
「どうも、こんにちわ。ウチはジゼルって言います。お父ちゃんとお母ちゃんの、ちょっとした知り合いや」
「しりあい?」
「ともだちってこと?」
「まあ、そんなモンや。ここに並んどったら温かいモン食べられるからな。寒い中待たせて悪いけど、飴ちゃんでも舐めておとなしいしといてな」
幼児のなぜなに攻撃を早々に回避すべく、さっと飴玉を差し出すと、案の定目をキラキラさせて喜んだ。
「わぁ、きれー! ありがと!」
「あまーの、しゅき! あがとー!」
キャッキャとはしゃぐ幼児たちの頭を撫でてやり、一家に最後尾のある方を指さして別れた。
ジゼルたちがそんなやり取りをしている間に、残ったメンバーは手早くかまどの火を熾し、スープを作っていた。
ベーコンの出汁に頼ったほぼ塩味のスープで、野菜はあらかじめ下茹でしてあるから、正味鍋の中身が沸騰すればすぐに配れる状態になる。
沸かす間に食器の用意をする。この大量の木のお椀は、街の食堂や民家の使い古しを譲り受けたり、荒物屋から「在庫処分ですから」と言って寄付されたりしたものだ。ありがたい話である。
鍋がグツグツ言い始めると、パンを網の上であぶって温め直す。オートミールを多めに混ぜ込んでいるので普通のパンより食感は悪いが、腹持ちがよく栄養価にも優れている。
あたりに食欲をそそる匂いが立ち込め、そろそろ拠点に戻って配る手伝いをしようかと思っていると、どこからか話し声が聞こえてきた。
「お前のところの倉庫、雪で屋根が丸ごと抜けちまったんだって? 大丈夫だったのか?」
「ああ。夜中だったから、誰も出入りしてなくて助かったよ」
「雪下ろししてもらわなかったのか? ほら、領主様が雇ってる奴らがいつも巡回してるだろ?」
「家の方は早々にしてもらってたんだが、倉庫は頑丈に作ってあったから後回しにしてたんだよ。他の連中も困ってるだろうって。けど、雪って本当に重いのな……山から出てきた奴の話を、もうちょっと真面目に聞いてりゃよかったと思ったよ」
雪に慣れていないから、その恐ろしさも伝え聞くことはあっても、我が身に降りかからなければ実感が湧かないのも当然か。人的な被害がなかっただけマシな事例だろうが、今後対策を考えないといけない。
(耐震強度を上げるみたいに、屋根の補強をせなアカンやろか? せやけど、それやったら一体ナンボかかるんや? 何十年に一度あるかないかの災害のためにお金出す人なんか、そうそうおらんしなぁ……)
となると、地道に雪害に対する見識を広める必要がある。ただ、十年も経てば風化してしまいかねないのが問題だが。
過ごしやすかった夏と違い、底冷えするような寒さは心身に沁みるが、オフシーズンは領地に引きこもれるし、煩わしい社交の場に出なくて済むので気楽でいい。
……しかし、今年は呑気に冬期休暇をエンジョイしている場合ではなかった。
年の瀬を前に近年まれにみる大寒波が訪れ、各地で大雪に見舞われたのだ。
ジゼルの倍以上生きる両親も記憶にないというのだから、五十年に一度などという枕詞がつく異常現象と思われる。
冬の嵐は四日ほど続き、その後も例年より厳しい冷え込みが続いている。
ベイルードもその影響が出ており、山間部では雪に埋もれそうな集落もあると報告があった。そこで、除雪作業が追い付かないところの住民は、温泉の湧くポルカ村周辺に一時避難させている。
ポルカ村は温泉水が通るパイプが地下を走っているので、積雪による被害が少なく、周辺の集落も天然の熱湯で雪を溶かしつつ対処しているので、甚大な被害を逃れていた。
ベイルードの中心街でも、軒並みニ十センチ以上の雪が積もり、稀に見る銀世界となった。
例年この季節に雇っている低所得者たちに、街中の雪かきや雪下ろしを頼んでいるので、家に閉じ込められたり倒壊したりという危険は回避できているし、小型の荷馬車であれば問題なく走れるくらいには整備されているが……乗合馬車は当面休業状態である。
いくら除雪しても石畳はアイスバーンと化している。そこを大型車両で走ることは自殺行為だ。
年末を前に、職員たちにはボーナスを出しているし、組合を通じて休業手当が出る予定なので、おそらく生活に困ることはないだろうが……すべての労働者がそんなホワイトなところで働いているわけではない。
