ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!

神無月りく

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第四部 思春期編

寒波と炊き出しと

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 瞬く間に季節は流れて、冬が訪れた。
 過ごしやすかった夏と違い、底冷えするような寒さは心身に沁みるが、オフシーズンは領地に引きこもれるし、煩わしい社交の場に出なくて済むので気楽でいい。

 ……しかし、今年は呑気に冬期休暇をエンジョイしている場合ではなかった。
 年の瀬を前に近年まれにみる大寒波が訪れ、各地で大雪に見舞われたのだ。

 ジゼルの倍以上生きる両親も記憶にないというのだから、五十年に一度などという枕詞がつく異常現象と思われる。
 冬の嵐は四日ほど続き、その後も例年より厳しい冷え込みが続いている。

 ベイルードもその影響が出ており、山間部では雪に埋もれそうな集落もあると報告があった。そこで、除雪作業が追い付かないところの住民は、温泉の湧くポルカ村周辺に一時避難させている。

 ポルカ村は温泉水が通るパイプが地下を走っているので、積雪による被害が少なく、周辺の集落も天然の熱湯で雪を溶かしつつ対処しているので、甚大な被害を逃れていた。

 ベイルードの中心街でも、軒並みニ十センチ以上の雪が積もり、稀に見る銀世界となった。
 例年この季節に雇っている低所得者たちに、街中の雪かきや雪下ろしを頼んでいるので、家に閉じ込められたり倒壊したりという危険は回避できているし、小型の荷馬車であれば問題なく走れるくらいには整備されているが……乗合馬車は当面休業状態である。

 いくら除雪しても石畳はアイスバーンと化している。そこを大型車両で走ることは自殺行為だ。
 年末を前に、職員たちにはボーナスを出しているし、組合を通じて休業手当が出る予定なので、おそらく生活に困ることはないだろうが……すべての労働者がそんなホワイトなところで働いているわけではない。

 寒波襲来でいつも配布している薪や食料の備蓄が一気に減った上に、流通が滞っているせいで慢性的な物資不足となり、なんでも物の値段が高騰している。その上仕事がなくなれば、普段通りの備えでは厳しい冬を越すことができない。

 父や兄は大急ぎで見舞金や追加物資の手配をしているが、それもこの雪が落ち着かないことには領民に行き渡ることは難しい。
 なのでジゼルは、出来る範囲で領民のサポートをすべく、ブサネコ・カンパニー職員と屋敷の使用人の有志を募り、炊き出しを行うことにした。

 晴れて公爵家の一員になったロゼッタも行きたそうにしていたが、風邪気味だったので留守番をさせた。医療の発達していないこの世界では、たかが風邪でも油断したら命取りになる。
 ジゼルも万全を期するように、防寒具をグルグル巻きにされて送り出された。

 雪の影響で物流は滞っているが、大規模な災害を見越した食料備蓄はちゃんとあるし、ジゼルが声をかければいくらか融通してくれる商店もある。コネの正しい使い道だ。
 屋敷だけは場所が足りず、方々の飲食店の厨房を借りて、パンを焼いたりスープの具材を下ごしらえさせてもらったりして、ロバの引く荷車に分けて乗せて一行が向かったのは――役所前に鎮座する乗合馬車の停留所だった。

 食器や鍋などが乗った作業台と、作業用のテントはいくつか張られているが、炊き出しに不可欠なかまどはどこにもない。

「お嬢様、こんなところでやるんですか?」
「ふふふ、そう言うと思ったで。ほら、アレやアレ」

 今日も護衛を兼ねて付き添うテッドの疑問に、ジゼルが指さしたのは待合用のベンチだ。
 役所は毎日利用人数が多いので、三台ほど並んでいる。

 横から見ると“E”の字に見えるようレンガで土台を組み、その上に板の座席が乗っている、一風変わった作りではあるが、どこからどう見てもベンチでしかない。一同が首をかしげる中、ジゼルは座席部分の板を取るように指示する。

 訝りながら指定されたものをどけると――そこには長い金網が敷かれていた。
 下部のぽっかりと空いたスペースと合わさって、見覚えのあるものに変身した。

「ああ、かまどになるんですね」
「せや、これはかまどベンチやで!」

 ジゼルが子供の頃に開発され普及した災害用の設備で、公園などの公共施設によく置いてあった。もしもの時に役立つだろうと思い停留所に設置したのだが、こんなに早く出番があるとは思わなかった。

「ここだけやのうて、全部の停留所で同じように使えるんやで。後発隊には別のところで炊き出しするようお願いしとるんや。ここは広場に面してて人が集まりやすいところやけど、密集されるといらん混乱が起きるからな」

 前日にお触れを出しただけだが、すでにかなりの住民が集まっている。
 凍えないよう部屋を暖めるだけで大量の薪を使用するから、みんな温かな食事を摂ることがままならないのだろう。
 そうでなくともどこの商店も品薄で、何もかもが割高になっている。貧しい家庭でなくとも食うに困る状態だ。

 そんな中、長時間待たされたら苛立って騒ぎを起こす者も出てくるかもしれない。家の近くで炊き出しがある人は、そちらに向かってもらえればその分スムーズに、かつ安心して配給が進めることができる。
 ジゼルはテッドら使用人たちを伴い、他の炊き出し場所を住民たちに伝えつつ、ここに並ぶ者たちを整列させ誘導をする。
 公爵令嬢には調理担当が任されることがないし、置物のようにじっとしているのも退屈で寒いだけだ。

「まあ! ジゼル様にお声をかけていただけるなんて、とってもついてるわ……!」
「この寒空の下、我々のような下々にも気を配ってくださるとは、さすがジゼル様ですな!」
「ありがとうございます。せやけど、すんませんなぁ。このご時世ですから、今日は褒めてもろうても大人さんには飴ちゃんは出ぇへんのです。チビちゃんらにあげなアカンので」

「幼子のことまで思い遣られる、そのお優しいお心だけで十分でございます!」
「せやから、褒めてもなんも出ぇへんって言うてますやん……」

 偽善の自覚があるだけに、こうもキラキラした顔で褒めたたえられると尻がむずがゆい気持ちになるが、喜んでもらえているならやりがいもある。
 ジゼルをあまり知らない人たちも、そのオーバーリアクションに『人徳のあるご令嬢のようだ』と認識してくれたので、一声かければみんなおとなしく従ってくれた。

 ただ、親に連れられた小さな子供にはそんな忖度は関係なく、寒いし人ごみだしで帰りたがってグズっていたが、宣言通り飴玉を配ってあげるとすぐに笑顔になった。
 飴ちゃんはやっぱり正義である。

「おや、あちらの方は……」

 そうしてあちこち歩き回り、あらかた宣伝し終えたかと思ったところで、テッドが群衆の中に何かを見つけたようだ。ジゼルも何気なくそれを追うと、夫婦と二人の幼児というありふれた家族が、最後尾を探しているのかウロウロしているところだった。

 子供はともかく、あの夫婦には見覚えがある。
 乗合馬車の開通式で立ち往生していた夫婦だ。妻の方は出産と育児で容貌が少し変わっていたが、夫の方は相変わらず貧弱な体つきですぐに分かった。

「もしもーし、お並びはこちらからお願いしまーす。他のところでもやってるんで、お急ぎでしたらそっちもご案内しますよー」
「わっ……ジゼル様!?」

 パタパタと手を振って声をかけると、夫婦は目を丸くしたのち、服やら髪やらを慌てて整えて深々と頭を下げる。

「そ、その節はお世話になりました」
「このように無事子を産み育てることができるのも、すべてジゼル様のおかげでございます」
「いやいや、ウチはただあれこれ指示しただけですし、たいしたことはしてません。一番頑張りはったんは、お母さんですからね」

「まあ、そんな……」
「かぁちゃ、そのひと、だれ?」
「とぉちゃ、だあれ?」

 恐縮しきる夫婦とは裏腹に、二人にひっつく二人の幼児は小さな手でジゼルを指さしつつ、舌足らずな言葉で問いかける。
 その無邪気さゆえの無礼に夫婦は青くなったが、ジゼルは笑顔を崩さずしゃがんで目線を合わせる。

「どうも、こんにちわ。ウチはジゼルって言います。お父ちゃんとお母ちゃんの、ちょっとした知り合いや」
「しりあい?」
「ともだちってこと?」
「まあ、そんなモンや。ここに並んどったら温かいモン食べられるからな。寒い中待たせて悪いけど、飴ちゃんでも舐めておとなしいしといてな」

 幼児のなぜなに攻撃を早々に回避すべく、さっと飴玉を差し出すと、案の定目をキラキラさせて喜んだ。

「わぁ、きれー! ありがと!」
「あまーの、しゅき! あがとー!」

 キャッキャとはしゃぐ幼児たちの頭を撫でてやり、一家に最後尾のある方を指さして別れた。

 ジゼルたちがそんなやり取りをしている間に、残ったメンバーは手早くかまどの火を熾し、スープを作っていた。
 ベーコンの出汁に頼ったほぼ塩味のスープで、野菜はあらかじめ下茹でしてあるから、正味鍋の中身が沸騰すればすぐに配れる状態になる。

 沸かす間に食器の用意をする。この大量の木のお椀は、街の食堂や民家の使い古しを譲り受けたり、荒物屋から「在庫処分ですから」と言って寄付されたりしたものだ。ありがたい話である。

 鍋がグツグツ言い始めると、パンを網の上であぶって温め直す。オートミールを多めに混ぜ込んでいるので普通のパンより食感は悪いが、腹持ちがよく栄養価にも優れている。

 あたりに食欲をそそる匂いが立ち込め、そろそろ拠点に戻って配る手伝いをしようかと思っていると、どこからか話し声が聞こえてきた。

「お前のところの倉庫、雪で屋根が丸ごと抜けちまったんだって? 大丈夫だったのか?」
「ああ。夜中だったから、誰も出入りしてなくて助かったよ」
「雪下ろししてもらわなかったのか? ほら、領主様が雇ってる奴らがいつも巡回してるだろ?」
「家の方は早々にしてもらってたんだが、倉庫は頑丈に作ってあったから後回しにしてたんだよ。他の連中も困ってるだろうって。けど、雪って本当に重いのな……山から出てきた奴の話を、もうちょっと真面目に聞いてりゃよかったと思ったよ」

 雪に慣れていないから、その恐ろしさも伝え聞くことはあっても、我が身に降りかからなければ実感が湧かないのも当然か。人的な被害がなかっただけマシな事例だろうが、今後対策を考えないといけない。

(耐震強度を上げるみたいに、屋根の補強をせなアカンやろか? せやけど、それやったら一体ナンボかかるんや? 何十年に一度あるかないかの災害のためにお金出す人なんか、そうそうおらんしなぁ……)

 となると、地道に雪害に対する見識を広める必要がある。ただ、十年も経てば風化してしまいかねないのが問題だが。

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