寒波襲来でいつも配布している薪や食料の備蓄が一気に減った上に、流通が滞っているせいで慢性的な物資不足となり、なんでも物の値段が高騰している。その上仕事がなくなれば、普段通りの備えでは厳しい冬を越すことができない。
父や兄は大急ぎで見舞金や追加物資の手配をしているが、それもこの雪が落ち着かないことには領民に行き渡ることは難しい。
なのでジゼルは、出来る範囲で領民のサポートをすべく、ブサネコ・カンパニー職員と屋敷の使用人の有志を募り、炊き出しを行うことにした。
晴れて公爵家の一員になったロゼッタも行きたそうにしていたが、風邪気味だったので留守番をさせた。医療の発達していないこの世界では、たかが風邪でも油断したら命取りになる。
ジゼルも万全を期するように、防寒具をグルグル巻きにされて送り出された。
雪の影響で物流は滞っているが、大規模な災害を見越した食料備蓄はちゃんとあるし、ジゼルが声をかければいくらか融通してくれる商店もある。コネの正しい使い道だ。
屋敷だけは場所が足りず、方々の飲食店の厨房を借りて、パンを焼いたりスープの具材を下ごしらえさせてもらったりして、ロバの引く荷車に分けて乗せて一行が向かったのは――役所前に鎮座する乗合馬車の停留所だった。
食器や鍋などが乗った作業台と、作業用のテントはいくつか張られているが、炊き出しに不可欠なかまどはどこにもない。
「お嬢様、こんなところでやるんですか?」
「ふふふ、そう言うと思ったで。ほら、アレやアレ」
今日も護衛を兼ねて付き添うテッドの疑問に、ジゼルが指さしたのは待合用のベンチだ。
役所は毎日利用人数が多いので、三台ほど並んでいる。
横から見ると“E”の字に見えるようレンガで土台を組み、その上に板の座席が乗っている、一風変わった作りではあるが、どこからどう見てもベンチでしかない。一同が首をかしげる中、ジゼルは座席部分の板を取るように指示する。
訝りながら指定されたものをどけると――そこには長い金網が敷かれていた。
下部のぽっかりと空いたスペースと合わさって、見覚えのあるものに変身した。
「ああ、かまどになるんですね」
「せや、これはかまどベンチやで!」
ジゼルが子供の頃に開発され普及した災害用の設備で、公園などの公共施設によく置いてあった。もしもの時に役立つだろうと思い停留所に設置したのだが、こんなに早く出番があるとは思わなかった。
「ここだけやのうて、全部の停留所で同じように使えるんやで。後発隊には別のところで炊き出しするようお願いしとるんや。ここは広場に面してて人が集まりやすいところやけど、密集されるといらん混乱が起きるからな」
前日にお触れを出しただけだが、すでにかなりの住民が集まっている。
凍えないよう部屋を暖めるだけで大量の薪を使用するから、みんな温かな食事を摂ることがままならないのだろう。
そうでなくともどこの商店も品薄で、何もかもが割高になっている。貧しい家庭でなくとも食うに困る状態だ。
そんな中、長時間待たされたら苛立って騒ぎを起こす者も出てくるかもしれない。家の近くで炊き出しがある人は、そちらに向かってもらえればその分スムーズに、かつ安心して配給が進めることができる。
ジゼルはテッドら使用人たちを伴い、他の炊き出し場所を住民たちに伝えつつ、ここに並ぶ者たちを整列させ誘導をする。
公爵令嬢には調理担当が任されることがないし、置物のようにじっとしているのも退屈で寒いだけだ。
「まあ! ジゼル様にお声をかけていただけるなんて、とってもついてるわ……!」
「この寒空の下、我々のような下々にも気を配ってくださるとは、さすがジゼル様ですな!」
「ありがとうございます。せやけど、すんませんなぁ。このご時世ですから、今日は褒めてもろうても大人さんには飴ちゃんは出ぇへんのです。チビちゃんらにあげなアカンので」
「幼子のことまで思い遣られる、そのお優しいお心だけで十分でございます!」
「せやから、褒めてもなんも出ぇへんって言うてますやん……」
偽善の自覚があるだけに、こうもキラキラした顔で褒めたたえられると尻がむずがゆい気持ちになるが、喜んでもらえているならやりがいもある。
ジゼルをあまり知らない人たちも、そのオーバーリアクションに『人徳のあるご令嬢のようだ』と認識してくれたので、一声かければみんなおとなしく従ってくれた。
ただ、親に連れられた小さな子供にはそんな忖度は関係なく、寒いし人ごみだしで帰りたがってグズっていたが、宣言通り飴玉を配ってあげるとすぐに笑顔になった。
飴ちゃんはやっぱり正義である。
「おや、あちらの方は……」
そうしてあちこち歩き回り、あらかた宣伝し終えたかと思ったところで、テッドが群衆の中に何かを見つけたようだ。ジゼルも何気なくそれを追うと、夫婦と二人の幼児というありふれた家族が、最後尾を探しているのかウロウロしているところだった。
子供はともかく、あの夫婦には見覚えがある。
乗合馬車の開通式で立ち往生していた夫婦だ。妻の方は出産と育児で容貌が少し変わっていたが、夫の方は相変わらず貧弱な体つきですぐに分かった。
「もしもーし、お並びはこちらからお願いしまーす。他のところでもやってるんで、お急ぎでしたらそっちもご案内しますよー」
「わっ……ジゼル様!?」
パタパタと手を振って声をかけると、夫婦は目を丸くしたのち、服やら髪やらを慌てて整えて深々と頭を下げる。
「そ、その節はお世話になりました」
「このように無事子を産み育てることができるのも、すべてジゼル様のおかげでございます」
「いやいや、ウチはただあれこれ指示しただけですし、たいしたことはしてません。一番頑張りはったんは、お母さんですからね」
「まあ、そんな……」
「かぁちゃ、そのひと、だれ?」
「とぉちゃ、だあれ?」
恐縮しきる夫婦とは裏腹に、二人にひっつく二人の幼児は小さな手でジゼルを指さしつつ、舌足らずな言葉で問いかける。
その無邪気さゆえの無礼に夫婦は青くなったが、ジゼルは笑顔を崩さずしゃがんで目線を合わせる。
「どうも、こんにちわ。ウチはジゼルって言います。お父ちゃんとお母ちゃんの、ちょっとした知り合いや」
「しりあい?」
「ともだちってこと?」
「まあ、そんなモンや。ここに並んどったら温かいモン食べられるからな。寒い中待たせて悪いけど、飴ちゃんでも舐めておとなしいしといてな」
幼児のなぜなに攻撃を早々に回避すべく、さっと飴玉を差し出すと、案の定目をキラキラさせて喜んだ。
「わぁ、きれー! ありがと!」
「あまーの、しゅき! あがとー!」
キャッキャとはしゃぐ幼児たちの頭を撫でてやり、一家に最後尾のある方を指さして別れた。
ジゼルたちがそんなやり取りをしている間に、残ったメンバーは手早くかまどの火を熾し、スープを作っていた。
ベーコンの出汁に頼ったほぼ塩味のスープで、野菜はあらかじめ下茹でしてあるから、正味鍋の中身が沸騰すればすぐに配れる状態になる。
沸かす間に食器の用意をする。この大量の木のお椀は、街の食堂や民家の使い古しを譲り受けたり、荒物屋から「在庫処分ですから」と言って寄付されたりしたものだ。ありがたい話である。
鍋がグツグツ言い始めると、パンを網の上であぶって温め直す。オートミールを多めに混ぜ込んでいるので普通のパンより食感は悪いが、腹持ちがよく栄養価にも優れている。
あたりに食欲をそそる匂いが立ち込め、そろそろ拠点に戻って配る手伝いをしようかと思っていると、どこからか話し声が聞こえてきた。
「お前のところの倉庫、雪で屋根が丸ごと抜けちまったんだって? 大丈夫だったのか?」
「ああ。夜中だったから、誰も出入りしてなくて助かったよ」
「雪下ろししてもらわなかったのか? ほら、領主様が雇ってる奴らがいつも巡回してるだろ?」
「家の方は早々にしてもらってたんだが、倉庫は頑丈に作ってあったから後回しにしてたんだよ。他の連中も困ってるだろうって。けど、雪って本当に重いのな……山から出てきた奴の話を、もうちょっと真面目に聞いてりゃよかったと思ったよ」
雪に慣れていないから、その恐ろしさも伝え聞くことはあっても、我が身に降りかからなければ実感が湧かないのも当然か。人的な被害がなかっただけマシな事例だろうが、今後対策を考えないといけない。
(耐震強度を上げるみたいに、屋根の補強をせなアカンやろか? せやけど、それやったら一体ナンボかかるんや? 何十年に一度あるかないかの災害のためにお金出す人なんか、そうそうおらんしなぁ……)
となると、地道に雪害に対する見識を広める必要がある。ただ、十年も経てば風化してしまいかねないのが問題だが。
11
お気に入りに追加
2,281
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。